※本ページ内の情報は2026年5月時点のものです。

2019年の創業以来、不動産業界で圧倒的な熱量と誠実さで急成長を遂げるセンス・トラスト株式会社。同社を率いるのは、高校野球の名門・大阪桐蔭高校出身という経歴を持つ今中康仁氏だ。怪我によりプロ野球選手への道を断たれた挫折から、いかにして実業界での成功を掴んだのか。「唯一無二の、感動を。」をミッションに掲げ、独自の組織づくりと事業展開を進める今中氏に、創業の原点から急成長の裏側、そして今後のビジョンまでを詳しくうかがった。

大阪桐蔭で学んだ「ごまかさない」強さ

ーーどのような幼少期・学生時代を過ごし、今の道へとつながっていったのでしょうか。

今中康仁:
もともとは、小学校1年生の頃からずっと野球をやっていて、プロ野球選手になることしか考えていませんでした。小学校の卒業文集にも「メジャーリーガーになる」と書いていたほどです。その後、名門である大阪桐蔭高校に推薦で入学しました。当時、中田翔さんをはじめ、すごい選手がたくさん在籍していました。

しかし、度重なる怪我や怪物級の選手との実力差を目の当たりにし、高校3年生のときには「プロ野球選手にはなれない」と悟らざるを得ませんでした。高校2年生の夏、チームが甲子園で優勝を果たす一方、私は怪我で試合に満足に出場することすらできなかったのです。夢が途絶え、卒業を控えた冬ごろには「自分はこの先、どう生きていくべきなのか」と、漠然とした不安の中にいたことを覚えています。

ーー野球部時代に学んだことで、今の経営に活かされていることはありますか。

今中康仁:
恩師である西谷監督から言われた「ごまかすな」という言葉が、今の自分の根幹にあります。監督と二人で話すときや、野球ノート(大阪桐蔭・西谷監督とのコミュニケーションツール)でも、この言葉をしきりに言われていた記憶が今も強く残っています。

今振り返ると、当時は怪我もありながら、どこか本気でやりきれていない自分がいたのだと思います。当時一緒にプレーしていた先輩の中田翔さんたちがプロの世界で活躍する姿を見て、「自分は恵まれた環境にいながら本気でやっていなかったのではないか」と痛感させられました。だからこそ、この先の人生、仕事においては絶対にごまかさず、誰よりもやりきると固く決意した次第です。

また、西谷監督は常々、「甲子園出場ではなく日本一になることが目標だ」とおっしゃっていたことも忘れられません。日本一という高い目標を成し遂げるための指針として大切にされていたのが、「スピード感と一体感」です。どんなバッティングでも常に1塁ベースまで駆け抜けることや、守備につく時に自分のポジションまでダッシュするなど、常に全力で取り組むことが、チームのモメンタムを生み、それが相手を凌駕することにつながります。私が今、経営においてこれらを重視しているのは、まさに高校時代の学びがベースになっています。

プロ意識を持って挑んだ修行時代と「唯一無二の、感動を。」を掲げる創業の決意

ーーそこから、どのようなきっかけで現在の道へと進まれたのですか。

今中康仁:
転機となったのは、野球選手という夢が断たれた18歳の時、解体現場でのアルバイトをきっかけに不動産業界を知ったことです。高校1年生の時に急逝した父が遺した「プロ野球選手になって母親を楽にさせてくれ」という言葉がずっと心の中にあり、野球に代わる新たな夢を見つけ、家族を幸せにできる人間になろうと強く決意していました。

不動産業界は人の暮らしや経済に深く関わるダイナミックな世界で、調べれば調べるほど、ワクワクしました。この道で、「新たな夢を叶えるんだ」、そう考えた私は「社会に出て5年目、27歳で起業する」という目標を定めました。

その目標を果たすため、在学中に宅建を取得し、大学卒業後、住友不動産販売株式会社(現・住友不動産ステップ株式会社)に入社しました。入社1年目から“プロ1年目”であるという意識を持って業務に取り組み、不動産仲介における基礎・基本を徹底的に学ばせていただきました。その後、事業用不動産を中心に扱う会社へ転職し、現在の主力事業である「買取再生事業」の実務を経験。自ら買取の当事者となり、融資を受け、リフォームを企画して販売する――。この一連の流れを通じて培った経験が、現在のセンス・トラストの大きな礎となっています。

ーー独立にあたり、どのような思いがあったのでしょうか。

今中康仁:
私にとって人生で一番心が震えた瞬間を思い返すと、やはり甲子園で日本一になったときの、胸の奥から込み上げてくるような感動でした。怪我もあり、メンバー入りできずアルプススタンドからの応援となり、最初は悔しさもありました。しかし優勝の瞬間、そのすべてを吹き飛ばすような、喜びを凌駕するほどの圧倒的な感動を知り、魂が震える経験をさせていただきました。私は決して裕福な家庭で育ったわけではなかったので、お金の大切さは痛いほど分かっていましたが、あの心が震えるような感動を味わった時のような夢を追い続けたいと思いました。

不動産の売買による利益の追求にとどまらず、「感動」を創造し提供する会社にしたいと考えました。不動産は世界に一つと同じものがありません。その「唯一無二」の商品を通じて、関わる人たちと感動を提供しようと決めました。

創業時は私一人でしたが、最初から「唯一無二の、感動を。」という理念を掲げ、自分自身のビジョンに心から熱狂していました。周囲からは「そんな綺麗事でビジネスができるのか」と思われるような状況だったかもしれません。しかし、感動とは決して大それたことではなく、笑顔や挨拶、名刺の渡し方といった些細なことの積み重ねから生まれるものだと考えてきました。そうした「小さな約束を守ること」と「当たり前の徹底」の積み重ねこそが、唯一無二の価値になると信じ、歩み続けています。

涙を流したクレーム対応「誠実さ」が成長の礎

ーー創業から現在までを振り返って、特に印象に残っている出来事はありますか。

今中康仁:
一番心に残っているのは、創業3期目、私自身が中古戸建を買い取り、フルリノベーションを施して販売したときのことです。引き渡し時は綺麗に仕上がっていたのですが、その後、お風呂の不調や水漏れなど、目に見えない欠陥が次々と出てきてしまったのです。施工面で不具合が相次ぎ、改善に向けた対応も思うように進まない状況が続き、非常に悔しい思いをしました。

「唯一無二の、感動を。」を掲げているのに、これでは何をしているのか分からない。私は毎週お客様のもとへ通い、謝罪と対応を続けました。お客様は、「休みの日なのにありがとう、(欠陥に対して)いいよいいよ」と言ってくださっていましたが、最終的には、信頼できる別の業者に依頼して、全てやり直し、追加費用も自社で全額負担しました。

その過程で、依頼をくださった仲介会社には多大なご迷惑をおかけしてしまい、取引停止も覚悟していました。しかし、所長から最後に「他社ならここまでやらなかった。お客様も喜んでくれるはずだ。これからもよろしく。」と言っていただき、その言葉を聞いて、帰りの車の中で涙が止まりませんでした。そして、お客様にも「本当にありがとう。」と言っていただくことができました。

誠実に向き合ってくださった仲介業者の方のような存在でありたい。そして、もう二度とお客様にご迷惑をおかけするようなことはしないと、強く心に誓いました。この出来事がきっかけとなり、(不具合があった時に)お客様を守り切ることができるよう、リフォーム会社を内製化しました。誠実さを何よりの武器にする。その決意が、現在の私たちの礎になっています。

「全員主役」の組織が生む圧倒的な主体性

ーー多くの競合がいる中で、貴社が選ばれている理由は何だとお考えですか。

今中康仁:
私たちは、他社と競い合うのではなく「選ばれる」という考え方を大切にしています。シェアを強引に取るのではなく、お客様や取引先から「センス・トラストなら安心だ」と言っていただけるような存在を目指す。そうした誠実な姿勢の積み重ねが、結果として選ばれ続ける理由になると考えています。

そして何より、この価値を現場で体現しているのは社員たちです。私とともに、ビジョンを描き、同じ志を持って歩み続けてくれているおかげです。

ーー組織づくりにおいて、意識されていることはありますか。

今中康仁:
社員全員が「自分が主役」という文化です。私は、1人でできることには限りがあると思っているので、優秀なメンバーを心から信頼して任せています。

その中で、トップダウンとボトムアップのバランスを何より大切にしています。ビジョンや数年先の方向性といった軸はトップダウンで示し、一方で、現場の意思決定や日々の最適解は、現場のメンバー一人ひとりのボトムアップによってつくられるべきだと考えています。このバランスがあるからこそ、スピード感と納得感が生まれ、結果として強い一体感と熱量につながっていくのだと思っています。

「愛」を持って接することで社会へ広がる感動の輪

ーー組織運営において、スピード感や一体感の他に大切にされている価値観はありますか。

今中康仁:
「愛」です。愛があれば、全員が互いを尊重し合い、敬意をもって接することができ、日常の行動にも自然と表れていると感じています。役職に関係なく声をかけ合い、丁寧な挨拶を交わし、誰もが遠慮なく対話できる空気につながっていきます。その積み重ねが、やがて尊敬となり、組織の力になっていると感じています。

また、弊社のバリューの一つである「謙虚をまとう」という考え方も大切にしています。グローバル基準では日本人の謙虚さは弱点とされがちですが、私はむしろ日本人が持つ大きな強みだと捉えています。

真の謙虚さとは、決して卑下することではなく、強い自信があるからこそ相手を尊重し、信頼し合える姿勢のことです。この自信に裏打ちされた謙虚さこそが、お客様や社会からの信頼を生み出す源泉になると信じて疑いません。

ーーその精神は、事業以外の活動にも表れているのでしょうか。

今中康仁:
利益を追求するだけでなく、社会に感動を還元する活動にも力を入れています。たとえば、病気と闘う大阪桐蔭野球部の後輩への支援や、子どもたちの夢を叶えるイベントへの協力、こども食堂への寄付など、不動産業の枠を超えた取り組みを全社で行ってきました。

これらの取り組みは、世の中に感動を届けたい、そしてその感動が次へと広がっていく感動の連鎖を作り出したいという考えのもと取り組んでいます。その一番近くにいる社員がそれを受け取り、関わる人へと伝えていくことで、感動が連鎖していくと考えています。社員が感動している状態で人と関わることで、その感動は自然と相手にも伝わっていきます。お客様や取引先、家族や地域の方々など、関わる人との接点を通じて、さらに次へと広がっていく——その積み重ねが、世の中に感動を届けていくことにつながると考えています。

日本を代表する企業へ 「感動」を社会のスタンダードに

ーー今後のビジョンについて、お聞かせください。

今中康仁:
5年後、10年後には、日本を代表する企業になります。それは、私たちが掲げる「感動」という理念を、社会のスタンダードにしていくためです。日本を代表する企業になれば、私たちの想いはより多くの人に届き、社会をより良く変えていく力になれるはず。若者が未来にワクワクして、何かに熱狂できるような経済圏をつくる——。その使命を果たすための明確な指標として、さまざまなマイルストーンを置いています。

不動産業界のこれまで培われてきた価値や考え方を大切にしながらも、既存の枠組みにとらわれず、新たな価値を生み出していきたいと考えています。すべては、不動産業界に恩返しをし、不動産を通じて「唯一無二の、感動」を広げていくため。その挑戦を、これからも全力で続けていきたいと考えています。

ーー直近では、どのような取り組みを予定されていますか。

今中康仁:
今後、東京での事業規模を大幅に拡大し、大阪本社・東京本社の二本社制へと舵を切る構想を進めています。現在は大阪の売上比率が高い状況ですが、現在20名程で構成されている東京メンバーを増やし、東京のマーケット拡大、そして全国へ広げ、AI・AXテクノロジーの活用を駆使して、海外展開やM&Aなども積極的に進め、さらなる成長を加速していく考えです。

ーー最後に、求める人物像についてメッセージをお願いします。

今中康仁:
私たちはこれから日本を代表する企業になります。自分の可能性を信じ、熱狂しながら仕事ができる人。そして、素直な心を持って人を幸せにできる人。そんな方々と一緒に、共に「主役」として活躍して新しい歴史をつくっていきたいですね。

編集後記

「感動」を経営指標に掲げ、それを真っ直ぐに語る経営者の姿勢。過去の失敗や悔しさを振り返る際に今中氏が見せた表情は、同氏が語る「誠実さ」が決して綺麗事ではないことを示していた。大阪桐蔭高校野球部で培われた「ごまかさない」精神、そして「スピード感と一体感」は、同社のDNAとして全社員に受け継がれている。「奪うのではなく、選ばれる」という同社の流儀は、一見すると効率的ではないかもしれない。しかし、この圧倒的な熱量と誠実さの積み重ねこそが、不動産業界の常識を覆し、日本を代表する企業へと飛躍する原動力になるに違いない。

今中康仁/奈良県出身。高校時代は大阪桐蔭高校野球部に所属し、2年時にはチームとして夏の甲子園優勝を経験。ケガがキッカケでプロ野球の道は断念するも、18歳で起業を志す。大学卒業後、大手不動産会社などで実務経験を重ね、2019年に27歳でセンス・トラストを設立。独自の戦略性と実行力を武器に、7期目で売上高500億円の会社へと成長させる。2025年12月 東京証券取引所TOKYO Pro Marketに上場。「不動産を通じて、人々に感動をもたらし、日本を良くしていく」をモットーに常に新しい価値を創造し続けている。