
銀行員から小売業の役員、広告代理店の社長を経て、65歳で有限会社ロッキングホースを立ち上げた森部好樹氏。これまでのビジネスキャリアにおいて、常に「逆転の発想」で事業を推進してきた。現在は大企業とベンチャー企業をつなぐ支援を行いながら、シニア層の活力に目を向けた「6575プロジェクト」を進めている。時代を生き抜くための柔軟な思考法と、これからの日本社会に対する熱い思いに迫った。
常に「逆転の発想」で勝機を見出す
ーーこれまで、どのように事業を拡大されてきたのでしょうか。
森部好樹:
私のビジネスの根底にあるのは、常に「逆転の発想」です。過去、メガネ販売会社の立ち上げに関わった際に、同業他社が少しでも広い店舗面積を求める中、あえて商業施設に「6坪で十分です」と提案しました。狭い通路のような場所であれば施設側も断る理由がなく、家賃も抑えられます。その結果、驚異的なペースで出店網拡大を実現できました。
広告代理店の社長を勤めていた時も同様です。インターネット広告が伸び始めた当時、社内には運用ノウハウがありませんでした。そこで「外部と組もう」と決め、SNS広告の優れた制作能力を持つ外部のベンチャー企業と協業したのです。周囲と同じ方向を向くのではなく、常に異なるアプローチを探すことがビジネスの突破口になると考えています。
同じ世代の人と関わるだけじゃもったいない ベンチャーと大企業をつなぐ架け橋へ

ーー貴社を立ち上げた経緯と、現在の主な事業内容をお聞かせいただけますでしょうか。
森部好樹:
役員定年を迎える際、交流のあった複数のベンチャー企業の経営者から「継続して相談に乗ってほしい」と依頼されたことが起業のきっかけです。
現在の主な事業は、優れた技術を持つベンチャー企業を大企業に紹介し、両者をつなぐことです。大企業はIT化への遅れに危機感を持ち、新しいアイデアを求めています。一方でベンチャー企業は、大企業の経営層へアプローチする手段や人脈を持っていません。私たちが間に入ることで、相互に有益な関係を築けます。
私はベンチャー企業の経営者に対し、「同じ世代の人と関わるだけじゃもったいない」と伝えています。30代の経営者が同世代と情報交換しても発想が似通ってしまい、新たな視点は生まれにくい。全く異なる経験を持つ60代や70代の人間と組むことで化学反応が起き、ビジネスの可能性が大きく広がるのです。
「6575プロジェクト」で日本を活性化する
ーー人口減少という日本の大きな課題に対し、今後どのような構想をお持ちでしょうか。
森部好樹:
過去に金融機関へ勤めていた時代から、「日本のためになるようなことがしたい」という思いを強く持っています。現在、日本の大きな課題である人口減少に対し、私が取り組みたいと考えているのが「6575プロジェクト」です。
日本には65歳で役員定年を迎える独自の制度があります。しかし、年齢によって人間の能力が急に低下するわけではありません。豊富な知見を持つ人材がそのままリタイアすることは、社会にとって大きな損失です。
そこで、65~75歳までのシニア層に、別の企業で週3日ほど働いてもらう仕組みをつくろうとしています。たとえば、大企業で製品開発を担当していた人材が他社へ移れば、その経験は非常に価値の高いノウハウとなります。また、働く側にとっても、週3日の勤務であれば体力的な負担も少なく一定の収入を得ることも可能です。社会とのつながりを保つことで本人も若々しくいられ、家族も安心します。このようにシニア層が活動的になれば、医療費の抑制や消費の拡大につながり、日本経済の活性化へ貢献できると考えています。
柔軟性こそが時代を生き抜く鍵
ーー最後に、これからの時代を生き抜くビジネスパーソンへ向けて、メッセージをお願いします。
森部好樹:
「柔軟性」を忘れないでください。年齢は関係ありません。70代であっても、これからの人生において「今が一番若い」のです。今日良いと思ったことはすぐに取り入れ、自分を成長させ続ける。新しいことを即座に実行する柔軟な姿勢こそが、これからの時代を生き抜くために最も重要だと信じています。
編集後記
70代後半とは思えない熱量とスピード感で語る森部氏。その言葉の端々からは、長年のビジネス現場で培われた「逆転の発想」の鋭さが垣間見えた。大企業とベンチャー、そしてシニアと若手。異なる要素を掛け合わせ、新たな価値を創造し続ける同氏の姿は、年齢という枠組みにとらわれない真の柔軟性を体現している。「日本のためになるようなことがしたい」という信念に基づく「6575プロジェクト」が、これからの日本社会にどのような変化をもたらすのか。今後の展開に、大いに期待を寄せたい。

森部好樹/1948年佐賀県生まれ。東京大学経済学部卒業。1972年、株式会社日本興業銀行入社。1997年興銀証券株式会社(現・みずほ証券株式会社)取締役、1999年株式会社ビックカメラ取締役、2001年株式会社オンデーズ代表取締役社長、2008年株式会社共同広告社代表取締役社長を歴任。2013年、有限会社ロッキングホースの代表取締役社長に就任。