
教育用システムとeラーニング教材の開発に20年以上の歴史を持つ株式会社ライトワークス。同社は法人向け学習のプラットフォームであるLMS(学習管理システム)分野において、『CAREERSHIP®(キャリアシップ)』を展開している。日本の組織体系や人事制度に合わせた柔軟なカスタマイズが最大の強みだ。少子高齢化に伴う労働力不足が深刻化する中、単なるシステム提供にとどまらない。採用から定着までを一貫して支援する「伴走力」を武器に、数多くの大手企業から支持を集めている。「ミライの『はたらく』を、明るくする」をミッションに掲げ、企業の人的資本経営を力強く牽引する同社の代表取締役、江口夏郎氏に、起業の経緯やシステムの強み、今後の展望について話を聞いた。
アメリカでの出会いと交流から起業を決意
ーー大学卒業後に農林水産省と株式会社グロービスを経て、36歳で起業されましたが、起業したいと思われたきっかけは、いつ頃だったのでしょうか。
江口夏郎:
アメリカに留学した際に、ビジネススクールに通っていました。ビジネススクールには、世界中から優秀な人たちが集まってきていたのですが、彼らはみんな起業したいと考えていたんです。
また、大学にはインキュベーションセンター(起業家を支援する施設)も設置されており、そこでは、みんなが新しい事を試してみようと話し合ったり取り組んだりしていたのです。
そのような人たちと交流していくうちに、私自身も面白そうだと感じ、いつか私も起業したいと考えるようになりました。
ーー貴社はeラーニングから事業を始めましたが、もともとその構想はあったのでしょうか。
江口夏郎:
起業当時はインターネット普及初期であり、いろいろなことができそうだと無限の可能性を感じていました。私がアメリカにいた当時、現地の情報環境の早さに驚く一方で、日本が情報面で遅れをとっていることに強い危機感を抱き、インターネットを活用して新しい事業を行いたいと考えていたのです。
また、当時手伝ってくれていた女性スタッフの影響もあります。彼女がゲームを通じて歴史に非常に詳しくなったエピソードを聞き、「勉強は大変なもの」という固定観念を捨て、ゲーム性を取り入れた「楽しく学べる仕組み」こそ、インターネットで実現できるのではないか。そう直感したのです。
スタートは、IT業界の草分けであった株式会社アスキーのオンライン教育事業部にいたメンバーとの独立。ネット上で学習できる教育コンテンツを提供する会社として出発したものの、当時は経営プランや戦略などを緻密に立ててから事業を始めたわけではありませんでした。
ーーそこから現在主力となっているLMSの開発へと変わってきたのはなぜでしょうか。
江口夏郎:
事業を進める中で、顧客から「教育コンテンツだけでなく、配信するためのシステムをもう少しこうしてほしい」と、学習用システムのカスタマイズ要望が急増したのです。創業から10年ほど経った頃からそのニーズに応えるべくシステム開発に注力し始め、LMSの提供へとシフトしていきました。
根本にあるのは「世の中に貢献したい」という思いです。弊社のサービスを使ってもらうことでお客様の会社の状況がよくなり、その結果として利益をいただく循環を常に大切にしています。開発・提供をおこなっているうちにノウハウや技術が蓄積され、システム開発に強みがある会社になっていきました。現在は新しい技術者の方もどんどん入社しています。
労働力不足に立ち向かう伴走型の人材育成プラットフォーム
ーー人事向けにさまざまな人材育成サービスを展開している同業者が多い中で、貴社は顧客の半数以上が大手企業ですが、選ばれているポイントについてお聞かせください。
江口夏郎:
日本の大手企業は、従業員数が多いため、システムとして高いセキュリティレベルが求められます。短期間で作ったシステムではなかなか対応が難しい部分もありますが、弊社はこれまで多くの実績を重ねてきたため、システム開発面だけでなく、セキュリティ面においても大きな強みがあります。
また、日本企業特有の複雑な組織体系や、出向・兼務といった人事制度に対応できることも評価いただいています。外資系のシステムでは日本の雇用実態に合わないケースも多く、こうした日本の大手企業の実態に寄り添った形で提供できている点が、導入につながっているのだと考えています。
ーーシステムの機能面に加えて、企業が抱える課題に対するサポートも強みになっているのでしょうか。
江口夏郎:
その通りです。近年は深刻な労働力不足により、採用だけで人材を確保することが難しくなっています。そのため、企業には、採用した人材をいかに早く戦力化し、長く活躍してもらうかという視点が、これまで以上に求められています。
これからは、単なる人材育成システムではなく、タレントアクイジション(採用)から、戦力化するためのオンボーディング(教育)、そしてリテンション(人材定着)までを一貫して支援する、HCM(Human Capital Management)プラットフォームへの転換が必要だと考えています。
弊社の『CAREERSHIP®』は、単にコンテンツを配信して記録するだけのものではありません。お客様の人材育成や組織課題に対して、プラットフォーム全体を活用しながら伴走し、課題解決を支援することを大切にしています。これこそが私たちの独自のこだわりであり、選ばれている理由だと考えています。
誠実な対応で大手企業との取引を構築

ーー大手企業との最初のお取引経緯は、どういったものだったのでしょうか。
江口夏郎:
創業当時は、もともとお付き合いのあった大手企業にコンタクトを取っていましたね。当時は、会社が大手企業に対応できる組織になっていなかったため、なかなかうまくいかないこともありました。たとえば、問い合わせシステムにおいてトラブルが生じたこともあります。
しかし、トラブルが発生した際にも、誠実な対応を心がけました。とくに大手企業だと、担当者の方は、上司に都度、状況を報告しなければなりませんよね。ですので、トラブルがなかなか解消されない場合においては、これまでの経過や今後の見通しなどの詳細をきちんと説明することを徹底しています。
そのような誠実な対応を継続していると、自然と「ライトワークスのサービスは使い勝手が良い」という評判が生まれます。大手企業は企業同士でよく情報交換をされているようで、現在では、導入企業間の口コミやご紹介を通じて、多くの大手企業からお問い合わせをいただく好循環が生まれています。
機動的な課題解決を目指したMBOとリスキリングの現状
ーー企業の困りごとや、時流に沿ったサービスなどを展開されていらっしゃる貴社ですが、人材育成を推進するうえでのハードルはどのようなところなのでしょうか。
江口夏郎:
たとえば今、リスキリングの取り組みが注目されているかと思いますが、一筋縄ではいかないだろうな、と感じています。2004年くらいに、弊社でも教育コンテンツのサブスクリプションモデルを開始し、自律的に学習できる環境構築を支援したものの、当時の市場環境では十分な成果に繋がりませんでした。やはり今の働く人は、忙しい。夫婦共働きだと、家事や育児の時間も必要です。今の仕事に直結するものは勉強しますが、プラスアルファの勉強だと、やりたくても時間がなくてできないのが現状です。
アメリカでは、雇用の流動性が高いため、今後のキャリアに不安を感じる人は、再就職がしやすいように、自らスキルを身につけようとしています。一方で日本は、安定した長期雇用の状況で働けるという良い側面があるがゆえに、無理して勉強の時間を作ろうとは思わない人が多いのです。私たちはまさに、この日本固有の難題にシステムと伴走力で挑んでいるのです。
ーーそうした日本独自の雇用環境や社会課題に対し、貴社としてどのようなアプローチを取られているのでしょうか。
江口夏郎:
生産年齢人口が激減していく中で、省力化やスキルアップは避けて通れません。日本企業が持つ会社と従業員の一体感を保ちながら成長を促すためには、企業側がシステムを通じて『将来のポジション』や『学ぶべき道筋』を明確に提示し、業務に直結する学習モチベーションをデザインすることが不可欠になります。従業員が『あ、自分は成長している』と手応えを感じられる学びの仕組みを、私たちはプラットフォームを通じて提供しています。
こうした労働力不足という大きな課題に対して機動的に対策を打っていくため、弊社は2022年に一度上場しましたが、その後MBO(経営陣が参加する買収)を実施して非上場化しました。上場企業に求められる短期的な利益水準にとらわれず、社会課題解決のためのシステム投資や伴走型支援を強固に推進していくためです。顧客によって環境が異なるため、顧客の希望をそのまま聞いて、商品にすれば良いものができるとは限りませんし、どうすれば顧客のためになるのかという私たちの信念もそこに入れていかなければならないのです。
時価総額を守るコンプライアンス教育 人材育成の「攻めと守り」を支援
ーーそれでは、今後はどのようなサービスを展開していきたいとお考えでしょうか。
江口夏郎:
スマートフォンやアプリなどのテクノロジーを活用して、これまでにない革新的なサービスを提供したいと考えています。もともと農水省時代から、多様なバックグラウンドを持つ働く人々の環境づくりには強い関心がありました。今後は国籍や年齢、業種を問わず、すべての働く人が「幸せに働き、成長できる」ようなサポートを広げていきたいですね。
自分のスキルや知識、専門性などを持ち努力している人は、苦労しながらでも楽しみながら働いています。そして、そのような方々は年齢を重ねても非常に生き生きと働かれています。誰もがそのように輝ける社会を、私たちのサービスを通じて実現したいです。
ーー企業の人材育成という観点で、新たに取り組まれている分野はありますか。
江口夏郎:
現在、「守り」の部分を強化する教育にも非常に力を入れています。たとえば、株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ)様と協業し、インターネットのトラブル情報を整理して従業員に伝える『ラーニングハブ for セキュリティ』というサービスを立ち上げて動かしています。少しの過ちで企業の時価総額が大きく損なわれてしまう恐ろしい時代ですので、コンプライアンス教育のコンテンツも強化し、攻めだけでなく守りの部分も一緒に行っていきましょうと提案しています。
楽しく学びながら疑問が浮かぶような教育を

ーーBtoCビジネスでもあるグループ会社「株式会社ライトエデュケーション」の今後の展望をお聞かせください。
江口夏郎:
私たちが目指すのは、国籍や年齢を問わず、すべての人が『成長を実感する瞬間』を増やすことです。その入り口として、グループ会社では『学ぶをもっと楽しく』を追求しています。学校の先生や教材をつくる人は、学生の頃から成績優秀で、勉強ができない子たちの気持ちが理解しにくいのではないのかと感じています。ですから、学び手に対して教材や授業がつまらないと感じさせてしまう。これを何とかしたいですね。
たとえば、同社では、オンライン英会話に、ゲームを積極的に採用しています。たとえば、外国人の先生と画面上でビンゴゲームや神経衰弱などのカードゲームをやるんです。ゲームに熱中していると、相手の外国人の先生に必死に伝えようとして、自然に英語が出てくるのです。
このサービスを提供してから最初にいただいたユーザーからのご意見の中に、貴重なエピソードがありました。ユーザーであるお子さんのお母様から「ゲームで3回連続先生に負けて悔しいと泣いている、もう少し手加減してもらえませんか?」という連絡をいただきました。先生方も一生懸命やって、お子さんも真剣に泣くぐらい取り組むというのは、悪いことではないという思いがあり、ある意味嬉しくなりました。なので、こういった入り口をいろんな形で用意できればと思っています。
真剣に泣くほどゲームに熱中し、いつの間にか英語が口から出ている。この『できた!』という小さくとも強烈な成長の瞬間の積み重ねこそが、将来、自ら学び、はたらく楽しさを知るための最高の原体験になると信じています。今後もそのような視点を忘れないようにしたいですね。また、ただ答えを出すだけの学びではなく、学ぶ人が「なんで?」と問うことが大切だとも思っています。ゲームをきっかけに、「なんで?」と問いかけながら楽しめるような教育環境を用意したいですね。
未来の働き方をつくる 若者へ伝えたい江口社長からのメッセージ
ーー最後に、今後のビジョンと読者でもある就活生やビジネスパーソンへメッセージをお願いします。
江口夏郎:
私たちは「ミライの『はたらく』を、明るくする」というミッションを掲げています。働く人が10年後、20年後の自分に希望を持ち、「面白そうだな」と思ってもらい、働くことや学ぶことがプラスになる社会を目指しているのです。会社の規模もM&Aなどを含めて数倍に大きくしていき、私たちが本当によいものをお届けして、社会的な影響力を高めていける規模感にしていきたいと考えています。
キャリアの道中で、目標に追われ、働くことのつらさや壁に直面しているビジネスパーソンの方も多いと思います。はたらくことは、楽しいことばかりではありません。だからこそ、ご自身の中に『今日もはたらこう』と思える、自分を鼓舞する理由を大切にしてほしいのです。たとえば、面白い雑誌を作って読んで楽しんでもらうというのも、社会に貢献していると思います。また、社会問題に切り込んだ記事をつくることもできるでしょう。弊社では、プラットフォームとコンテンツで社会貢献し、場合によっては社会問題を解決することもできます。
私たちは、自らのスキルや能力を使って社会に貢献し、そのプロセスで『成長を実感する瞬間』を増やすお手伝いをしています。日々の仕事に追われるときこそ、『この経験の先に、どんな自分の成長があるか』という視点を持ってほしい。その成長の瞬間の連続が、きっと皆さんの、そして世界の明るいミライに繋がっていくはずです。
編集後記
アメリカ留学での出会いを原点に起業を決断した江口氏。世の中に貢献したいという強い思いから始まった事業は、顧客の要望に誠実に応え続けることでLMSへと進化し、現在では数多くの大手企業から厚い信頼を勝ち取っている。労働力不足という深刻な社会課題に対し、MBOを実施してまで本質的な価値提供を追求する真摯な姿勢には深く心を打たれた。「未来の働き方をつくる」というミッションのもと、社会的な影響力を高めながら挑戦を続ける同社の今後に大いに期待したい。

江口夏郎/1965年5月2日生まれ。東京大学卒業後、イェール大学ビジネススクール(MBA)を修了。1991年農林水産省に入省。株式会社グロービスで執行役員を務めた後に、2001年に株式会社ライトワークスの起業に参画。eラーニングのコンテンツ販売を開始する。2002年に同社の代表取締役に就任。