
1986年創業の株式会社東横インは、「駅前旅館の鉄筋版」をコンセプトにビジネスホテル業界のスタンダードを確立した。度重なる危機を前に「自分がやらなければ」と家業へ復帰した黒田麻衣子氏は、コロナ禍を乗り越え、2022年よりリブランディングを推進。フロントスタッフの呼称を「ホテリエ」へ一新し、新等級制度を導入するなどの改革や海外展開を積極的に進め、2033年に全店売上高3000億円、将来的に1兆円という壮大な目標を描いている。今回、黒田氏に現在進行している改革や海外展開、同社が目指す「感動レベルの体験」について詳しく話をうかがった。
自分がやらなければ 一度は離れた家業への復帰と苦境の時代
ーーまずは幼少期から貴社に入社されるまでの経緯を教えていただけますか。
黒田麻衣子:
私が物心ついたとき、父は祖父から受け継いだ電気工事会社を営んでいました。その後、父がさまざまな事業を展開するなか、私が小学4年生になる前に東横インの第1号店が開業しました。当時はまだ数ある事業の一つという位置づけでした。ただ、父が社員に対してとても厳しく接する姿を間近に見ていたこともあって、当時の私には「家業を継ぐ」という意識は全くありませんでした。今では、父のそのような姿は、経営者としての覚悟の表れだったのだと、理解しています。
その後、大学院で歴史を専攻し、教師を目指して非常勤講師なども務めていましたが、教育の道には進まないことにしました。しかし修士論文の執筆時期と重なり、とても就職活動まで手が回らず、父に頼んで入社させてもらったのです。
ーー実際に入社されてみていかがでしたか。
黒田麻衣子:
入社後は、ホテルのオープンを担う開業準備の部署に配属されました。先輩に手伝ってもらいながら「この店舗の立ち上げは自分が担当だ」という自覚をもち、新入社員であっても、一つのプロジェクトを丸ごと任せてもらえる環境でした。設計や工事は別に担当者がいますが、開業準備として備品を入れたり保健所の検査を受けたりと、ゼロからつくり上げていく仕事は非常に面白く、大きな充実感がありました。また、その過程で各店舗の支配人たちと接する機会があり、「支配人たちはすごいな」と強く感銘を受けたのを覚えています。
しかし、2年弱ほど働いたところで産休に入り、そのまま一度弊社を退職をしました。当時は一生この仕事を続けるという強い意志や、将来自分が後を継ぐという意識もまだ芽生えていなかったため、迷うことなく家庭に入る決断をしたのです。
ーーそこから再び会社に戻ることになったきっかけは何だったのでしょうか。
黒田麻衣子:
契機となったのは、弊社が大きな転換期を迎えたときのことです。二度に亘る不祥事の責任をとり、父がすべての役職を退くことになりました。組織のあり方が根本から問われるなかで、私は「今こそ自分が東横インを支えなければならない」と、強い使命感に駆られたのです。そうして2008年、副社長として復帰する決意を固めました。
空回りした日々を救った支配人の声とコロナ禍での大きな決断
ーー副社長として復帰されてからどのような困難がありましたか。
黒田麻衣子:
私が復帰した直後は不祥事の影響に加えてリーマンショックもあり、会社の業績が初めて右肩下がりになるという非常に苦しい時期だったのです。銀行との関係も悪化しており、私が新入社員の時に感じていた支配人たちの生き生きとした雰囲気もすっかり落ち込んでしまっていました。
「社員たちの元気を取り戻したい」と強く思い、そのためにはまず業績を上げなければいけない、とがむしゃらに走り回りました。しかし、業績の回復を急ぐあまり現場の声にまで十分に耳を傾けられておらず、空回りしてしまうことも多く、理想と現実のギャップに悩み抜いた時期でもありました。
ーーその苦境をどのように乗り越えていったのでしょうか。
黒田麻衣子:
2012年に代表執行役社長に就任した際、苦しい時期を支えてくれた支配人たちと1対1の個人面談を始めました。業績が上がったり下がったりと大変な状況の中で、なぜ続けてこられたのかを純粋に尋ねてみたのです。すると多くの支配人から「一棟を丸ごと任されているからやりがいがあるんです」という嬉しい言葉をもらいました。
それまで私は自分が何とかしなければと思っていましたが、父が実践していた「現場に一棟を任せる」というやり方が正しかったのだと気づかされました。だからこそ、業績を落とさないことと共に、支配人たちのやりがいを何よりも大事にしようと心に決めました。この気づきは、私にとって大きなターニングポイントになりました。これ以降、支配人との個人面談を毎年欠かさず継続しており、現場の多くの声を経営のヒントとして施策などに反映しています。現場のやりがいを軸に、エリアごとの会議や委員会活動も通して、支配人同士が互いに高め合い、全社の施策を共に創り上げていく体制を継続しています。
ーーその後のコロナ禍はどのような状況でしたでしょうか。
黒田麻衣子:
コロナは本当にショックでした。業績はどん底まで落ち込みましたが、その時に宿泊療養施設としてホテルを提供できたことが会社を救う大きな要因となったのです。当時ウイルスへの恐怖から海外帰国者の受け入れを躊躇するホテルが多い中、私たちは「このままでは潰れてしまう。コロナ患者と決まったわけではないのだから、すべて受け入れよう」と判断しました。不安もあったはずですが、支配人たちが現場で納得して受け入れてくれたのです。その積極的な姿勢が評価され、東京都から真っ先に宿泊療養施設に選んでいただくことができました。自分たちの行動でたぐり寄せた結果だとも思っています。
ーー経営者として大切にされていることは何ですか。
黒田麻衣子:
大事にしているのは、絶妙なゴールを設定することです。遠すぎず、かといって簡単すぎない、夢を持てて手が届くかもしれないという絶妙なゴールを示すことが社長の役割だと考えています。一人で頭の中で考えても絵に描いた餅になってしまうので、常に現場と対話を重ねながらみんなが「そこまで行こう」と思える目標を設定するよう心がけています。そして何よりその目標を実現できる人材の強さがあるからこそ東横インは上手くいっていると確信しているのです。
3つの強みとリブランディングへの挑戦
ーー競合他社がひしめく中で、貴社の最大の強みはどこにあるとお考えですか。
黒田麻衣子:
大きく3つあります。
1つ目は「原則ワンプライス」です。平日・日曜日ワンプライス、土曜日・休前日ワンプライスの価格設定です。出張費の範囲内で宿泊いただける設定を重視し、また需給に応じた価格変動は行いませんので、需要が高い時に大幅に値上げをしないため利益の最大化という点では弱みになることもありますが、一定だという安心感を大事にしています。リピーターのお客様に「いつもの宿」として安心して選んでいただける信頼は何よりも大切です。
2つ目は「アクセスのよさ」です。駅前や空港前といった好立地に加え47都道府県すべてに出店しているため、全国どこへ行っても見つかるという強みがあります。また、予約のしやすさといった点です。まだこちらは発展途上ではありますが、公式サイトからの予約率が他社に比べて高いこと、この点も強化したい。この予約のしやすさを含めたアクセスナンバーワンが強みと考えています。
3つ目は支配人を中心とした現場力からくる「おもてなし力」です。マニュアル化したものではなく、その場、その地域にあった「おもてなし」を現場で即座に判断してくれる点も大きな強みです。ハード面の統一感と地元を採用したスタッフが織りなす現場ごとの人間味や柔らかさでの「おもてなし」。このバランスこそが私たちの強みであり差別化のポイントです。

ーー2022年からリブランディングを推進されていますが、その背景にはどのような思いや狙いがあるのでしょうか。
黒田麻衣子:
コロナ禍で稼働が大きく落ち込んだ時に立ち止まって考えたのです。東横インがやってきたことは今やビジネスホテル業界のスタンダードになり、独自の強みが失われつつありました。お客様が少ない中で私たちが「一番」に選ばれているわけではないという事実に直面し、ファーストチョイスであり続けるために変わらなければならないと決意しました。
具体的には古い建物のイメージを払拭するため全店で一斉にロゴを変更し、積極的な設備投資も行いましたし、制服の変更や朝食の見直しなども進めました。また「会社が変わろうとしている」という強いメッセージを社内に伝えることで、店舗スタッフも自分たちのサービスを見直すきっかけになりました。現在はこの新しいブランドイメージを浸透させ、磨き続けていくフェーズに入っています。
1兆円企業への道のり 新等級制度と感動レベルの体験
ーー今後の中長期ビジョンについてお聞かせください。
黒田麻衣子:
アフターコロナの時、2023年に社内が元気になるような大きな目標として10年後の「2033年に全店売上高を3000億円にする」を掲げました。さらに30年後には売上高1兆円を目指すという目標も置きました。この目標達成のために重要なのが海外展開です。3000億円のうち10パーセントを海外での売上高にしたいと考えています。現在は韓国に13店舗ありますが、店舗数をさらに伸ばしつつ、成長余地の大きいアジア諸国や、現在展開しているフランスやドイツなどヨーロッパ市場にも積極的に挑戦していく二正面作戦を描いています。
ーー国内展開についてはどのようにお考えでしょうか。
黒田麻衣子:
国内の出店ももちろん継続します。弊社は「ドーナツ戦略」と呼んでいる少し都心から外れたエリアでの出店も非常に得意です。一見「こんなところに需要があるの」と思われるような場所でもしっかりお客様に来ていただけるノウハウがあります。これは地方の大都市圏周辺でも横展開できると考えており、まだまだ国内にも出店余地はあると確信しています。
ーーこれからの人材育成について教えていただけますか。
黒田麻衣子:
スタッフがチャレンジしていける環境を整えることにも力を入れているところです。新しい人事制度「ホテリエ人事制度」をスタートし、フロントスタッフ、支配人補佐の呼称を「ホテリエ」に変更しました。もともと事務をメインとする支配人補佐も接客もしていましたし、フロントスタッフも売上向上のための業務も行います。しかし誰もが出来ていたわけでもなく、人事制度をつくり目指すべき姿をしっかりみせていく。「お客様の顔と名前が何人一致するか」や「リピーターのお客様への先回りの対応ができているか」といった具体的な行動を評価し、リピーターを増やす取り組みをさらに進めていきます。
ーー採用についてもお聞かせください。
黒田麻衣子:
スタッフの地元雇用にこだわっており、各店舗の支配人が地元で採用活動を行っています。人材不足と言われていますが、弊社ではある程度揃えられております。また清掃スタッフも自社で直雇用しており、「私の店舗」という愛着を持って磨き上げてくれることが、ホテルの清潔さや品質向上に直結すると考えています。
ーー最後に、貴社が目指す姿についてお話しいただけますか。
黒田麻衣子:
ビジネスホテル業界において、原則ワンプライスを貫くことはある意味で業界の「変わり者」であり、利益率の面からも私たち自身にとって大きな挑戦です。ただ、価格だけで選ばれるのではなく、最高のおもてなしや清潔・快適空間で過ごせることも目指しています。そのためにスタッフ一同が取り組んでいるのが、「東横INN体験を感動レベルへ」をテーマにした、おもてなし力の向上です。
すごく特別なことよりも、常連のお客様から「いつもこんなに綺麗なベッドにしてくれてありがとうね」と言っていただけるような、全国どの店舗に行っても変わらない安心感を現場の力でご提供することが私たちのビジネスの根幹です。現場の力とともにこれからもお客様に選ばれ続けるホテルを目指して挑戦を続けてまいります。
編集後記
黒田氏との対話を通じて終始感じられたのは、自社の強みの源泉である現場と支配人への絶対的な信頼感だ。リーマンショックやコロナ禍という会社の存続を揺るがす危機を救ったのは他でもない現場の力強い決断と行動だった。そして今同社はリブランディングを経てさらなる高みである売上高1兆円という目標へと歩みを進めている。原則ワンプライスという一見無謀とも思えるポリシーを貫きながら、お客様の名前を覚え、先回りして期待に応える「感動レベル」の体験を全社で追求する姿勢。徹底した現場主義と人間味あふれる温かさが融合した新しいビジネスホテルの形が日本そして世界でどのように受け入れられていくのか。その躍進から目が離せない。

黒田麻衣子/1976年6月14日生まれ。聖心女子大学卒業後、立教大学大学院でドイツ近代史を専攻。2002年株式会社東横インに入社し、出産・育児のため一度退職。2008年に副社長として復帰。2012年に社長就任。2022年に「全国ネットワークの基地ホテル」を掲げ、ブランド再構築を推進。「東横INN体験を感動レベルへ」を合言葉に、「おもてなし規格認証「紺認証」」に挑戦、2024年6月、一企業最多333店舗で取得。