
静岡県から全国へと展開し、多くの生徒を志望校合格へ導いてきた株式会社秀英予備校。創業者の渡辺武氏は、もともと教育業界の出身ではなく営業職からキャリアをスタートさせた。働きながら教員免許を取得し、個人塾を立ち上げていかにして上場企業へと成長させたのか。少子化の逆風のなか、「個別指導」や「オンライン難問数学」を次々と生み出す原動力に迫る。理念経営を貫き、変化を恐れず挑戦し続ける渡辺氏の経営理念と、これからの時代を生き抜く若者へのメッセージをお届けする。
営業職から教育の道へ 学校法人の倒産が「塾一本」の覚悟を決めた
ーーまずは、これまでの経歴について教えていただけますか。
渡辺武:
最初は文化シヤッター株式会社に入社し、法人営業として、仕事内容の8割から9割はルートセールス、残りが飛び込み営業を行いました。自分が仕事を取ってくると職人さんたちが喜んでくれますし、全国で何番目という成績が出た時にはそれなりの達成感も味わえました。
しかし若かったせいか、単に売上高を伸ばすだけで一生が終わるのは寂しいと感じるようになったのです。もっと人に関わる仕事がしたいという思いが強くなり、法人営業として働きながら通信教育を受講して教員免許を取得することにしました。
ーーその後はどのようなキャリアを歩まれたのでしょうか。
渡辺武:
勉強を重ね、中学校と高校の教員免許を取得した後は会社を辞め、昼間に学校や予備校で非常勤講師として教え、夜は個人塾を運営しながら、将来は学校の先生になろうと勉強を続ける毎日でした。睡眠や食事の時間も惜しむような生活を4年間続けたのち、ある学校法人から採用の内定をもらったのですが、母体の造船会社の経営不振により、直前で内定が取り消されてしまったのです。それがきっかけで「生徒がいれば学校も塾も同じだ」と腹をくくり、塾一本で生きていく道を選びました。
ーー最初はどのような規模からスタートされたのですか。
渡辺武:
最初は17名の生徒からのスタートでした。立ち上げた当時はあまり成績が振るわない生徒が集まる個人塾でした。当時は勉強だけでなく、日曜日にはみんなで山に登っておやつにミカンを食べたり、一緒にラーメンを食べに行ったりと、家族のような深い信頼関係を築くことに精一杯でした。そんな「自由奔放だけれど、やる時はやる」という情熱的な場所だったのです。あの頃の教え子が、今ではおばあちゃんになってお孫さんを連れてきてくれます。それは本当に嬉しいことですね。
黒船来航を見据えた「組織化」と成長の壁を突破した「上場」
ーーそこからどのようにして現在の大きな組織へと成長していったのでしょうか。
渡辺武:
当時静岡市の塾業界には、すでに大規模な塾が存在していたのです。市場が活性化すれば、いずれは県全体にライバルが広がると考えました。さらには東京から大手資本が必ず攻めてくるだろうと想定していました。生き残るためには、専門職として生きるか組織をつくるかの二択しかなく、私は組織をつくることを決意したのです。
塾のブランド力を高めるために、徐々に合格実績を伸ばしていくなど生徒の育成に注力しました。「優秀な生徒が通う塾だ」という評判が立てば、自然と人が集まります。実際に学年トップの生徒を輩出できたことにより静岡市内でのブランディングに成功し、そこから静岡県全域へと校舎展開を進めていきました。
ーー順調に拡大していく中で、どのような課題に直面されましたか。
渡辺武:
校舎展開を進めていく中で、教師の確保が最大の課題となりました。多額の費用をかけても思うように優秀な人材を採用できず苦労しましたが、出した答えは「株式公開」でした。上場によって企業の社会的信頼が高まり、一気に100名以上の採用ができるようになったのです。これが天井を突き抜ける大きなきっかけとなって、社員が増えていき、さらに安定した事業基盤が形成されていきました。
危機を救った「個別指導」の導入と理念共有の重要性
ーー上場後も順調に業績を伸ばされたのでしょうか。
渡辺武:
上場直後は順調でしたが、途中で伸び悩む時期が来ました。少子化の影響もありますが、市場のニーズが集団指導から「個別指導」へと急激にシフトしていったのです。当時は毎晩のように「このままでは会社が倒産する」という不安に襲われ、夜中に目が覚めてしまうほど追い詰められていました。そこで私は、集団指導一本だった体制を改め、個別指導の導入を決断しました。
ーー社内からはどのような反応がありましたか。
渡辺武:
現場の教師からは「朝から晩まで授業をしているのに、その上、学生講師の採用や管理まで任せるのか」と突き上げられました。しかし、「今変わらなければ未来はない」と必死に説得し、導入に踏み切ったのです。この決断が功を奏し、現在は売上高の約4割を占める経営の大きな柱へと成長しました。あの時、市場の変化から逃げなかったことが、今の秀英予備校を支えています。
ーー経営者として組織を束ねる上で大切にしている考え方を教えてください。
渡辺武:
ジム・コリンズの著書『ビジョナリー・カンパニー』が説く、組織の根幹となる理念の重要性を大切にしています。学習塾は「ピープルビジネス」です。最終的に保護者様が「この塾に預けたい」と決める要素は、教師の「人柄」に他なりません。数千人規模のスタッフに同じ志を持たせるのは膨大な時間を要しますが、毎週のケーススタディ・ディスカッションや、私自身が全国を回って行う対話を通じて、理念の共有を徹底しています。この「意識の共有」こそが、他社には真似できない最大の差別化戦略なのです。
ボトムアップから生まれた「オンライン難問数学」と学童保育「秀英KIDS」

ーー改めて、貴社ならではの強みについてお聞かせください。
渡辺武:
理念の共有に加え、社員の声を汲み上げる「ボトムアップ」の風土も大きな強みです。たとえば、コロナ禍で入塾者が激減し、大幅な減収が見込まれるという未曾有の危機に直面した際、一人の社員の提案から生まれたのが「オンライン難問数学」でした。入試の合否を分ける数学に特化し、週1回のオンライン受講という仕組みを構築したところ、全国的なヒット事業となりました。
ーー他にも、これまでに手掛けられた新たな事業展開などはあるのでしょうか。
渡辺武:
学童保育事業である「秀英KIDS」も、実は社員のリアルな声から誕生したものです。2017年の社内懇親会で、ある女性社員から「子どもの小学校入学に伴って数年後には会社を辞めざるを得ない。社内に学童保育をつくってほしい。」と直訴されたのがきっかけでした。
そこで、我々が持つ学習指導のノウハウを活かした独自の学童保育を研究しました。宿題や勉強のサポートをプロの手で日中に完結させることで、帰宅後は家族の団らんを大切にしていただくという仕組みです。少子化が進むなかでも、学習塾としての強みを多角的に活用することで、社会や社員のニーズに応え続けています。
次世代を見据えた組織改革と若者たちへのメッセージ
ーー今後のビジョンや注力していく領域についてお聞かせいただけますか。
渡辺武:
中長期ビジョンとして、幼児や小学校低学年の段階から継続的なサポートを行っていく方針です。より早い段階から接点を持つことが、非常に重要となってきました。現在、小学校低学年では通信簿をつけない地域も増えています。それに伴い、子どもの学力に不安を抱く保護者様が少なくありません。そうしたニーズに応えるため、大手企業と提携して「公開実力テスト」を実施しています。小学校3年生から受けられるテストなど、低学年からアプローチできる仕組みを作っています。
また、生産年齢人口の減少による人手不足も深刻な課題です。人手不足に対応した事業モデルの強化が必要不可欠となるため、オンライン授業の強化をさらに推し進めていきます。
ーー貴社のワークライフバランスや仕事のやりがいについてお話しいただけますか。
渡辺武:
人材確保のためにも、働きやすさに関する取り組みを積極的に推進しています。弊社では子育て中の女性や、週5日働くのが厳しい社員のための制度を設けています。また1日6時間勤務や週休3日の正社員制度も導入しました。
そしてやりがいとしては、やはり子どもたちの人生に少しでもプラスの影響を与えられることだと思います。卒業した教え子が立派に成長し、満面の笑顔で会いに来てくれるのは大変嬉しいことです。そういった子どもたちの良い変化に触れられることに塾教師としての喜びがあるのだと考えています。
ーー最後に、読者へメッセージをお願いいたします。
渡辺武:
生きていれば、面倒なことや嫌なことは必ず起きます。どんなに組織が大きくなっても、次元は変われども悩みは尽きません。しかし、人間が本当に成長できるのは壁にぶつかった時なのだと思います。
逃げていては成長できません。ピンチをチャンスに変えるためには、もがき苦しむ経験も必要です。受験勉強も、子どもたちにとっては苦難かもしれません。しかしそこで鍛えられることで、将来直面する課題を乗り越える力が身につきます。苦労を恐れず目の前の課題に真っ向からぶつかってください。そして自分自身を成長させていってほしいと願っています。
学習塾という場所は、生徒たちが受験という試練を通じてもがき苦しみながらトレーニングを積む場であると同時に、働く社員自身も日々さまざまな課題にぶつかり、自らを成長させていくことができる環境でもあります。予期せぬ困難から逃げずに乗り越えた経験こそが、未来を切り拓く本物の力になります。生きた人間関係の中で試行錯誤できるこの環境での経験のように、ぜひ皆さんも困難を自己成長の糧にする強さを身につけていってください。
編集後記
「売り上げだけで終わるのは寂しい」。若き日の渡辺氏が抱いたその率直な思いが、現在の組織の原点にある。少子化というピンチに対し、株式公開やオンライン化で切り抜けてきた軌跡は、まさに逆境を糧にする経営の体現といえる。印象的だったのは、理念への徹底したこだわりだ。最終的に選ばれるのは「教師の人柄」と言い切る姿勢が、現場の声を吸い上げる風通しの良さを生んでいる。同社のさらなる挑戦に注目したい。

渡辺武/1948年生まれ。静岡県出身。静岡大学人文学部人文学科卒業。1974年株式会社文化シャッター入社。その後退職し、1977年に静岡市にて「安倍口英数塾」を創業。1990年「株式会社秀英予備校」に社名変更。同社代表取締役社長。趣味は料理・読書・映画鑑賞・旅行。