※本ページ内の情報は2026年5月時点のものです。

埼玉県比企郡を拠点に、住宅の基礎工事や外構工事を手掛ける株式会社たくみ。ルーツである左官業から時代のニーズに合わせて事業を転換し、数多くの外部企業から厚い信頼を寄せられている。24歳という若さで家業を継承し、未経験からでも一人前に育つ組織をつくり上げた代表取締役の田嶋政之氏の、これまでの歩みと今後の展望に迫った。

「既存のお客様」を守るために24歳で下した家業継承の決断

ーーまずは、貴社に入った経緯をお聞かせいただけますか。

田嶋政之:
20歳のころ、縁があって父が営んでいた「田嶋左官」に入社したのが始まりです。学生時代はソフトテニスに打ち込み、朝から晩まで練習する日々を送っていました。「一度始めたら本気になってしまう」性格は、この頃に培われたのかもしれません。高校卒業後は専門学校へ進んだものの、思い描いていた将来像とのギャップを感じ、別の道を模索していました。そんな折に家業へ入ることになります。当時は材料運びからのスタートでしたが、スポーツで鍛えていたため、肉体的な大変さはあまり感じませんでした。

ーー貴社を継ぐ決断をされた理由は何でしたか。

田嶋政之:
既存のお客様と従業員を守り抜くためです。私が24歳の頃、父が他界したことが転機となりました。当時、周囲からは「一度他社へ行き、仕事を覚え直してから再開してはどうか」と助言をいただきました。しかし、それではお付き合いのあるお客様との関係が途切れてしまい、再開時に一から販路開拓をするのはリスクでもあります。当時の弊社は少数精鋭の小さな規模でしたが、お取引先様とのつながりを止めたくないという一心でした。周囲に助けていただきながら、自分で事業を継続すると決意したのです。

時代の変化を捉えた事業転換と「ローラーストーン」という強力な武器

ーーその後、2008年に事業を法人化した背景についてお聞かせください。

田嶋政之:
左官需要の減少という時代の変化に合わせ、基礎工事や外構工事へ主力事業をシフトしたことが要因にあります。左官の仕事も継続しつつ、住宅の基礎や駐車場、ブロック工事などの外構領域を広げたのです。これに伴い、心機一転して社名を「株式会社たくみ」に変更しました。

当初は基礎工事をメインにする予定はありませんでした。しかし、依頼された仕事を真摯にこなすうちに「基礎といえば、たくみさん」と評価されるようになります。今では月に10軒ほどの基礎工事を任せていただけるまでに成長しました。現在、複数の外部企業様とのお取引があるのは、これまでの実績を評価していただけた結果だと受け止めています。

ーー高品質な施工に加え、適正価格の実現や独自の強みについて教えていただけますか。

田嶋政之:
資材の運搬方法を工夫し、コスト削減に努めています。現在は生コンクリートなどの資材価格が高騰している状況です。そこで、運搬車両の大きさを調整し、仕入れ単価を抑えています。同じ量でも10トン車と3トン車では単価が大きく変わるからです。こうした工夫でコストを削減し、お客様に適正価格で提供しています。また、外構工事では「ローラーストーン」という特殊な施工技術を導入しています。県内で同技術の認定施工店は4社のみで、弊社の確かな武器といえます。

挨拶を基本に未経験者を育成し家族を大切にする社風

ーー採用や人材育成についてはどのようにお考えですか。

田嶋政之:
弊社では、未経験の方を広く採用し、一から育てる方針を取っています。特別なスキルよりも「挨拶がしっかりできる」といった基本を何よりも大切にしており、入社後は先輩社員が付き添い、丁寧に技術を指導していきます。早いと、7年から10年ほどで現場を任せられるまでに成長できるでしょう。弊社で仕事を覚え、独立を果たした社員も数名誕生しました。

ーー福利厚生や社内環境の整備にはどのように取り組んでいますか。

田嶋政之:
社員を家族のように思いやり、温かく働きやすい環境づくりを心がけています。資格取得のサポートに加え、希望する人への社員旅行や、家族も参加できる日帰りバスツアーなどを企画しています。社員との距離は近く、仕事から私生活の相談まで普段からよく話す間柄です。基礎工事という事業は、建物の外観からは見えにくいものの、建物を根本から支える重要な部分。完成時に「綺麗にできた」と形に残る仕事の醍醐味を、全員で共有できるような組織を目指しています。

次世代リーダーを育成しさらなる飛躍と新たな挑戦へ

ーー今後の組織づくりや展望についてお聞かせいただけますか。

田嶋政之:
現場を牽引する次世代リーダーの育成と、それに伴う組織のさらなる飛躍を目指しています。現在は基礎工事と外構工事の両軸で事業を展開していますが、今後は各部門で最初から最後まで一貫して任せられるような、主任クラスを複数名育て上げたいと考えています。それに伴い人員を拡充し、現在の15名から約25名規模のより強固な組織体制を構築する展望です。

また、人材確保に向けて、地方から来る方のための住居サポート構想も視野に入れています。近所にアパートを手配するなど、社員を家族のように大切にする取り組みを進めていきます。

ーー事業面での新たな挑戦についてはどのようにお考えですか。

田嶋政之:
SNSなどのデジタルツールを駆使し、一般ユーザーからの直接受注を拡大していくことです。現在は既存の企業様からの受注が中心ですが、将来的にはこの新たな領域にも挑みたいと考えています。確かな技術力と人間力という「変わらない強み」をベースにしつつ、時代の変化に合わせ柔軟に事業を展開していきます。

編集後記

24歳で家業を継ぎ、既存の顧客を守るために奔走した田嶋社長。時代のニーズを的確に読み取り、左官業から基礎・外構工事へと事業の舵を切った決断力と柔軟性が、同社の躍進を支えている。社員旅行や家族イベントの実施、地方からの人材採用を見据えた住居サポート構想には、社員を家族のように大切にする同社ならではの温かな思いが表れている。確かな技術力と人間力という「変わらない強み」を基盤に、デジタルツールを活用した直接受注など、時代の変化に合わせて新たな領域へも柔軟に挑んでいく同社の未来像は、読者に大きなワクワク感と前進する勇気を与えるはずだ。人情と合理性の両輪で組織を前進させる田嶋社長の挑戦に、今後も期待したい。

田嶋政之/1979年5月9日に埼玉県比企郡小川町で生まれ育った。武蔵越生高等学校卒業後、20歳から父が創業した田嶋左官に就職。24歳の時に父が他界。そのまま田嶋左官を引き継ぎ、2008年に株式会社たくみへと社名変更して今に至る。