※本ページ内の情報は2026年5月時点のものです。

現在、ジョンソンコントロールズ株式会社の代表取締役社長を務める松下太郎氏。父の背中を見て育ち、漠然と経営者を志した松下氏は、今や数々のグローバル企業でトップを務めている。その道のりは決して平坦なものではなく、意思疎通の壁にぶつかり、大きな挫折を味わう中で、自身のマネジメント手法をゼロから見つめ直してきた。同社が持つ強みは日系企業と外資系企業の融合や、最新のAI活用から組織の活性化まで多岐にわたる。人を活かし、社会に多大な影響を与えようとする同氏の経営方針に迫る。

失敗と対話から生まれた「ハイブリッド・リーダーシップ」の確立

ーーまずは、経営者を志した原体験とこれまでのキャリアについてお聞かせください。

松下太郎:
会社を経営する父の背中を見て育ったことが、経営者を志した原体験です。「将来は自分も経営者になりたい」という漠然とした憧れを抱いており、大学卒業後は国内大手メーカーに入社し、営業に5年ほど従事しました。そこで日本の商慣習や営業の基礎を学んだものの、一方で、「経営者になるための知見が不足している」と痛感したのです。そこで、経営を体系的に学ぶためアメリカへ留学を決意し、MBA(経営学修士)を取得しました。

ーー帰国後は、どのような経験を積まれたのですか。

松下太郎:
経営者に不可欠な戦略立案の能力を磨くため、外資系製薬企業に入社しました。そこで市場戦略の立て方を徹底的に学んだ一方で、大きな壁にもぶつかりました。自身が立てた戦略を、現場の営業担当者に実行してもらう必要があります。しかし当時の私は、自分の戦略の正しさを主張するばかりで、現場への配慮に欠けるコミュニケーションをとってしまったのです。結果として周囲の反発を招き、協力を得られない状況に陥りました。人を動かすには、論理だけでなく共感を生むリーダーシップが必要なのだと痛感した、大きな転機でした。

ーーその大きな挫折を、どのように乗り越えたのでしょうか。

松下太郎:
外資系総合電機メーカーが主催する、幹部候補生の育成プログラムに参加したことがきっかけです。そこで経営トップ層の仕事ぶりを間近で観察し、従業員との対話の重要性や、現場の意欲を引き出す手法を深く学び、自身のマネジメント観を大きくアップデートすることができました。

その後、外資と国内企業による合弁会社で初めて社長を務める機会を得ました。学んだ対話の手法を実践しようと意気込みましたが、いざトップの座に就くと「早く結果を出さなければ」というプレッシャーに苛まれてしまったのです。余裕を失った私は、気づけば対話を後回しにし、現場に対して強い指示型の運営を押し付けてしまっていました。業績は向上したものの、私が退任して工場を去る際、見送りに来てくれた従業員はわずか数名でした。頭でわかっていたはずのリーダーシップが実践できておらず、私の手法が現場の反発を招いていたと知り、大変なショックを受けました。

ーーそこから、現在のマネジメントスタイルへどのように変化していったのですか。

松下太郎:
トップダウンとボトムアップの両方をかけ合わせた、融合型のコミュニケーションへ移行しました。これまでの反省から現場の意見を聞くことに専念したのです。組織の状況は早く把握できるようになった半面、意見を集めすぎて意思決定が遅れるジレンマに陥りました。そこでようやく、双方の手法を融合させる必要性に気づきました。ジョンソンコントロールズに入社した現在も、周囲の優秀な社員の知見を最大限に活かすため、対話を通じて共に戦略へ落とし込むスタイルを重視しています。

社会的意義と絶対的な法令遵守の追求

ーー数ある企業の中で、なぜ貴社を選ばれたのですか。

松下太郎:
社会に大きな利益を還元し、影響を与えたいと強く考えたからです。40代で経営トップの経験を重ねる中で、その思いは次第に強くなりました。弊社の主軸であるビルシステム制御やデータセンターの熱管理ソリューションは、世界中で高い精度とレジリエンスを必要とする施設を支援しています。同時に、二酸化炭素の削減やエネルギー効率化という地球規模の課題解決にも直結する事業でもあります。私は社会から真に必要とされ、今後さらに重要性が増す企業を牽引できることに、大きなやりがいを感じるのです。

ーー経営者として、事業を進める上で最も大切にしている価値観は何ですか。

松下太郎:
社会的意義の追求と、その基盤となる法令遵守の徹底です。いかに社会へ貢献する事業であっても、法令違反があれば本末転倒です。私は過去に海外の企業で、法令違反に対して非常に厳格な姿勢をとる文化の中で育ちました。巨大なインフラを担う企業として、この法令遵守という基盤だけは絶対に揺るがさない。それが私の経営における確固たる価値観です。

日系の品質と外資の規模両者を融合した独自の強み

ーー改めて、貴社の事業内容と独自の強みについて詳しくお聞かせください。

松下太郎:
弊社の主力事業は、オフィスビルや工場、病院などにおける「ビルシステムの自動制御」やデータセンターなどで必要とされる高度な熱管理ソリューションです。また、火災報知器や防犯システムといったビルシステムのみならず、経営やITシステムなど様々なシステムを総合し、建物が自律的に最適な運用を行うオートノマスビルの実現という役割も担っています。

最大の強みは日本の老舗企業が持つ「品質へのこだわり」と、グローバル企業の「圧倒的なスケール」を高い次元で併せ持っている点です。社員の約7割が技術者であり、お客様からは「技術のジョンソンコントロールズ」と評価をいただいてきました。国内の競合他社と異なるのは、その成り立ちです。弊社の日本法人は国内の老舗企業とグローバル企業との合弁からスタートしました。そのため、日本企業特有の「顧客第一の姿勢」が根付いている一方で、世界規模の開発力とスピードも備わっているのです。最先端の世界レベルの技術を搭載した製品を世界中で提供するため、日本でも開発部門が国内の要望に合わせて調整し、厳しい品質試験を経て提供する。この両輪が機能している企業は他に類を見ません。

ーー従業員のキャリアパスにおいても、グローバル企業の利点は活かされているのですか。

松下太郎:
従業員のキャリア形成において非常に大きな強みです。たとえば、毎年アメリカの本社にある技術開発の拠点へ技術者を派遣する制度があるのですが、1年間現地でグローバルと日本の技術を相互に学び合います。

また、特にバックオフィス部門では日本で働いていても海外の上司にレポートする社員も多いのですが、シンガポールにいる上司に直談判して現地に赴任することで、キャリアパスやロールを自ら拡大した方もいます。年功序列のような受け身の姿勢ではなく、自ら望めば世界を舞台にキャリアを切り拓ける環境が整っているのです。

AIの活用が生み出す安全性と生産性の向上

ーーデジタル化やAIの活用についても、先進的な取り組みをされているのでしょうか。

松下太郎:
顧客向けのシステム提供だけでなく、従業員の生産性向上や安全性の確保にもAIを積極的に活用しています。たとえば、現場の作業環境をスマートフォンで撮影しAIに解析させると、AIが即座に隠れたリスクや必要な対策を提示してくれるのです。既存のツールを活用して簡便に実行でき、人間が気づきにくい危険を発見できるため、社員の安全確保に大きな効果を発揮しています。

また、弊社のグローバルCEOが今注力しているのが、ビジネスプロセスの最適化とAIの活用です。改善された業務手順を局所的にとどめず、AIを活用して世界中の拠点へ広げていく。このAIを前提としたデジタル化の波は、会社全体で一気に加速しています。

ーー働きやすさや、多様性の尊重についてはいかがでしょうか。

松下太郎:
グローバル企業ならではの多様な人材の活用と、一人ひとりの希望に寄り添う労働環境の整備に注力しています。会議の場でも、異なる文化背景を持つ海外のメンバーから斬新な意見が飛び出し、それが課題解決につながる事態が日常的に起きているのです。

また、女性が働きやすい環境の整備も進めています。昨年現場でフィールドエンジニアとして働く女性社員を全国から集めて意見交換会を開催したのですが、そこで新たな気づきを得ました。私は、出産というライフイベントの後は、在宅勤務や時短勤務が好まれると想像していましたが、実際には「早く現場に戻りたい」という強い熱意を持つ方が多くいらっしゃったのです。会社として、その思いにどう応えるべきか、深く考えさせられた出来事でした。今後も、個人の特徴や希望を活かせるさまざまな選択肢を提供していくことが、私の大きな使命だと感じています。

実機による研修を通じた早期戦力化と5年後の未来像

ーー5年後、10年後の会社のビジョンについてお話いただけますか。

松下太郎:
事業規模を拡大し、共に歩む仲間を増やすことで、地球環境への貢献を広げていくつもりです。現在、建設業界全体が深刻な人手不足に直面していますが、弊社のソリューションは、ビルのエネルギー効率を最適化し、CO2排出を直接的に削減できるものです。建物からの排出量は全体の4割、非住宅建物ではエネルギー消費の6割が冷暖房空調機器に起因すると言われています。建物のエネルギー効率の改善は、脱炭素化社会を実現する上で大きな役割を果たすのです。この社会的使命を果たすためには、毎年2桁成長という継続的な成長を実現し、新しい人材を確保することが不可欠だと考えています。

ーー採用において求める人物像と、人材育成面で工夫されていることはありますか。

松下太郎:
「社会課題の解決に貢献したい」という志を持ち、前向きに仕事を楽しめる方と一緒に働きたいですね。失敗を恐れず挑戦できる方であれば、入社時の英語力は問いません。というのも、私自身も本格的に英語を学び始めたのは20代後半で留学をした時だからです。「英語は後からでも習得できる」と身をもって知っているからこそ、今のスキルよりも、挑戦しようとする意欲を何より大切にしています。

人材育成面では、若手の早期戦力化に注力しています。時間効率を重視し、技術やリーダーシップの研修を充実させ、入社直後から実際の機器を用いた研修を徹底しています。新任のエンジニアを本社に集め、短期間で集中的に数多くの案件のエンジニアリングに体系的に携われる環境も整えました。その結果、かつては5年、10年かかっていた経験値の習得時間を大幅に短縮できています。

家族も巻き込む組織の活性化と社会を支える誇り

ーー従業員の働く意欲を高めるために、どのような施策を行っていますか。

松下太郎:
社員のご家族を巻き込んだイベントの開催などを実施しています。弊社の社員が長年意欲を持って働けるのは、ご家族の支えがあってこそです。そのため夏には全国でご家族を会社に招いたり、弊社のシステムが導入されている施設で弊社のシステムを見学できるようなイベントを開催しています。また、成績優秀者の表彰式はホテルの宴会場で行い、ご家族にも参列いただいています。「家では控えめな父親が、実は社会を支える立派な仕事をしていた」と尊敬されるきっかけにもなり、大変好評です。

さらに、経営層との直接的な対話の場を設けており、私自身が全国の支店を回り、社員との対話集会を実施しています。その際、会社の戦略を伝えるだけでなく、社員からの提案や不満を直接吸い上げます。その後は食事を共にしながら、ざっくばらんに意見を交わすこともあります。四半期に一度の匿名アンケートも活用し、各支店の実際の状況を把握して、即座に改善策を実行しています。

ーー最後に、読者へメッセージをお願いいたします。

松下太郎:
弊社は、社会に不可欠なインフラを裏から支える企業であり、そのことに私自身大きな誇りを持っています。ただこうして仕事ができているのも、弊社の技術と人材を前向きに活用してくださるお客様や、支えてくださる協力会社の皆様のおかげです。今後も、この貢献の輪をさらに広げ、業界全体を共に盛り上げていける新しい仲間や協力会社の方々に、1人でも多くお会いできることを楽しみにしています。

編集後記

幾多の挫折を経て、自身のマネジメント手法を変革させてきた松下氏。トップダウンとボトムアップを組み合わせたハイブリッド型のリーダーシップは、同社が持つ日本企業の品質とグローバル企業の規模を融合させた強みへとつながっている。柔軟に組織を変革し続ける同氏の采配により、同社が地球環境にどれほどの貢献をもたらすのか。そのさらなる躍進に期待したい。

松下太郎/1972年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業、米パデュー大学にてMBA取得。川崎重工業株式会社、日本イーライリリー株式会社を経て、2005年ゼネラル・エレクトリック株式会社(現・GEジャパン株式会社)に入社。GE富士電機メーター株式会社代表の取締役社長、アクセンチュア株式会社のデジタル部門マネジング・ディレクター、日本ドレッサー株式会社の代表取締役社長、ベーカーヒューズ日本統括代表などを歴任。2025年2月ジョンソンコントロールズ株式会社に入社、同年4月より代表取締役社長に就任。