※本ページ内の情報は2026年5月時点のものです。

国産ジーンズの聖地として知られる岡山県倉敷市児島。この地で36年にわたり、国内外の有名ブランドの縫製を手掛けてきた株式会社ナイスコーポレーションが今、大きな変革期を迎えている。「工場=下請け」という既成概念を打ち破り、国際認証「B Corp」の取得や自社ブランド「NC PRODUCTS」の展開など、製造業の新たな在り方を提示する挑戦を次々と打ち出している。その指揮を執るのは、カナダでの経験を経て5年前に家業を継承した2代目社長の井筒伊久磨氏だ。「先代から受け継ぐ会社の根幹を守りつつ、時代に合わせてどうにか会社を変革したいと葛藤していた」と語る同氏が、なぜ今働く職人たちの環境を向上し、ものづくりの価値を高めることに人生を賭けるようになったのか。その葛藤と覚悟、そして描く未来図について話をうかがった。

カナダでの経験と会社を「変えたい」と葛藤した10年間で見つけた覚悟

ーーまずは、家業に入るまでの経緯をお聞かせください。

井筒伊久磨:
高校卒業後、父親の勧めもありカナダのバンクーバーへ語学留学しました。そこで偶然入った古着屋で働くことになり、オリジナルアイテムの制作や展示会への出展など、アパレルの面白さにのめり込んでいったんです。現地では「生活の一部に仕事がある」というスタンスが当たり前で、非常に心地よい環境でしたね。しかし、23歳で帰国して父の会社に入ると、そこには「仕事の中に生活がある」という、正反対の日本の現実が待っていました。

ーー当時はどのような心境でしたか。

井筒伊久磨:
現場作業から始めましたが、正直なところ、父の代から続く会社の根幹となる真面目なものづくりはリスペクトしつつも、時代が変わる中で「どうにかして会社を良い方向に変えたい」と強く思っていました。当時は予定通りに資材が上がってこなかったり、新しい取り組みへの考え方が合わなかったりと、解決策が見つからず葛藤する日々でした。

それでも踏みとどまれたのは、社内外で愚痴を聞いてくれる仲間の存在に加え 、何より家族の支えがあったからです。特に弟は、私と父の意見の相違の間に立ってうまくバランスを取ってくれましたし、母も私のことを本当に理解してくれました。こうした家族のサポートがあったからこそ、あの苦しい時期を乗り越えられたのだと、今振り返っても非常に大きく感じています。

転機となったのは、入社10年を過ぎた頃です。お客様との対話を通じてようやく仕事の責任と面白さを自分のこととして捉えられるようになり、自分のやりたいことが形になって会社が動き始めました。そこからは、伝統を守るだけでなく、今の時代に合わせた経営や展開を自分たちの手でつくり上げていこうという覚悟が決まりました。

「縫製業=斜陽産業」のイメージを払拭 「B Corp」取得がもたらした若手の熱気

ーー社長に就任されてから、特に注力していることは何でしょうか。

井筒伊久磨:
最も変えたかったのは、工場のイメージを塗り替え、そこで働く職人たちが手掛けるものづくりへの価値を見出すことです。縫製業は今では、表現し、発信していくことがこれからの物作りの産業に必要だと考えました。そこで、父の代では理解されなかったホームページの刷新に着手し、さらに国際的な認証制度「B Corp」(※1)を取得しました。

(※1)B Corp:米国の非営利団体B Labによる国際認証制度。厳格な評価のもと、環境や社会に配慮した公益性の高い企業に与えられる。

ーー数ある手法の中でなぜ「B Corp」認証を選ばれたのですか。

井筒伊久磨:
「B Corp」を取得したからといって、それだけで素晴らしい会社になるわけではありません。良い社会、環境にしていこうとする会社のスタート地点だと考えています。認証取得に向けてキャリアパスやジョブ・ディスクリプション(※2)を明確にするなど、会社としてのルールづくりを進めたことで透明性が高まりました。これによって社会的な信頼や評価を得やすくなり、「職人の働く環境を向上し、ものづくりの価値を高めたい」という私の目標にも直結しています。実際に若い世代の応募も急増し、社員の平均年齢は約39.8歳になりました。ベテランの職人と若手が融合し、会社全体が新しいステージへと進み始めているのを感じています。

(※2)ジョブ・ディスクリプション:職務の内容を詳しく記述した文書のこと。

こだわりを詰め込んだ「NC PRODUCTS」下請けからの脱却と持続可能な経営

ーー事業展開の面でも、新たな動きは始まっているのですか。

井筒伊久磨:
OEM(受託製造)の仕事は私たちの重要な基盤ですが、受注生産だけでは情勢によって売り上げが左右されやすく、自分たちでコントロールしづらい側面がありました。会社としてしっかり利益を確保し、社員の給料や休日といった待遇を改善していくためには、クオリティの高い生産をより効率良く実施して収益性を高める必要があります。

そこで、コスト管理を含めて自分たちで主導権を持ち、新たな挑戦として立ち上げたのが、自社ブランド「NC PRODUCTS」です。通常の商品ではコスト面で採用できないような手間のかかる仕様も、自社ブランドなら追求できます。「外からは見えないけれど、実はすごい技術が使われている」。そんな職人の自信や誇りを形にしたブランドです。

ーーその製品を、実際に手に取って見られる場所はありますか。

井筒伊久磨:
自分たちのものづくりを直接発信できる場所として、2026年2月に工場の敷地内に初の直営店をオープンしました。まだ始まったばかりですが、これからは工場見学ツアーや、地元の学校との連携なども進め、ものづくりの現場をオープンにしていきたいと考えています。

ーー最後に、今後の展望をお聞かせください。

井筒伊久磨:
私たちが目指すのは、単なる一企業の成功ではありません。この岡山県児島というデニム・ジーンズ産地全体が、次世代に残っていくことです。そのためには、私たち一社だけでなく、地域の同業者や関連企業と手を取り合う、横のつながりが不可欠です。若い人が「ここで働きたい」と思える魅力的な産業であり続けるために、「B Corp」の理念も活かしながら、地域社会の一翼を担う存在として成長していきたいですね。

編集後記

「何度も辞めようと思った」。インタビュー中、井筒氏は自身の過去の葛藤を隠すことなく語ってくれた。その率直さと人間味こそが、今の同社に若い人材が集まる理由なのかもしれない。「ものづくりの価値の向上を目指す」という同氏の言葉は、単なるスローガンではなく、「B Corp」取得や自社ブランド展開という具体的なアクションに裏打ちされている。伝統技術と新しい価値観を融合させ、ジーンズの聖地・児島から世界へ。同社の挑戦は、日本のものづくりの新たな可能性を示している。

井筒伊久磨/1979年生まれ。高校卒業後にカナダ・バンクーバーに留学し、現地のヴィンテージショップなどで経験を積み、2003年に帰国。株式会社ナイスコーポレーションに入社後、20年間あらゆる現場を担当し、2020年に同社代表取締役に就任。