※本ページ内の情報は2026年5月時点のものです。

日本経済の根幹を担うサービス業。しかし、その現場の多くは長年属人的なマネジメントやアナログな業務環境に置かれ、そこで働く人々の価値が正当に評価されにくい構造的な課題を抱えてきた。「はたらきがいを科学してサービス業で働く人々を輝かせる社会システムをつくる」。この使命を掲げ、事業を展開しているのが株式会社HataLuck and Personの代表取締役CEO、染谷剛史氏だ。組織人事コンサルティングの第一線で活躍してきた同氏の起業の軌跡と、現場に寄り添う独自の経営哲学に迫る。

どん底のスタートで学んだ仕事の意味と理念経営への目覚め

ーー社会人としてのファーストキャリアについて聞かせてください。

染谷剛史:
私のキャリアは大学卒業後に入社したリクルートから始まりました。入社した1998年当時は、大手金融機関が破綻するなど日本全体が深刻な不況の只中にありました。社会を良くしたいという志を抱いて入社したものの、配属先の東京の上野エリアでは企業の採用意欲が完全に冷え込んでいたのです。飛び込み営業をしても「こんな時期に何しに来たんだ」と門前払いされる毎日。社会から必要とされない厳しい現実を前に「自分たちの存在意義は何なのか」と悶々と悩む日々が続きました。

ーーその苦境をどのようにして乗り越えられたのでしょうか。

染谷剛史:
当時の上司からの一言が大きなきっかけでした。阪神・淡路大震災直後の神戸で営業を経験した上司に「絶望などと言っている場合ではない。この程度の状況はまだ恵まれている」と一喝されたのです。さらに「単に求人広告を売るのではなく、上野という街をどう活性化させるか顧客と一緒に考えるパートナーになれ」と指導を受けました。

以来私は「求人はありますか」と尋ねるのをやめました。毎日自転車で街を回り、経営者たちの困りごとに耳を傾け、地域のコミュニティに深く入り込むようにしたのです。自分の存在意義を「広告売り」から「街の活性化のパートナー」へ再定義するだけで仕事の質が劇的に変わる。この事実を現場で強烈に叩き込まれました。

ーーその後はどのようなキャリアを歩まれたのですか。

染谷剛史:
転職を試み、リンクアンドモチベーションに入りました。関心が「入社したあとの会社をどう作っていくのか」という領域へ移ったからです。経営層が目指す方向性と個人のやりたいことを結びつけ、組織のエネルギーへと変換するコンサルティングを突き詰めたいと考えました。

同社では新卒採用コンサルティングの部門長を務め、多くの企業のトップにインタビューしました。社長から事業戦略を聞いて求める人物像を逆算して設計する業務です。最大の学びは、成長企業の経営者は皆一貫して「理念やミッションを軸にした経営」を行っているという事実でした。その一貫性があって初めて働く人々に誇りが芽生えるのだと確信したのです。

東南アジアでの気付きと自らの使命を実現するための独立

ーー順調なキャリアを歩む中での転機について聞かせてください。

染谷剛史:
きっかけになったのは、2011年頃に東南アジアへ2年ほど赴任したことです。海外から日本を眺めると、工場が撤退した跡地に巨大な商業施設が次々と建設されている光景を見て、これからの日本はサービス業を中心とした商業が軸になるということに気づきました。帰国後、社内の新規事業コンテストでサービス業に特化した組織人事コンサルティングを提案したところ、見事「金賞」を獲得。7名で新たな事業を開始したのです。

ーー新規事業は当初から軌道に乗ったのでしょうか。

染谷剛史:
いえ、すぐに大きな壁に直面しました。私たちが提供してきたオフィスワーカー向けの研修プログラムは、店舗の現場スタッフには全く馴染まなかったのです。事業は1年で八方塞がりの状態に陥りました。ちょうどその頃、会社からグループ会社の経営を任せるという異動の辞令がありました。しかし、私は即座に断って独立する決断を下しました。この1年間「日本のサービス産業をどうしていくべきか」をお客様と真剣に模索し続けてきたことで、それが私自身の揺るぎない使命へと変わっていったのです。自分のミッションを自分で実現できる会社を立ち上げる決断をしたのです。

業務を楽に心を楽しく 現場を科学するアプリの力

ーー貴社が現在掲げるミッションと事業の具体的な内容について教えてください。

染谷剛史:
「人々のこころが満たされる社会を実現する」ことをミッションに掲げ、ビジョンとして店舗ビジネスの発展に貢献することを目指しています。店舗という空間で人が人に直接価値を届け、喜びを分かち合う体験を増やすことが社会の心を豊かにする鍵だと信じています。そのためのアプローチとして「働きがいを科学する」店舗マネジメントツールを提供しています。スマートフォンの専用アプリでシフト管理やマニュアル確認といった日々の業務コミュニケーションを一元化するシステムです。

ーー実際の店舗現場ではどのような導入効果が現れていますか。

染谷剛史:
現場の方々からは「なくてはならないアプリ」という評価をいただいています。私たちのコンセプトは業務負担を減らすだけでなく働く人の気持ちにも寄り添える環境を作ることです。従業員同士で感謝・称賛を送り合う機能なども実装しています。ある飲食チェーンではアプリで店舗ごとの目標進捗や声がけのノウハウを共有し、前年比130%の店舗売上を達成した事例も生まれました。スタッフ一人ひとりが自立して生産性を上げていくことができるようになった意義深い成果です。

アルバイトのスキルが正当に評価される社会システムへ

ーー今後の事業展開についてどのような構想を描かれていますか。

染谷剛史:
中長期ビジョンとして「社会システムをつくること」を目指しています。従来のサービス業は店舗を移るたびに時給がリセットされ、個人のスキルが給与に反映されにくい課題がありました。私たちはアプリに蓄積されたデータを基にスタッフのスキルを可視化する仕組みを構築しています。卓越した接客スキルを持つスタッフが一律の最低賃金で働き続けるのは不自然です。データに基づく評価指標があればアルバイトのスキルが評価される時代になります。「時給」という枠組みを取り払い、現場での頑張りが正当に評価され、還元される世界をつくりたいと考えています。

ーー最後に読者へ向けたメッセージをお願いします。

染谷剛史:
私が最も大切にしているのは、事業を通じて社会をいかに良い方向へ進めるかという視点です。自社の利益だけを追求するビジネスでは本質的な価値は生まれません。読者の皆様にもご自身の仕事が社会にどんな影響を与え、どんな色鮮やかな未来の風景を作っていくのか想像していただきたいと思います。日々の業務に社会的な意義を見出す人が増えることが心豊かな社会の実現に繋がっていくのではないでしょうか。

編集後記

AIやデジタル化が急速に進む現代において株式会社HataLuck and Personが目指しているのは無機質なコスト削減ではない。働く人々の心の負担を和らげ現場に眠る熱量や誇りを引き出す温かなテクノロジーである。「時給」という長年の枠組みを超え個人のスキルが正当に評価される新しい社会。彼らの挑戦が日本のサービス産業を力強く牽引していく未来が楽しみでならない。

染谷剛史/1976年、茨城県生まれ。信州大学を卒業後に、リクルートグループに入社し、求人広告営業や商品開発に従事。2003年からは株式会社リンクアンドモチベーションへ入社し、採用や組織変革コンサルティングを手掛け、2012年に執行役員に就任。サービス業特化の組織人事コンサルティングを統括。2017年に株式会社HataLuck and Personを創業。2025年より株式会社オオゼキの社外取締役に就任。