
アパレル縫製工場として国内外で事業を展開する株式会社丸一。同社は2025年末に独自のAIソフトをリリースし、業界の注目を集めている。開発の背景にあるのは、「なぜ?」を追求する、代表取締役社長の一ノ瀬広行氏の旺盛な好奇心だ。自社の利益にとどまらず、業界全体を底上げしたいという強い思いがそこにはある。終始穏やかで、笑顔を浮かべながら語る一ノ瀬氏に、新事業であるAIソフトの全貌と、社員を第一に考える独自の組織づくりについて話をうかがった。
世の中の仕組みを学ぶため外の世界で過ごした5年間
ーーまずは、一ノ瀬社長が家業へ入るまでの歩みをお聞かせいただけますか。
一ノ瀬広行:
実家が縫製工場でしたので、幼い頃から父がミシンを踏む音を聞いて育ちました。親が働く姿を間近で見ていたこともあって、早くから「働く」ことへの意識は強く持っており、家業についてもいずれは継ぐつもりでした。
しかし、すぐには入社せず、将来戻った際に役立てられるよう、まずは外の世界で世の中の仕組みを学ぼうと考えたのです。そこでまずは、アパレルや物流、飲食、電気屋など幅広い業界での仕事を5年ほど経験した後に、弊社に入社しました。それぞれの現場で目的を持って取り組んだ経験が、現在の事業展開や多角的な視点の原点になっています。
「なぜ?」から生まれた月額3万円のAIソフト
ーー服飾メーカーである貴社が、AIソフトを自社開発した経緯を教えてください。
一ノ瀬広行:
既存のプロ仕様AIソフトは、1アカウントで100万円以上と非常に高額です。自社でも導入していましたが、アカウントを増やすたびに多額の費用がかさみ、効率化を目指しているはずが逆にコストが膨らむ悪循環に陥っていました。私は幼少期から当たり前のことに対しても「なんでだろう?」と常に疑問を持つ性格でした。この時も「このビジネスモデルはおかしいのではないか」と疑問を抱いたことがきっかけで、「不便に感じるのなら、いっそ自分たちでつくってしまおう」と考えたのです。
ーーAIソフトの価格についてはどのように設定したのですか。
一ノ瀬広行:
業界全体が一緒に盛り上がらなければ意味がないと思います。AIはあくまで業務を支える武器にすぎません。本来、私たち同業者が競い合うべきは「ものづくり」の品質です。大手企業だけでなく中小企業も同じ土俵に立てるように、個人でも手が届く3万円という価格に設定しました。機能追加によって課金するような仕組みにはせず、アップデートを行っても価格は常に据え置きとしています。
圧倒的なスピード感で業界全体の底上げを図る

ーーリリース後、どのような反響がありましたか。
一ノ瀬広行:
開発を決断してから約4〜6ヶ月でリリースに至り、その後3ヶ月で約190件の登録がありました。本格的な告知を行う前の段階での数字です。モデルの画像生成から動画作成までを一貫して行える点が評価され、アパレル運営企業での導入も進んでおり、「業務効率が大きく変わる」と、既存のシステムから弊社のソフトへ切り替える動きも起きています。
今後は、AIの普及によって仕事が減ると懸念されるモデル業界との共存も目指しています。具体的には、実在するモデルのデータを活用した「AIモデル事務所」を立ち上げ、その使用権をサブスクリプション型で展開する構想です。これにより、モデル自身が撮影現場へ行かずともAIが稼働することで収益を得られる、新しいビジネスモデルを構築したいと考えています。
ーーなぜ、自社の技術を安価に提供し、広めようとされているのでしょうか。
一ノ瀬広行:
日本の縫製業界は、技術は素晴らしいのにデジタル化が遅れている側面があります。私はこの業界に20年以上身を置いていますが、先日、実は初めて同業者の組合へ足を運んだんです。そこで、「AIを取り入れなければ、時代に取り残されてしまう」と率直に伝えました。当初は驚かれましたが、今では「ぜひセミナーを開いてほしい」と依頼をいただくまでになりました。自社の利益だけを追求するのではなく、仲間である業界全体が底上げされ、業界全体でよりよい方向へ進むことが何より大切だと考えています。
社員を第一に考えるフラットで自由な組織づくり
ーー組織づくりにおいて取り組んでいることは何ですか。
一ノ瀬広行:
社員がいなければ、社長は何もできません。だからこそ、働きやすい環境をつくることが私の役割です。弊社では残業を良しとせず、私自身も定時を過ぎたらすぐに退社し、皆が帰りやすい雰囲気をつくっています。また、スタッフから「オフィスが手狭で働きづらい」と声が上がった際も、迷うことなく広いビルへの移転を決めました。現場の声を拾い、柔軟に対応することが大切だと考えています。
また、待遇面にも注力し、会社の利益を全社員で均等に分配しています。営業も縫製現場のスタッフも、支給額は全員同じです。成績で順位をつけるよりも、皆で一緒に喜びを分かち合う方が会社として望ましいと考え、社員との対話を経て決定しました。少しでも不満があればすぐに改善し、何でも言い出せる風通しのよい環境をつくっています。
こうした環境が評判を呼び、毎年20代の若いスタッフが仲間入りしてくれるようになりました。彼らの成長こそが、10年後の会社の未来をつくると信じています。
失敗を恐れず常に前を向く「可能思考」
ーー最後に、今後の展望をお聞かせください。
一ノ瀬広行:
これまで約14億円だった売上高が、現在は国内だけで19億円規模になり、事業成長にエンジンがかかってきました。次の目標は売上高100億円です。私は「できない」という壁に直面したときこそ、自分が伸びるチャンスだと捉えています。悩んでいる間に好機は逃げてしまいますからね。失敗を恐れず、どんな失敗から何を学べるかという経験を楽しみながら、圧倒的なスピードで挑戦し続けていく決意です。
編集後記
一ノ瀬氏への取材を通じて、物事を前向きに捉える「可能思考」と底抜けに大きなエネルギーに圧倒された。自社の利益を優先するのではなく、業界全体の未来や社員の幸せを第一に考える姿勢。それが結果として、同社の大きな成長と高い定着率につながっているのだろう。終始穏やかな笑顔で語るその姿からは、現状に満足せず、常に新しい価値を生み出し続ける経営者の信念が感じられた。

一ノ瀬広行/1985年創業の衣料品製造会社「丸一」2代目代表取締役社長。国内外に自社工場・拠点を持ち、アパレルからアーティスト衣装、雑貨まで幅広く展開。約150社と取引し月300型以上を生産。2025年にはAIデザインソフト「MARUICHI AI Studio」をリリースし、事業のDXも推進中。