
長崎の豊かな海を舞台に、最先端のテクノロジーを駆使した「スマート養殖」に挑む株式会社ながさきマリンファーム。同社はCACグループの一員として、グループが有する技術力を背景に、AIやIoTを活用して魚の育成状況を可視化し、安心・安全で高品質な魚の生産に取り組んでいる。かつて親戚の鮮魚店で商売の原点を学び、金融とITの最前線で世界を渡り歩いてきた経歴を持つ代表取締役の北牧利朗氏。IT企業がなぜ一次産業へ参入したのか。その背景にある深い思いと、日本の水産業が直面する課題解決への展望を聞いた。
魚屋で学んだ商売の原点と金融ITの最前線で得た財産
ーーキャリアの原点についてお聞かせいただけますか。
北牧利朗:
私の原点は、実は小学生時代に手伝っていた親戚の魚屋にあります。築地市場での仕入れから、包丁を使って鯛や鰻をさばき、販売するまでの一連の工程を経験しました。単に売るだけでなく、鮮度が落ちそうな魚は煮たり焼いたりして加工し、フードロスを出さずに売り切る工夫もしていました。この経験で、商売の基本と「魚」に対する愛着が培われたのです。その後、高等専門学校でコンピュータを学び、1981年に株式会社日本興業銀行(現・株式会社みずほ銀行)に入行しました。
ーー銀行に入行されてからは、どのようなキャリアを歩まれたのでしょうか。
北牧利朗:
入行後はシステム部門に配属され、国内のオンラインシステム開発などに従事しました。その後、ニューヨークへ駐在し、延べ10年ほど現地で先物取引やデリバティブ取引、時価会計システムの開発に携わってきました。
2001年のアメリカ同時多発テロ(9.11)の際は、勤務していたオフィスも被害を受けましたが、私はたまたま不在にしており、難を逃れました。激動の時代に、金融とITの世界的中心地で揉まれた日々は、今の私の大きな財産になっていると感じています。
IT企業が自ら海へ 19歳の「師匠」に学ぶ養殖現場のリアル

ーーその後、株式会社CACに入社された経緯を教えてください。
北牧利朗:
きっかけは1989年、CACがアメリカに現地法人を作りたいと進出を検討していたときでした。創業者の大久保氏がニューヨークを訪れた際、私が勤務していたオフィスの場所を拠点として提供したのです。この縁をきっかけに、現会長とはグループの仕事などを通じて、長きにわたるお付き合いが始まりました。大規模なプロジェクトを共にする中で、互いに信頼関係を築いてきたのです。こうした昔からの深い繋がりやご縁があり、2012年に株式会社CACへ入社することとなりました。
入社後はシンガポールでの医療関係のシステム事業や、インド法人の立て直しなどに従事しました。世界各地で経営の最前線に立ち、課題解決に奔走してきました。こうした現場での経験を経て、従来の受託型ビジネスモデルのみでは先がなくなるという強い危機感を抱くようになります。お客様から言われたものをつくるだけでなく、自ら社会課題を解決するプロダクトを生み出さねばならないという方針転換です。その挑戦の一つが、カメラの映像からAIを使って魚の大きさを測るシステムでした。この実証実験を行う場所を探していた際、長崎での養殖事業参入というチャンスが巡ってきました。これが現在の事業につながっています。
ーーシステム提供ではなく自ら養殖事業に参入するにあたり、現場でのご苦労はありましたか。
北牧利朗:
最も大きなハードルは漁業権の取得でした。通常、外部企業が漁業権を取得するには長い年月と地域の合意形成が必要で、参入は非常に困難です。しかし今回は、後継者不足や産業衰退への強い危機感を持つ地元の漁業組合の方々並びに漁師の方々が、「新しい風を入れてほしい」と私たちを受け入れてくださいました。そのおかげで、通常であれば多大な歳月を要する漁業権の取得も、異例とも言えるほどスムーズに、タイミング良く進めることができたのです。単にシステムを売るのではなく、自ら事業者としてリスクを負う姿勢が、信頼につながったのだと思います。
実際の現場は正直なところ、建設現場のような肉体的な過酷さもあり、想像以上に大変だと感じました。足場は揺れますし、波を被ってずぶ濡れになります。現場には幅広い年代の方がおり、魚の扱い方を一から教えてくれる19歳の若者を「師匠」と仰ぐこともあれば、長年海と向き合ってきたベテランの漁師の方々や協業先の社長から教えをいただくこともあり、日々多くのことを学んでいます。いくらITやデータが大事だと言っても、そうした熟練の漁師さんたちが持つ長年培ってきた「勘」やノウハウ、その地域ならではのやり方は決して無視できません。現場を心から尊重し、そこにテクノロジーをどう組み合わせていくかが重要なのです。
データで挑む「失敗しない養殖」ITの力でつくる水産業の未来
ーー具体的に、テクノロジーをどのように養殖へ活用されているのでしょうか。
北牧利朗:
私たちが目指しているのは、データに基づいた「失敗しない養殖」の実現です。水中カメラの映像をAIで解析し、魚の大きさや重さを正確に把握します。さらに、水温や酸素濃度に合わせて餌の量や配合を最適化しています。たとえば、早く出荷しようとして餌を与えすぎると魚が肥満になり病気のリスクが高まります。そのため、単に早く育てるのではなく、病気に強い「健康な魚」を育てることが重要です。
現在は餌メーカーと協力し、魚の腸内環境を整えるノウハウを蓄積しています。この手法を体系化し、地域の漁業者にも共有することで、将来的には長崎の水産業全体を盛り上げていきたいですね。
ーー最後に、今後の展望をお話しいただけますか。
北牧利朗:
まずはここ長崎で、安心・安全で美味しい魚のブランドを確立することです。その土台として、近年養殖業の脅威となっている病気や赤潮などのリスクから魚を守るため、データを活用した独自の対策にも試行錯誤しながら取り組んでいます。そして、育てた魚をシンガポールやマレーシアなど、海外の富裕層に向けても輸出したいと考えています。事業としてしっかりと利益を出し、働く人の給与や労働環境を改善することで、若い人や女性も働きたくなる魅力的な産業にしていきたい。ITの力で一次産業をアップデートし、地域に活気を取り戻すことが、私たちの使命です。
編集後記
ITベンダーの枠を超え、自ら事業者として現場に立つ道を選んだ北牧氏。その決断を支えるのは、重い餌袋を担ぎ、海の厳しさと向き合う地道な実体験だ。テクノロジーが効率化の道具に留まらず、現場の「勘」を尊重し、命を育むための技術として融合したとき、水産業は新たな姿へと進化する。世界的な金融・ITの中心地から、一次産業の最前線へ。その根底には、社会課題を自らのプロダクトで解決するという一貫した信念がある。長崎の海でデジタルが実業として根を張るこの挑戦は、日本の水産業が再生するための重要なモデルケースとなるに違いない。

北牧利朗/1960年、東京都生まれ。小学校5年生から約10年間魚屋で手伝いとして働き、魚捌きや加工などの技術を習得。1981年、大手銀行に入行。1986年、ニューヨーク支店のITシステム部門を立ち上げ、その後ニューヨーク本店に勤務。9.11テロ対応も経験。2012年、株式会社シーエーシー入社。関連会社の取締役を歴任。2022年、株式会社CAC Holdingsにて地方創生事業に携わりスマート養殖事業を立ち上げ、2025年1月から、ながさきマリンファーム代表取締役社長(現任)。