※本ページ内の情報は2026年6月時点のものです。

「自分が努力した以上の成果を得られる、この日本の恵まれた環境に借りを返したい」。そんな思いから防衛省に入省し、国家の最前線で安全保障に携わっていた株式会社BULLの宇藤恭士氏。彼はいま栃木県宇都宮市を拠点に、宇宙デブリ化防止装置などを開発するスタートアップの代表取締役を務めている。エリート公務員から民間企業を経て、なぜ未知の宇宙産業で起業したのか。そこには、社会から受け取った恩恵を次世代へ還元し「10年後の自分に納得できるか」を問い続ける強い信念があった。地域発のものづくり集団が目指す、宇宙の枠を超えた未来への展望をうかがった。

国家の中枢から宇宙ベンチャーへ 借りを返すためのキャリア選択

ーーまずは、起業する前のご経歴からお聞かせいただけますか。

宇藤恭士:
就職活動の際、自己分析を通じて「100の努力に対して150の成果が返ってくるような日本の恵まれた環境」に、何らかの形で借りを返すような仕事がしたいと考え、防衛省に入省しました。内局の法律職として東日本大震災時の災害対応や自衛隊派遣、日米同盟に関連する政策等を担当。途中、国土交通省へ出向して河川や砂防などの法律業務に携わった時期もあります。防衛省に戻った後は多国間訓練の企画や取りまとめなど、最前線の安全保障業務を幅広く担当していました。

ーーなぜ約10年務めた公務員を辞め、民間企業へ転身されたのでしょうか。

宇藤恭士:
大きな転機となったのはスタンフォード大学への留学です。主となる国際政治に関する勉強は大変に刺激的であり、安全保障以外にも国際経済や統計学に打ち込みました。併せてビジネススクールの短期プログラムにも参加する機会があり、多様な背景を持つメンバーとチームを組んでモックアップ作成や事業に関する勉強をしたことで、新しい世界に触れました。帰国後も、公務員として社会に貢献するやりがいを感じていました。しかし、留学先で肌身に感じた「ゼロから事業を創り出すスピード感」や、「未知の領域に挑戦する環境」に身を置きたいという思いが日増しに強くなり、退職を決意しました。

退職後はまず、事業再生系のコンサルティングファームへ移りました。そこで企業経営に携わる経験を積むなかで、自分は支援側ではなく、自ら現場の最前線に立って事業を動かしたいという「手触り感」を求めていることに気づいたのです。その後ご縁があり、人工流れ星などを手がける宇宙系スタートアップに転職し、経営企画や事業統括として約2年間従事しました。ここでスピード感や意思決定のプロセスを学んだことが現在の土台になっています。

地域発とものづくりを武器に独自路線のスタートアップ

ーーご自身で起業されるに至った経緯と貴社の強みを教えてください。

宇藤恭士:
弊社は、私が前職の宇宙系スタートアップで得た経験や資産を礎に、宇都宮市にキャンパスを置く帝京大学理工学部航空宇宙工学科で今も現役で教鞭を振るう2名の教員、河村と鶴田の3名で創業した会社です。周囲からの力強い支援もいただき、私が代表取締役に就任して、現在創業から約3年6ヶ月が経過しました。

弊社の最大の強みは、宇宙スタートアップでありながら、栃木県宇都宮市を拠点とする「地域発」のスタートアップである点です。最初からすべてを自社で抱え込むのではなく、地域の優れた技術を持つ企業の皆さんと連携することで、高品質なものづくりを実現しています。

「宇宙系スタートアップ」とか「宇宙産業」といったキラキラした言葉だけが先行しがちですが、弊社の本質は、デブリ化防止装置などの「モノ」を実際に製造するしっかりとした技術力と、泥臭く手を動かし、トライアンドエラーを続ける現場主義にこそあると思っています。

ーー今後の事業展開についてどのような目標を掲げていますか。

宇藤恭士:
今後は、一品一様の手づくりが中心となっているコンポーネント(部品)の標準化を進め、ラインナップを拡充していきます。これにより、国内外の人工衛星メーカーやロケットメーカーへ幅広く製品を供給できるビジネスモデルを構築します。直近の大きな目標は、6月に種子島から打上げられるH3ロケットでの軌道上での実証を成功させて製品化するとともに、その先には、自らのコンポーネントを介して取得した軌道上のデータをサービスとして提供する事業への展開も見据えています。

10年後の自分に胸を張れるか 死なない程度の失敗を恐れない仲間へ

ーー10年後どのような会社になっていたいとお考えでしょうか。

宇藤恭士:
10年後、弊社は「宇宙の会社」ではなくなっているかもしれません。宇宙機器のハードウェアメーカーで終わるつもりはなく、日本の優れた技術を海外へ届けることが私たちの真の目的だからです。宇宙での活動を通じて得られる知見やデータを活用し、最終的には地上の社会課題を解決することにこそ、私たちの事業の本質的な価値があると考えています。現在は日本やヨーロッパの顧客が中心ですが、市場規模が大きく、かつ安全保障の観点でも重要な米国市場への本格参入も見据え、グローバルな事業基盤を築いていく方針です。

ーー最後に、これから一緒に働く仲間へメッセージをお願いします。

宇藤恭士:
「宇宙産業」という言葉の響きや宇宙への憧れだけでは、続けられない環境だと思います。仕事は、地道なデータの積み重ねや細かいトライアンドエラーの連続ですし、指示待ちの人などは現場のスピード感についていくのに苦戦すると思います。自分の専門領域に閉じこもってしまう人も同様です。

私が大切にしているのは「10年後の自分が今の自分を見たときに納得できるか」という基準です。受け取った恩恵を未来へ還元し、「未来の自分や社会に対して借りを返す」という気概を持つ人と一緒に働きたいですね。会社が潰れない程度の失敗にたくさん挑戦して、素早く軌道修正できる人も歓迎します。日本のダイナミックなフィールドで共に世界へ挑戦する仲間をお待ちしています。

編集後記

エリート公務員から転身し、地域の力を結集して宇宙を目指す宇藤氏。彼の言葉の端々からは地に足のついた圧倒的なリアリズムが感じられた。また日本のものづくりへの深いリスペクトも伝わってきた。宇宙を「目的」とするのではなく、あくまで「手段」として捉えている同氏には、10年後の社会課題解決を見据えるしたたかな戦略があった。地域発のスタートアップが世界の常識をどう塗り替えていくのか。その挑戦から今後も目が離せない。

宇藤恭士/愛知県出身。早稲田大学法学部卒業後、防衛省で日米同盟政策や多国間共同訓練の企画立案に従事。奉職中、米国スタンフォード大学で国際政治学修士号取得後、国土交通省で河川関連行政の法規担当業務に携わる。退官後は経営共創基盤でコンサルティング業務を経験。宇宙スタートアップ企業の株式会社ALEで大気データ事業と宇宙デブリ対策事業の統括を経験した後、宇都宮で株式会社BULLを設立。