
高級時計の修理や売買において、業界の透明性を追求し、最高峰の技術で新しい基準をつくり出そうとしている企業がある。株式会社VIZIOだ。同社の代表取締役である竹村将志氏は、業界の古い体質に疑問を抱き、時計への「敬意」を胸に起業した。国家資格1級取得者でさえ「初級」とされる圧倒的な技術基準を設け、職人の暗黙知をDX化するなど、革新的な取り組みを進めている。時計を国宝のように扱い、100年後の技術者へ歴史をつなぐ。単なる修理ではなく「コンサベーション(保存・修復)」を提唱し、100年後の未来を見据える竹村氏に、これまでの歩みと目指す業界の姿をうかがった。
1日300本の査定「与えられた職種でどれだけ花を咲かせるか」修業時代
ーーまずは、キャリアのスタートについてお聞かせください。
竹村将志:
高校卒業後、ほとんど社会人経験のない状態で時計業界という未知の世界へ飛び込みました。最初にお世話になったのは販売と修理の両方を手がける会社で、店舗スタッフとしてキャリアをスタートさせています。
転機となったのは、社長のカバン持ちを務めることになったときです。全国の業者から厚い信頼を寄せられる社長の傍らで、真贋を見極める確かな目や売買の極意を、文字通り直に学ぶ貴重な機会をいただきました。1日に200本から300本もの時計を査定し続ける日々は、私にとって圧倒的なスピードで知識を吸収する修業の場でもありました。
その後は工房での実務にも携わり、時計の内部構造や修理コストといった技術的な側面への理解も深めました。当時はただがむしゃらに突き進んでいただけでしたが、一貫して「与えられた場所でいかに花を咲かせられるか」という信念を大切にしてきました。どのような職種であっても、その場における最大限の価値を生み出すことが、私にとって楽しさであり、何よりのモチベーションだったからです。
ーーその後、ご自身で起業されたのはどのような思いがあったのですか。
竹村将志:
最初は一人で売買専門の会社を立ち上げ、飛び込み営業で質屋などを回って少しずつ信用と資金を築いていきました。その後、素晴らしい技術者とのご縁があり、修理を行う工房を立ち上げるに至ります。
事業を進める中で感じたのは、業界におけるメンテナンスの不透明さです。他社を調査した際、外見は綺麗でも、内部の機械がボロボロの状態で高額な時計が売られているのを目の当たりにし、衝撃を受けました。私は、単なるモノとして扱うのではなく、時計に敬意を示したいと考えています。だからこそ、自社ではどこでどのようなメンテナンスを行ったかをすべてカルテとして残し、オープンにする仕組みをつくりました。
国家資格1級は「初級」 メーカーが直せないものを直す技術

ーー貴社の技術力の高さはどのような基準で維持されているのでしょうか。
竹村将志:
弊社では独自の技術レベルを「初級」「中級」「上級」と設定しています。時計修理の国家資格1級は、弊社ではあくまで「初級」という位置付けです。上級職人は、現存しないパーツをゼロから製作できるほどの次元で時計を理解しています。
私たちがこの圧倒的な技術を追求し続けるのは、単に「他で直せないものを直す」ためだけではありません。「それほどの技術を持つ職人に、自分の時計の定期メンテナンスを、一切の妥協なく任せたい」というお客様の願いに応えるためです。最高峰の技術背景があるからこそ、日常のオーバーホールにおいても、時計本来の輝きと精度を永続的に守り抜くことができる。その「確かな安心」こそが、私たちが提供したい真の価値です。
ーー組織づくりにおいて大切にされていることはありますか。
竹村将志:
組織運営においては、徹底した透明性を重んじています。「透明性を追求する会社」として、まずは自社内での数字の透明性を実証するところから始めており、決算書や役員報酬の額もすべて社員に公表しています。
また、時計修理業界では珍しい、明確な基準に基づく「人事評価制度」を導入しました。職人の勘や経験といった曖昧なものに頼るのではなく、技術と貢献度を正当に評価する仕組みを整えることで、社員一人ひとりが「自分たちの会社だ」という誇りと当事者意識を持って仕事に向き合っています。
100年後の未来へつなぐ「コンサベーション」の精神
ーーDXやAIを用いた新サービスなど、今後の具体的な構想を教えてください。
竹村将志:
時計の修理方法は、実は300年前からやり方が変わっていません。これまで誰も手をつけてこなかった領域だからこそ、私たちが初めてDX化できるのではないかと、社員たちも期待に胸を膨らませております。具体的には、上級職人がこれまで勘で行ってきたような世界を数値化して可視化し、システムに記憶させてマニュアル化する取り組みを進めているところです。最初は「自分の仕事がなくなるのではないか」と難色を示す職人もいましたが、直接説明してその必要性を理解してもらい、今では積極的に協力してくれています。
また、今後は販売する時計の管理をさらに徹底し、お医者さんのカルテのように、その時計がどこから来て誰に渡っていったのかという履歴が完全に把握できる仕組みを構築する計画です。時計一つ一つを「デジタル指紋」としてしっかりと記録し、同一の個体であることが識別できるようなデータ管理の運用も予定しています。
今後は、お客様が時計を売却される際、市場の適正な資産価値を正しく知っていただくための情報公開にも力を入れていく構想です。事前に適正価格を把握できれば、お客様ご自身が納得して大切な資産を運用できるようになるはずです。こうした情報のオープン化とデジタルの活用によって、業界全体の透明性をさらに高めていきたいと願っております。
ーー今後のビジョンについてお話しいただけますか。
竹村将志:
私たちは、時計を国宝のように扱う姿勢で向き合い、「コンサベーション(保存・修復)」という考え方を広めていきたいと考えています。
100年後の未来には、私たちよりも優れた技術がこの世に必ずあると想定しています。だからこそ、今の私たちがなすべきことは、未来の技術者が「これほど丁寧に保存されていたおかげで、さらに次の100年へ繋げられる」と思えるような、修復の余地を残した誠実な仕事を施すことです。今の最善を尽くしながら、未来の技術者に敬意を払う。それがVIZIOの考える新しい業界基準です。
編集後記
圧倒的な技術力と、時計に対する深い愛情。竹村氏の言葉の端々からは、時計業界の未来を背負って立つという強い覚悟が感じられた。国家資格を凌駕する独自の技術基準や、暗黙知のDX化など、伝統的な業界に新風を吹き込むその姿勢はまさに革新的だ。単なる「修理」にとどまらず、100年先を見据えた「コンサベーション」の理念は、本物を愛するすべての人々の心に響くはずだ。株式会社VIZIOが築き上げる新たな時計業界のスタンダードに、今後も注目したい。

竹村将志/1990年北海道生まれ。時計の修理・流通の現場で3年間の厳しい研鑽を積み、2012年に株式会社VIZIOの代表取締役に就任。現場主義を貫き、「見えないところこそ丁寧に」という信念のもと、日本で最も信頼される時計愛好家のパートナーを目指す。