
アパレル業界をはじめ、店舗スタッフのオフライン・オンライン双方の接客を支援し、その成果や価値を可視化するサービスを展開する株式会社バニッシュ・スタンダード。代表取締役 CEOの小野里寧晃氏は、かつて数億円の借金を抱え、社員がゼロになるという過酷な経験をしている。なぜ同氏は過酷な状況から立ち上がり、現場で働く人々に寄り添う事業を生み出せたのか。カリスマ店員との出会いから現在に至るまでの軌跡と、同氏が描く未来の社会像をひも解く。
カリスマ店員の涙が原点 アナログな現場をデジタルで救う
ーーまずは、起業にいたるまでの原点についてお聞かせください。
小野里寧晃:
群馬県で不動産業を営む家庭に育ちましたが、高校生のときに突然、父の会社が倒産しました。そこから「自分の人生は、自分で切り拓かなければならない」と決意し、上京してバンド活動やDJ業を始めました。そのDJ時代に、渋谷の109で働くカリスマ店員たちと仲良くなったことが私の原点です。
ーー店員の方たちとの交流の中で気づいたことは何ですか。
小野里寧晃:
彼女たちは日本トップクラスの売上高を誇り、お客様への思いやりに溢れていました。しかし、いくら売上高をつくっても給料は数千円しか上がりません。大卒というだけで新入社員の方が給料が高いという現実がありました。
接客や人間力が最も求められる仕事にもかかわらず、評価制度や学歴重視の基準で評価が縛られている。そのことに、強い違和感を覚えましたが、当時の私には隣で話を聞くことしかできず、自分の無力さを痛感しました。「一生懸命がむしゃらに頑張っている人を応援する側に回りたい」と思うようになったのは、このときです。アナログな業界をデジタルの力で変えるため、IT企業へ入社してインターネットを学びました。
借金数億円 社員ゼロからの再起
ーーこれまでに苦労したエピソードを聞かせてください。
小野里寧晃:
IT企業での経験を経て、28歳で独立して仲間とともにECサイト制作会社を起業しました。しかし当初は、私の力不足もあり、次第に人が離れていく事態になりました。仕事上のトラブルによる炎上も重なり、気づけば数億円の借金を抱え、残った社員はゼロに。一時は自ら命を絶つことすら考えたほど、人生で最も過酷な時期でした。
ーーそのような状況からどうやって立ち直ったのですか。
小野里寧晃:
厳しい状況の中で自問自答を続け、ある事実に気がつきました。会社名を「VANISH STANDARD(消す・常識)」とし、「つまらない常識を革める」という目的を謳いながら、実際は自社の利益のために既存の手法を模倣していただけだったという事実です。自らが理念に反し、夢を語れていなかったからこそ、誰もついてこなかったのだと腑に落ちました。「だったら、もう一度すべての十字架を背負ってバニッシュ・スタンダードをやってみよう」。そう決意し、ゼロから再チャレンジすることにしたのです。
他社とは思想が違う 目的は「販売員の価値向上」

ーー新たに生み出した事業を推進する中で、どのようなことを意識していましたか。
小野里寧晃:
大きく2つあります。1つ目は、現場で働くスタッフの給料を上げること。2つ目は、販売員がオンライン(EC)でも接客できる活躍の場を提供することです。それまで販売員は、店舗に立つだけでしたが、オンラインでもお客様とつながれるようにしました。そして売上がつくれれば販売員に還元される仕組みをつくったのです。
ーー貴社の独自性はどのような点にあるとお考えですか。
小野里寧晃:
サービスを提供する根本的な思想が異なります。他社の多くは写真や動画を活用して企業の売上高を上げる目的でサービスを提供しています。しかし、売上高アップは、いち結果に過ぎません。私たちの目的はあくまでも「販売員の価値向上」。現場で一生懸命頑張っている人が正当に評価され、報われる社会をつくることが私たちの絶対条件なのです。
挑戦を諦めない「 EXプラットフォーム」とAI活用で切り拓く未来
ーー中長期的なビジョンについてお聞かせいただけますか。
小野里寧晃:
大きく2つの軸で取り組みを進めています。
1つ目は、サービス展開領域の拡大です。アパレル以外の業界への導入や、海外への展開もはじまっています。将来的には保育士や介護士、農家などの日本に必要な職業の人たちまでもが企業やお客様から正当に評価され、支援を受けとれるような仕組みを広げていきたいと考えています。
2つ目は、「EX(エンプロイーエクスペリエンス=従業員体験)プラットフォーム」の構築です。これは働く人たちの「最強の通信簿」をつくる取り組みです。日々の頑張りやお客様からの支持をデータとして可視化し、正当な評価につなげます。もし今の職場で評価されない場合でも、転職時に自分の価値を客観的に証明できる指標として使えるプラットフォームを目指しています。
ーーそのほかにも現場の課題を解決する新たな取り組みはありますか。
小野里寧晃:
最近では「オムニチャネル顧客カルテ」というデータとAI技術を活用した新機能をリリースしました。従来の店舗接客における大きな課題は、オフライン(実店舗)とオンラインの接客データが統合されていないことにありました。しかし、このカルテを使えば、オフライン・オンライン双方のお客様行動データ(購入や試着、閲覧履歴など)をAIが分析・要約し、その情報をスタッフが接客時に見ることが可能で、より上質な顧客体験が提供できるというわけです。接客後には、スタッフとお客様が相互に感謝のメッセージを送り合えたりする機能もあり、人と人とのつながりをより深めることが結果として企業の売上だけでなく、スタッフのEX向上にもつながり、雇用定着という観点においても効果的です。
ーー最後に、読者へのメッセージをお願いします。
小野里寧晃:
私は常に「何もしない馬鹿より、挑戦する馬鹿でありたい」と考えています。私自身、非常に厳しい状況に陥っても、現場で頑張っている人たちの可能性と自分の思いを手放さず、諦めずに挑戦し続けたからこそ今があります。周囲の意見に惑わされず、自分が信じたものは絶対に諦めないでください。その姿勢こそが、次なる道を開くと信じています。
編集後記
取材を通じて最も印象に残ったのは、小野里氏の「現場で働く人々への揺るぎないリスペクト」である。利益や効率が優先されがちなビジネスの世界において、販売員の価値向上を第一に掲げる姿勢は力強い。どん底から這い上がった強靭な精神力は、他者を思いやる純粋な熱量に裏打ちされていた。同社が構築する新たな評価の仕組みは、接客業にとどまらず、社会を支えるあらゆるエッセンシャルワーカーの希望となるに違いない。

小野里寧晃/1982年、群馬県前橋市生まれ。2004年に大手Web開発会社へ入社し、EC事業開発の責任者として多数のEC構築・運営に携わる。2011年に株式会社バニッシュ・スタンダードを設立。事業の危機を経て「価値を生むのは現場のスタッフ」という思想に至り、2016年にスタッフDXサービス「STAFF START」を立ち上げる。現在は、人を起点としたオムニチャネルで小売業界の変革に取り組んでいる。
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