※本ページ内の情報は2026年5月時点のものです。

伝統的建築の価値を引き出した空間づくりと、スタッフ自らが考案する「おせっかい」の接客によって宿泊体験を提供する株式会社Nazuna。代表取締役社長の渡邊龍一氏は、不動産営業や人事を経て、未経験からホテル業界へ飛び込んだ経歴を持つ。コロナ禍の逆境を現場での試行錯誤によって乗り越え、現在は「最短1年での支配人育成プログラム」の構築やAIを活用した業務効率化を進めている。「業界全体を変えたい」と語る渡邊氏に、組織づくりへの思いと今後の展望を聞いた。

異業種からの参入とコロナ禍での現場の試行錯誤

ーーまずは、社会人としてのキャリアの原点からお聞かせください。

渡邊龍一:
大学卒業後、不動産デベロッパーで約2年間営業を経験しました。その中で「事業を牽引する強い組織を自らの手で作りたい」という動機が芽生え、人事部への異動を志願します。そこで新卒採用や管理職採用を担当しました。

転機となったのは、当時勤めていたその企業が新規にホテル事業を展開することになり、私が京都のホテルの支配人に着任したことです。ホテル運営はまったくの未経験でしたので、まずは現場に立ちながら経営の基礎やマーケティング、SNS運用などを一から猛勉強する毎日でした。そして、必死で手探りを続けていたその矢先、コロナ禍という未曾有の危機に直面したのです。

ーーコロナ禍という厳しい環境下で、具体的にどのような取り組みをされたのですか。

渡邊龍一:
当時は何もしなければお客様が全く来ない状況でした。そこで、今あるリソースを最大限に活用し、あらゆる集客策を試みることにしたのです。たとえば、休止していた2階のラウンジスペースを京都のカフェ企業と協力して再稼働させたり、インフルエンサーを招致して施設の魅力の発信、さらには、京都のクラブと連携してホテルからクラブへ送客する仕組みを構築も行いました。また、SNSを用いたキャンペーンなども展開し、集客の確保に奔走していました。

がむしゃらな日々でしたが、こうした泥臭い現場経験を通して確信した事実があります。それは「従業員が心から楽しんで働いていれば、最高のサービスが自然と生まれる」ということです。いかにスタッフが前向きに働ける環境をつくるか。それが結果として組織のパフォーマンスを最大化するのだと学びました。

「与えられる前に与える」利他の精神と独自のおせっかい

ーー貴社に入社後は、どのような業務から着手されたのでしょうか。

渡邊龍一:
入社当初は、これまでの経験を生かせるマーケティングと人事の領域から携わりました。私がビジネスや人間関係を築くうえで指針としているのが、「与えられたら必ずお返しし、与えられる前に自ら与える」という考え方です。これまで私を育ててくださった方々へ恩返しをするとともに、新しく出会うお客様や仲間に対しても、自分から提供できる価値は惜しみなく渡していきたいと考え、日々の業務にあたっていました。

ーー改めて、貴社の強みをおうかがいできますか。

渡邊龍一:
大きく分けて二つあります。一つ目は、ハード面です。もともと存在していた町家や旅館・古民家をリノベーションし、お風呂など日本の伝統文化を存分に体感できる空間を設計しています。二つ目は、我々の最大の強みである「おせっかい」の接客です。チェックインなどの接客機会を単なる定型業務として終わらせません。スタッフ一人ひとりが「目の前のお客様に何をしてあげたいか」を考え、主体的に行動します。その結果、お客様からスタッフへ名指しで感謝の手紙をいただく機会も増えました。「この宿に来てよかった」「このスタッフに出会えてよかった」と思っていただける深い結びつきが生まれています。

最短1年で支配人へ 独自のキャリアパスと業界の未来

ーー採用やキャリアパスにおいても、独自の取り組みを進められているのでしょうか。

渡邊龍一:
弊社では、社員の志向に合わせた二つのキャリアパスを用意しています。一つは、サービス業のプロフェッショナルとしての道です。目の前のお客様に自分なりの「おせっかい」を提供し、直接感謝の言葉をいただくことにやりがいを見出す人材に向けた選択肢です。

もう一つは、支配人を目指すジェネラリストの道です。弊社は現在、年5件のペースで新規施設を開業する目標を掲げ、採用を強化しています。組織の拡大に伴い、未経験者でも早期に支配人へ育成できる体制が必要です。すでに入社から2年半で支配人に就任した実例があります。現在、そのノウハウを体系化し「最短1年で支配人に育てるためのマニュアル(育成プログラム)」の完成に向けて動いています。若くして挑戦したい意欲ある人材を、組織として後押しする狙いです。

ーー最後に、今後の展望をお聞かせいただけますか。

渡邊龍一:
最終的な目標は、ホテル業界全体の労働環境や構造を変えていくことです。ホテル業界は離職率の高さなど、働き方に関する課題を抱えています。我々が「働きやすく、挑戦できる企業」として事業を成長させ、求職者から選ばれる存在になれば、他企業も制度や環境を見直すきっかけになるはずです。Nazunaがひとつのモデルケースとなり、ホテル業界や旅行業界に携わるすべての人たちが、より豊かに働ける未来を作っていきたいと考えています。

編集後記

「与えられる前に与える」。渡邊氏が語ったこの言葉に、同社が顧客や従業員から愛される理由が凝縮されていた。未経験からのホテル経営、そしてコロナ禍という未曾有の危機。彼を突き動かしてきたのは、常に目の前の人を楽しませようとする純粋な利他の精神である。人間らしさを極めるアナログな「おせっかい」と、AIやマニュアル化によるデジタルの融合。その絶妙なバランス感覚を持つ渡邊氏が牽引する限り、ホテル業界の未来は明るいと確信した。

渡邊龍一/1991年奈良県生まれ、近畿大学卒。2016年コロンビア・ワークス株式会社に入社し、不動産仕入れ・開発に従事。その後、人事総務部にて新卒・管理職採用やブランディングを担当し、運営事業部では秋葉原・福岡・京都のホテル運営を担う。京都の「BnA Alter Museum」にてGeneral Managerを務める。2020年株式会社Nazunaに参画。2022年に取締役、2023年に代表取締役社長に就任。