
「日本を代表する会社をつくる」。そう語るのは、株式会社ミギナナメウエの代表取締役CEOを務める古鍜冶賢氏だ。19歳で起業の世界に飛び込んだ同氏は、コロナショックで8000万円の負債を抱えた。しかし、事業転換を経て、数年で数十億円規模の企業へと成長を遂げる。なぜ危機を乗り越え、力強い組織をつくることができたのか。そして、同氏が目指す「仕事で人生のピークを更新する社会」とは。本質を追求し続ける姿勢と、これからの会社の方向性に迫った。
「限界を決めていた自分」を変えたある経営者との出会い
ーーまずは、起業のきっかけについてお聞かせいただけますか。
古鍜冶賢:
大学時代に、25歳で不動産会社の社長をしている方と出会ったことがきっかけです。私は、昔から社長を目指していたわけではありませんでした。中高時代に地元の学校から東京の学校へ進学した際、周囲に優秀な人が多く、強い劣等感を抱いていたのです。「自分の人生は、ある程度決まったものにしかならない」。そう勝手に自分の限界を決めて、諦めていた部分がありました。
しかし、その経営者との出会いで価値観が変わりました。彼は地方からお笑い芸人を目指して上京し、そこから努力して企業の社長になった人でした。その姿を見たとき、「自分で努力すれば道は切り開ける」と気づかされたのです。それからは、当時取り組んでいた経験を活かせるように努めるようになりました。19歳で個人事業を始め、20歳で現在の会社を起業した次第です。
ーーコロナショックの際に大変だったことを教えてください。
古鍜冶賢:
2期目の途中でコロナショックに見舞われ、すべての仕事と売上高が止まりました。結果として、約8000万円の負債を抱えたのです。当時は生き残るために必死で本の製本作業から消毒液の販売まで、手当たり次第に何でも取り組みました。
そんな中、たまたま請け負った採用プラットフォームの運用代行が大きな転機になったのです。当時の採用業界は「アットホームな環境です」といった定型的なアピールが中心でした。しかし私たちは、求職者の心理を踏まえた見せ方を取り入れて記事を作成したのです。それが大きな反響を呼び、「採用支援」という事業の柱を発見することにつながりました。5人だった会社は順調に成長し、仕事の面白さも増していったのです。
葛藤の末に定めた「日本を代表する会社」への覚悟

ーー事業が軌道に乗る中で会社を拡大させるターニングポイントはどこにありましたか。
古鍜冶賢:
起業から4年目のタイミングです。生き残るために無我夢中で走り続け、ふと立ち止まったとき、会社は利益が出る状態になっていました。しかし同時に、「自分は何のために会社をやっているのか」と強く葛藤するようになったのです。自分と深く向き合った結果、どん底の時期も含めて、この数年間の仕事が心の底から楽しかったことに気づきました。
そして、共同創業者と掲げていた「やるならでかいことをやろう」という初期の思いを再確認したのです。社会に影響を与えたい、それなら「日本を代表する会社」をつくろう。そう決意し、会社を大きくしていく方向性を明確に定めました。そこからの成長は早く、4年で売上高30億円規模の会社へと拡大することができました。
ーー現在展開されている事業の独自性はどのような点にあるとお考えですか。
古鍜冶賢:
目先の売上高ではなく、本質的な価値提供に徹底して向き合っている点です。たとえば人材紹介事業において、求職者や企業にとって転職や採用はあくまで「スタート」です。しかし、ビジネスの構造上、人材紹介会社にとってはそこが「ゴール」になりがちです。私はこのズレに納得がいきませんでした。
私たちが重視しているのは、入社後にその人が活躍し、企業が成長することです。クライアントから「こういう見せ方で採用したい」と要望されることもあります。しかし入社後のミスマッチにつながると判断すれば、はっきりと指摘してお断りすることもあります。短期的な利益を追わず、クライアントの言いなりにならない姿勢を貫いてきたことが、中長期的な差別化につながっているのです。
仕事で人生のピークを更新する社会をつくる
ーー組織づくりや育成においてどのような工夫をされていますか。
古鍜冶賢:
採用段階での「すり合わせ」を最も重要視しています。働きがいを向上させるために、特別な制度をつくったわけではありません。20代のうちから挑戦したい、仲間と何かを成し遂げたい、仕事で人生のピークを更新したい。そうした部活のような熱量を持った人が集まっていることが大前提にあります。育成においては、直属の上司だけでなく、部署を越えた複数の人が関わり、チーム全体で支援する体制を実践しています。評価においても、単なる数字の結果だけではありません。「先週と今週で何ができるようになったか」という学習の過程を重視し、本人が成長と主体性を実感できる環境を整えています。
ーー最後に、中長期的な会社の方向性と求める人物像についてお聞かせください。
古鍜冶賢:
今後5年、10年を見据えたとき、人材業界という枠組みにこだわるつもりはありません。現在、日本には素晴らしい技術やサービスを持つ地方企業や製造業者が数多くあります。しかし後継者不足や働き方の問題で疲弊しているのも事実です。そうした企業を事業承継などでグループに迎え入れ、組織を活性化させていきたいと考えています。
「仕事って、本来もっと面白いものだよね」そんな価値観を体現し、仕事で人生のピークをつくれるような会社を日本中に増やしていくことが私たちの目標です。私たちが求めているのは、自分の人生の経験として仕事を全力で面白くしたい人です。そして人生のピークを更新したいと本気で思える人。今の日本の社会で、全員が部活のように本気で仕事に向き合っている環境は多くありません。だからこそ、同じ熱量を持つ仲間と切磋琢磨したいという方には、最高の環境を用意してお待ちしています。
編集後記
若くして起業し、コロナショックによる多額の負債という絶望的な状況から見事に這い上がり、企業を急成長させた古鍜冶氏。その原動力は自身の限界を打ち破った経験と、本質を追求し続ける真摯な姿勢にあると感じた。目先の利益にとらわれず、クライアントや求職者の真の成功を見据える同社の事業展開は、これからの社会においてますます重要な意味を持つだろう。仕事で人生のピークを更新するという熱い思いを胸に、日本を代表する会社へと進み続ける同社の飛躍が楽しみだ。

古鍜冶賢/株式会社ミギナナメウエ 代表取締役CEO。1998年生まれ。青山学院大学在学中の19歳の時に起業。「日本を代表する会社を創る」というビジョンのもと、「本質的な価値提供」をミッションに人材領域を中心に事業を展開。7年連続で売上高が200%成長中。