
「楽天の創業メンバーとしてビジネスの基礎を叩き込まれた」。そう語るのは、日本の飲食店検索サービスの先駆者、株式会社ぐるなびを率いる杉原章郎氏だ。楽天で数々の新規事業を立ち上げ、2019年に株式会社ぐるなびの社長へ就任。直後にコロナ禍という未曾有の危機に直面し、「絶望を味わった」と振り返る。その苦境をどう乗り越え、AIを武器にどのような未来を描くのか。楽天創業時から変わらぬ「高い目標」と「やり抜く力」を原動力にする同氏に、激動の歩みと戦略について聞いた。
楽天創業期に刻まれた「成功の鉄則」
ーーまずは、楽天の創業に参画された経緯からお聞かせください。
杉原章郎:
私は慶應義塾大学の大学院に在籍していた頃、インターネットの可能性に惹かれて学生起業をしていました。その過程で三木谷さんを紹介され、彼が当時経営していたコンサルティング会社のシステム周りや、サーバーの設置や運用などを手伝うようになったのが最初の接点です。
あるとき、三木谷さんから「何か新しいことを一緒にやろう」と声をかけられ、そこから会社を経営しつつ、「楽天市場」のプロジェクトに参加する日々が始まりました。当時はまだ名称どころか、具体的に何をするかも決まっていない段階。「どんなウェブビジネスなら伸びるのか」と、徹底的に市場調査を行っていました。
転機となったのは、「楽天市場」のプロトタイプが完成したときです。その出来栄えがあまりに素晴らしく、一同で驚嘆したのを覚えています。そこから本格的に事業化が決まり、創業メンバーが集められる中で、三木谷さんからこう言われました。「杉原君は新しい技術のことは知っているけれど、ビジネスパーソンとしてはアマチュアだ。僕の元でイチから勉強したほうがいい」と。プロのビジネスパーソンとしての凄みを目の当たりにし、そして自身の未熟さを痛感していた私は、「確かにその通りだ」と納得しました。そこで自分の会社を離れ、楽天の創業メンバーとして参画することを決意したのです。
ーー三木谷氏のもとでビジネスを学ばれる中で、特に印象深いエピソードはありますか。
杉原章郎:
営業を開始して数か月後の月末最終金曜日のことです。「月末までに楽天市場への出店数50件到達」という目標を掲げていたのですが、結果は48件で止まっていました。しかし翌週になれば確実に3件の申し込みが入る確約が取れていたので、私の中では「実質50件は達成したな」と高を括り、その日を終えようとしていたのです。
ところがその日の深夜に三木谷さんから、創業メンバー全員に「50件の目標がいかないようで、どうやって世界を取るんだ」とメールが届きました。さらに「明日は全員、朝から集まってミーティングだ」と招集がかかったのです。その会議で徹底的に叩き込まれたのが、「最大限の努力をしているとは思うけど、それだけではビジネスは成功しない」という現実です。「50件を必達とするなら、60件の見込みをつくらなければならない。どうやれば50件いくかを逆算して考えてないから達成できないんだ」と諭されました。
そこで骨身に染みて学んだのが、「Establish High Goal(高い目標を立てる)」と「Get Things Done(必ずやり抜く)」という2つの考え方です。「できない、難しい」ではなく、「どうやったらできるか」を考える。この強烈な原体験が、その後の楽天の急成長を支える基盤となり、私自身のビジネス人生における決定的な転機となりました。
「明日来てくれ」三木谷氏からの突然の電話

ーーその後、楽天ではどのようなキャリアを歩まれたのですか。
杉原章郎:
楽天市場が軌道に乗ると、次は「オークション」「ブックス」「ゴルフ」「競馬」と、矢継ぎ早に新規事業の立ち上げを任されました。0から1を生み出し、軌道に乗れば後任に託してまた新しい荒野へ向かう。そんな開拓者のような日々でした。
その後、サービス・システム開発の組織統括や英語公用語化プロジェクトの牽引を経て、2011年初頭に3か月の休みをもらいサンフランシスコへ語学留学をしていました。しかし、東日本大震災の発災により急遽計画を変更して帰国し、復興支援やCSRを担当することになったのです。そこから約10年間は人事・総務を担当し、組織開発や人材育成やファシリティマネジメントに注力していました。
ーーそこから、どのような経緯で貴社の社長へ就任することになったのですか。
杉原章郎:
実は、私自身は人事の経験が長くなるにつれ、もう事業の最前線に戻ることはないだろうと考えていました。その矢先、2018年に楽天とぐるなびの資本業務提携が決まったのです。当初、三木谷さんからは「ぐるなびの社長候補リストをつくってくれ」と人選を依頼されていました。
ECやトラベル、金融など各部門から優秀な人材を選抜して提案していたのですが、結局一向に決まらないまま株主総会が目前に迫っていました。そんな中、2019年のゴールデンウィーク明け前日に突然、三木谷さんから電話があり「明日の朝、来れるか」と呼び出されました。翌朝、社長のところへ向かうと、私の顔を見て「杉原が行ってくれる?」と直々に打診を受けたのです。寝耳に水でしたが、人事として多くの社員の成長を見守る中で、私自身も再び事業の最前線で勝負したいという情熱が燻っていたのでしょう。その場で引き受ける決断をしました。
ーー当時のぐるなびに対して、どのような印象を持っていましたか。
杉原章郎:
実は詳細を知るまで、楽天の方が創業は早いと思い込んでいたのですが、ぐるなびの方が1年早かったのです。創業者の滝会長は当時55歳で、インターネット黎明期にこのモデルを構築していました。1997年に私が営業を担当していたときは、インターネットの説明だけで1時間を要する時代でしたから、その先見の明には驚嘆しましたし、深い敬意を抱きました。
就任直後の「絶望」と起死回生の生存戦略
ーー社長就任時の社内は、どのような状況だったのでしょうか。
杉原章郎:
就任当初、会社は赤字転落が予測されていました。そこでまずはコスト構造の改革を実行し、初年度は予想を覆して18億円の黒字化を達成。楽天時代に培った「工夫してコストを下げる」という知見が奏功しました。
しかし、再成長へ向けて投資を加速させようとした矢先、コロナ禍が世界を襲いました。飲食店は営業停止を余儀なくされ、弊社の収益も激減。毎月凄まじい勢いでキャッシュが流出していく様を目の当たりにし、社会人として初めて「絶望」という感情を味わいましたね。
ーーその危機を、どう乗り越えられたのですか。
杉原章郎:
支えとなったのが、やはり「高い目標」と「やり切る力」でした。どうすれば生き残れるか、その一点のみを思考し、実行に移しました。
その一つが、従業員の出向です。当時、楽天モバイルが事業拡大の局面にあり、人材を渇望していました。そこで、仕事が激減してしまった弊社の社員を、楽天モバイルなどのパートナー企業へ出向させたのです。社員の方々には環境変化への対応をお願いすることとなりましたが、雇用を死守し、コストを抑制しながらこの危機を突破するための苦渋の決断でした。
現在はコロナ禍も明け、守りから攻めへと転じる「再生」の段階に入っています。AIの台頭で人を減らす企業も多い中、弊社は飲食店の現場を支える営業人員を増員し、人間ならではの価値提供を強化しています。苦難の時期を耐え抜いたからこそ、人の温かみや現場力の重要性を再認識できたのです。
「飲食店のために何でもやる」マーケティングエージェントへの進化

ーー現在のぐるなびの独自性や強みについて教えてください。
杉原章郎:
我々は今、「人」と「IT」の両方を駆使した「マーケティングエージェント」としての立ち位置を築きつつあります。飲食店の店主は美味しいものをつくるプロですが、必ずしもITやSNSを使いこなすことに長けているわけではありません。しかし現代では、グルメメディアのみならず、GoogleやInstagramの運用、インバウンド対策など、あらゆるネット上のユーザー接点を活用しなければユーザーの目に止まらないのが実情です。
そこで弊社は、自社メディアの枠を超え、飲食店様が本来煩わされるべきではないマーケティング業務を丸ごと代行し、全面的に支援する体制を整えています。実はこれは、以前から現場の営業担当が個人の善意で取り組んできたことでもありました。オーナー様と地道に信頼を築き、ときには物件の紹介まで相談に乗るような、泥臭くも温かい関係性。これを個人のスキルに留めず、会社としての提供価値に昇華させました。
もちろん「楽天ぐるなび」として楽天IDと連携した強力な集客支援も行いますが、それだけが正解ではありません。あらゆるチャネルを駆使し、飲食店様の課題を全方位で解決する。AIが台頭する時代だからこそ、「困ったことがあれば、ぐるなびの営業に相談すれば解決する」と頼りにされる現場に密着したサポート体制こそが、最大の強みだと確信しています。
検索のいらない世界へ AIが導く「食」の新しい出会い
ーー今後のビジョンについて教えてください。
杉原章郎:
飲食店にとって「事業を推進・継続していくための唯一無二のパートナー」と思われる存在を目指しています。その実現に向け、現在は「ぐるなびNextプロジェクト」と銘打ち、今後3年から5年で完結させる計画をしています。プロジェクトでは、3つの軸でAI活用を強力に推進しています。
1つ目は、飲食店向けの「AIエージェント」の開発です。飲食店主やマネージャーにとって、ぐるなびのAIが自分たちの状況を誰よりも理解し、先回りして経営のアドバイスをくれる状態を目指します。現場の方々が本来の業務である料理や接客に専念できるよう、経営を支える強力な味方でありたいと考えています。
2つ目は、ユーザー向けの「AIコンシェルジュ」の展開です。2026年1月に正式リリースした「UMAME!(うまみー!)」では、人間が情報を探す手間を省く「ノーサーチ(検索不要)」という世界観を掲げています。AIがユーザーの嗜好やその日の気分を学習し、一人ひとりに最適な食体験を提案する、唯一無二のパーソナルコンシェルジュを目指しています。
3つ目は、社内業務の高度化と自動化です。AI活用により、人間一人で百人分の仕事ができるほどの生産性を追求しています。

ーー特にユーザー向けのAIサービスでは、どのような差別化を図っていくのでしょうか。
杉原章郎:
鍵となるのは、モバイルオーダーなどから得られるクローズドデータです。Googleなどの検索エンジンはネット上の公開情報は網羅していますが、個人の嗜好に関するデータまでは保持していません。
弊社はモバイルオーダーシステムを通じて、ユーザーのリアルな嗜好を把握できます。「こういう気分のときはこの人はカレーライスを頼みたいんだな」とか「こういう気分のときはアイスクリームを食べたいんだな」といったことまで理解した提案が可能になります。自分以上に自分のことを理解してくれるAI、それが私たちの目指す姿です。

食は楽しさや嬉しさの源泉 テクノロジーでその価値を最大化する
ーー最後に、社長自身の「食」に対する思いをお聞かせください。
杉原章郎:
私は、食事とは単なる栄養補給ではなく、人間が生きていく上での楽しさや嬉しさを感じることの一つだと捉えています。美味しい料理に出会ったときの感動、誰かと食卓を囲む楽しさ。それは、どれだけデジタル化が進展しても変わらない、人間にとっての本質的な価値です。
弊社のパーパスである「食でつなぐ。人を満たす。」には、食を通じて人々の感情を満たし、人生を豊かにしたいという願いが込められています。AIやITはあくまで手段に過ぎません。それらを駆使して、人間らしい喜びや感動が生まれる機会を最大化していくこと。それこそが、これからの「ぐるなび」が果たすべき使命です。
編集後記
楽天の創業メンバーという輝かしい経歴を持ちながら、その語り口は極めて謙虚で、現場への深いリスペクトに満ちていた。特に、コロナ禍での「絶望」を隠さず吐露し、そこから泥臭く這い上がってきたエピソードからは、リーダーとしての凄みと覚悟を感じさせた。「Get Things Done」の精神で未曾有の危機を乗り越えた同社が、今度はAIという最先端の武器を手に、どのような「食の未来」を切り拓いていってくれるのか。その挑戦から目が離せない。

杉原章郎/1969年広島県生まれ。1994年慶應義塾大学総合政策学部卒業(SFC1期生)。1996年に同大学大学院・政策メディア研究科修士課程修了時にITベンチャー会社設立。1997年に楽天株式会社(現・楽天グループ株式会社)の共同創業者として参画し、「楽天市場」の出店営業を統括。その後、楽天内で複数の新規事業を立ち上げつつ、システム開発部門担当役員などを歴任。2019年6月に株式会社ぐるなび代表取締役社長に就任。