※本ページ内の情報は2026年6月時点のものです。

1947年創業の老舗鰹節メーカーである株式会社ボニト。同社を率いるのは、大手の外資系IT企業でグローバルな営業やマーケティングに携わった異色の経歴を持つ鵜飼真衣氏だ。幼少期から鰹節の香りに包まれて育った彼女は、コロナ禍を機に家業へ参画した。現在は合同会社だしソムリエアカデミーの理事も務めながら、多品種少量生産のカスタマイズ性と、AIを活用した業務効率化で企業のアップデートを図っている。日本の「だし文化」を世界に発信し、次世代へつなぐための生存戦略に迫る。

文化を守るための決断とハイブリッド経営

ーーまずは、ファーストキャリアについてお聞かせいただけますか。

鵜飼真衣:
私は幼い頃からおだしの香りに囲まれて育ちました。その香りがあることが当たり前で、私にとってはまるで空気のような存在でした。しかし、当時は職人気質の厳しい環境だったこともあり、父は娘に会社を継がせるつもりがなかったのです。そのため、大学卒業後は外資系IT企業に入社しました。そこで営業を10年経験し、その後は経営企画や日本支社での教育業務、マーケティングといった業務に幅広く携わっています。

ーーそこから、なぜ貴社に入ることになったのですか。

鵜飼真衣:
海外の企業で働いていたことにより、日本文化を守ることが自分の使命だと再定義したからです。IT企業での経験を生かして、日本の「だし文化」を守りたいと考えました。産休と育休を経て復帰を考えた際、世の中の変化を感じ、次のステップに進む決意をしました。同時に姉が立ち上げた、だしソムリエアカデミーを手伝い始めます。「だし」を知り、「料理」「商品開発」「メニュー開発」に生かせる専門家を育成する活動です。その中で、だしを取り扱う企業が減少していく現状を目の当たりにし、「私がやらなければ文化が消えてしまう」という強い危機感を抱き、家業に入る決心を固めました。

大手には真似できないカスタマイズ性と提案型営業

ーー貴社の事業の強みや、他社との違いはどのような点でしょうか。

鵜飼真衣:
プロ仕様の細やかな調整力と、多品種少量生産に対応できる「超カスタマイズ性」です。大規模なメーカーは、機械による量産を得意としています。対して私たちは、お客様の細かな要望に合わせて味や削り方を調整します。生産効率は落ちますが、少量でも妥協のない製品をつくる。この姿勢こそが、他社には真似できない独自の価値を生み出しています。

ーー営業活動における貴社ならではの工夫を教えてください。

鵜飼真衣:
「だしソムリエ」の知見を、メニュー開発にまで踏み込んだ「提案型営業」の源泉として生かしています。現在私は、だしソムリエアカデミーの理事も務めており、全国に約5,000人の生徒さんがいます。この基盤を生かして、単に商品を売るのではなく、深い知識を持つ専門家としておだしの知見をご提案しているのです。この専門性が強力な武器となり、お客様から厚い信頼をいただいています。

IT企業での経験を生かした対話と職人技のデータ化

ーー歴史ある組織をまとめる上で、どのような変革を行っていますか。

鵜飼真衣:
IT企業時代の文化を継承し、週に1回の個人面談(1on1)制度を導入しました。少数精鋭のチームだからこそ、社員一人ひとりとの対話を重視しています。1回15分程度で、「元気?」と声をかけるだけでも、社員のコンディションや仕事の状況を把握できます。経営陣が社員と直接向き合うことで、組織の結束力を高めているのです。加えて、外出先や自宅からのオンラインワークも推奨しています。外資系では当然の働き方でしたが、従来よりサポートしてくれている社員さんの中には目を丸くする方もいらっしゃいます(笑)。

ーー製造現場のIT化については、どのように推進されているのでしょうか。

鵜飼真衣:
手書きのホワイトボードによる「仕事の見える化」から始め、現在はAIを活用しています。蓄積した過去の製造データをAIに投じ、独自の製造管理システムを構築中です。目的は、職人の「勘」に頼る属人化を解消することです。技術をデータ化して習得のハードルを下げ、次世代の若手へ早期に技術を継承できる仕組みをつくっています。

「飲むおだし」から世界へ 次世代につなぐD2C戦略

ーー今後の展望についてお話しいただけますか。

鵜飼真衣:
ライフスタイルとしての「だし」を提案し、若年層へアプローチしていきます。家庭で一からだしをとる習慣が減る中、より手軽で身近な存在にする必要があるのです。現在、産学連携のプロジェクトを通じ、ギフト市場を見据えた「飲むおだし」のレシピ開発を進めています。お茶の代わりの飲み物として提案し、新たな需要を開拓します。

ーー海外展開や販路の拡大についてはどのようにお考えですか。

鵜飼真衣:
自社ブランドを世界へ発信し、顧客と直接つながるD2C(ダイレクト・ツー・コンシューマー)モデルへ移行します。現在、ヨーロッパの企業からも問い合わせをいただいており、まずは海外のラーメン市場へのBtoB提案や、インバウンド向けのお土産市場といったBtoC領域への本格進出を進めているところです。また、今後は外部の大手モール型ECサイトへの依存から脱却する方針です。自社ECを強化し、ファンと直接つながる仕組みを推進していきます。

編集後記

外資系IT企業で培った組織マネジメントと、老舗メーカーが長年守り抜いた品質。一見相反する二つの要素を融合させる鵜飼社長の経営方針は、徹底したデータ化と組織変革によって実現されようとしている。職人の「勘」をAIでデータ化し、産学連携による新商品開発や、ヨーロッパ市場への展開を進める姿勢は、伝統産業の新たなあり方を示したかたちだ。日本の「だし文化」が、次世代の仕組みと独自のカスタマイズ性によってどのように世界へ広がっていくのか、今後の動向に注目したい。

鵜飼真衣/慶應義塾大学経済学部卒業。外資系IT関連企業にて、営業、経営企画、マーケティングに従事。その後、育児休暇を経て復帰後、退職。現在は姉の創設した、合同会社だしソムリエアカデミーの理事を務める傍ら、株式会社ボニトに籍を置き、海外進出など新規事業の取りまとめや企業の構造変革を行っている。2026年3月に同社代表取締役社長に就任。