※本ページ内の情報は2026年6月時点のものです。

首都圏を中心に「日高屋」などのブランドを展開する株式会社ハイデイ日高。同社を率いる代表取締役社長の青野敬成氏は、アルバイトからキャリアをスタートさせ、トップへと上り詰めた経歴を持つ。入社後わずか1年3カ月で売上高上位を誇る店舗の店長に抜擢され、結果を出し続けてきた。変化の激しい外食業界において、なぜ彼は成長を続けることができたのか。社長として掲げる「売上高1000億円」「食のインフラ」という目標の裏側には、どのような戦略と組織づくりがあるのか。同氏の歩みと、ハイデイ日高のこれからの挑戦に迫る。

アルバイト時代に確信した成長性 直談判で掴んだ店長の座

ーーまずは、貴社へ入社された経緯についてお聞かせいただけますか。

青野敬成:
私はもともと、日高屋の前身であるらーめん日高で6年間アルバイトをしており、そこから正社員として入社することに決めました。その最大の理由は、利益を上げ、成長し続けているこの会社なら倒産しないと確信したからです。

私が社員として入社した1999年当時、日本はバブル崩壊後の就職氷河期でした。テレビをつければ名だたる企業が倒産するニュースが流れており、当初は安定を求めて公務員試験の勉強をしていました。しかし、アルバイトとして現場に立つ中で、会社の売上高と店舗数が着実に増えていくのを肌で感じていたのです。どこを信用していいか分からない時代でしたが、目の前で成長を続けるこの会社なら信頼できると考え、そのまま正社員になる道を選びました。

ーー入社後は、どのようなキャリアを歩まれたのですか。

青野敬成:
私はアルバイトとして6年間働き、遅番の責任者として一人で店舗を回す経験も積んでいたため、店舗の仕組みや実務は誰よりも分かっているという自信がありました。入社半年が経った頃、店長養成研修への参加を希望したのですが、「まだ早い」と断られてしまったのです。一度は会社を辞めることも考えましたが、「あと半年待ってくれ」と上司から説得され、思い留まりました。そして入社1年を迎えた経営発表会の場で、当時の専務に「私にも店長ができる」と直談判をしたのです。その結果、入社から1年3カ月という短期間で、全社トップ3に入る大宮の店舗で店長を任せてもらうことになりました。

ーー店長就任後は、どのようにして売上高を拡大させていったのでしょうか。

青野敬成:
「スピード」を武器に、客数と回転率を上げることに注力しました。当時のその店には、私より20歳ほど年上のベテラン店長たちが赴任してくるのが通例でした。そのような重要な店舗で、当時26歳の私が彼らに勝てるものを考え抜いた結果が、スピードでした。売上高を上げる要素のうち、客単価はなかなか上げづらいと考えていました。そのため、注力すべきは客数を上げることでした。

具体的には、スタッフの無駄な動きをなくす指導を徹底しました。「なぜ今、右を向いて歩いたのか」と問いかけ、効率の良い動き方を一つひとつ教えたのです。また、全従業員と2カ月に1回面談を行いました。評価の理由を説明し、納得感を持って、生産性高く働いてもらえる環境づくりにこだわりました。

ーーその後、ご自身のキャリアや役割にはどのような変化がありましたか。

青野敬成:
その後、複数の店舗を管理するエリアマネージャーに就任しました。立場が変わる中で意識するようになったのは、「自分でやる」のではなく、「どうやって動いてもらうか」を考えることです。

エリアマネージャーになった当初は、優秀な先輩方が多く「本当に私でいいのか」と悩みました。しかし、店長たちに本気で動いてもらうためには、最終的に自分たちの店の売上高と利益が上がるという「実感」を持たせることが重要だと気づいたのです。その実感をどう体験させるかに注力し、店舗ルールの統一やモチベーション管理を支援していきました。

「頼る」リーダーシップと「中華食堂」という新たな価値

ーー社長就任の打診を受けた当時の、率直なお気持ちをお聞かせください。

青野敬成:
本当に驚きました。ある日、当時の会長と前社長から呼び出しを受けたのですが、当時は何の話か全く見当もつきませんでした。親に相談したところ「昇進か降格か分からないなら、どちらに転んでも使える『精進します』という言葉を持っていきなさい」と助言されたほど、緊張感のある呼び出しだったのです。

いざうかがうと、そこで待っていたのは突然の社長就任の打診でした。私より優秀な役員が数多くいたため、最初は「私には荷が重すぎます」とお伝えしましたが、会長からは大丈夫だからと何度も言われ、家族とも相談して考えてくれと諭され、帰されたのです。ところが次の日驚いたことに、一部の役員や関係者を集めた席に私も呼ばれ、「次期社長は彼だから」と紹介され、まさに、打診から15時間というあっという間の出来事でした。

ーー社長就任当時は、どのような組織をつくっていこうと考えていましたか。

青野敬成:
「人を頼り、全員で会社を前に進める組織」です。初代の会長には圧倒的なカリスマ性があり、二代目の前社長には強烈な求心力がありました。私にはお二人のような力はありません。そこで「ないものはない」と割り切り、それぞれの強みを持つメンバーに任せることにしたのです。「ここはあなたの出番です」「私にはできないからお願いします」と伝え、自分にない部分を周囲に埋めてもらうスタイルを築きました。

ーー外食業界において、貴社事業の特徴や最大の強みは何だとお考えですか。

青野敬成:
昼も夜も利用していただける点と、「中華食堂」という新しい分野を確立している点です。一般的な飲食店は昼か夜、どちらか一方の営業に偏りがちです。しかし弊社は、食事利用だけでなく、お酒とおつまみを楽しむ「ちょい飲み」需要にも対応できるメニュー構成になっています。私たちは単なるラーメン屋でも、昔ながらの中華料理屋でもありません。食堂だからこそ敷居が低く、誰もが気軽に立ち寄れる場所になっています。

ーー近年、店舗を訪れる客層にはどのような変化が見られますか。

青野敬成:
女性のお客様や、ご家族連れのお客様が一気に増えました。以前は男性会社員のお客様が中心でした。しかし、2020年の改正健康増進法による喫煙ルールの変更を機に、店内環境が大きく変わったのです。さらに、タッチパネル式のオーダー端末を導入しました。スタッフを呼ばずに自分のペースで注文できるようになり、女性一人でも気兼ねなく利用できる環境が整いました。これが大きな追い風になっています。

首都圏から全国へ 出店戦略とDXが描く次なるステージ

ーー今後の具体的な出店戦略について教えてください。

青野敬成:
首都圏に加え、北関東や全国の地方エリアへの展開を積極的に進めていきます。これまでは首都圏の駅前を中心に出店してきましたが、現在は北関東へも店舗網を拡大中です。お客様の住環境の変化に合わせ、ロードサイドへの出店も強化しています。

また、これまではほぼ全ての店舗を直営で運営してきましたが、新しい枠組みにも着手しました。最近オープンした新潟の新店は、直接の出店が難しいエリアにおいて、現地企業と提携するフランチャイズ展開の試みです。こうした枠組みも活用し、全国へ広げていきます。

ーー店舗におけるDXはどのように進めていますか。

青野敬成:
スタッフの負担軽減と待遇改善を目的に、タッチパネル式端末や配膳ロボットの導入を進めています。外食産業において人手不足への対応は急務です。その策として、弊社では、全体の約9割の店舗でタッチパネル式のオーダー端末を導入しました。これによりピーク時の聞き間違いが減り、現場の負担が大きく軽減されています。配膳ロボットやセルフレジの導入も進めていますが、立地や特性に合わせて仕分けを行っており、効率が求められるロードサイド店舗には積極的に導入し、駅前の店舗にはあえて導入しないケースもあります。

ーーDXを推進する上で、あえて機械化しない領域はあるのでしょうか。

青野敬成:
最も重要なのは「どこまでやるか」というバランスです。効率化を追求しすぎて、入店から退店まで従業員と顔を合わせない仕組みにしてしまうと、飲食店ならではの温かみが失われ、お客様が離れてしまうリスクがあります。弊社のDX推進とは、機械の力でスタッフの負担を減らしつつ、人と人とのコミュニケーションはしっかりと残すことだと考えています。

8年後に売上高1000億円へ 成長を支える「人材」と「食のインフラ」構想

ーー中長期的な事業目標についてお聞かせください。

青野敬成:
「8年後に売上高1000億円」という目標を掲げています。店舗数で言えば700店舗規模になる計算です。海外進出も視野に入れていますが、まずは国内に出店の余地が十分にあります。首都圏から北関東、そして関西や中部も含めた西日本エリアへと全国に広げていくことで、達成できる確かな実感を持っています。

ーー目標達成に向けた人材採用の方針を教えてください。

青野敬成:
今後も店舗を増やしていく上で、最も重要なテーマは「採用」です。弊社では現在、新卒で100名、中途で100名という年間約200名規模の採用を継続しています。当面の出店計画に必要な人数以上を採用しているのは、会社をより強くし、次世代を担う人材を育成するためです。ゆくゆくは関西にも出店をするため、関西からの採用も積極的に行っており、関東で店長として経験を積んだ後、地元の関西に戻って新店舗を任せるといったキャリアパスを描けるようにしていきます。これが今後の全国展開につながるとも考えています。

ーー人材の育成や定着に向けて、どのような社内制度を設けていますか。

青野敬成:
外食産業の待遇改善を全社で進めるとともに、「SMDP(社内成長制度プログラム)」という評価制度を運用しています。これは、厨房やホール業務において「この50個のステップをクリアすれば店長になれる」という基準を明確に示したものです。私が若かった頃は、店長研修を受けるための基準が不透明な部分がありました。しかし今は、何をどこまでできるようになれば昇格できるかを可視化し、一人ひとりの成長を促進する制度をつくっています。

ーー最後に、読者へ向けたメッセージをお願いします。

青野敬成:
大切なのは、それぞれが自分の居場所、つまり「花を咲かせる場所」を見つけることです。働き方が多様化する中、全員がトップや店長を目指す必要はないと考えています。弊社には、店長に挑戦してうまくいかなくても、充電期間を経て再チャレンジできる環境があります。そうした仕組みを通じて、一人ひとりの働き方が尊重される組織でありたいですね。

私たちが目指すのは、地域における「食のインフラ」になることです。「日高屋があってよかった」とお客様に思っていただける店舗を全国に広げていきたい。この思いに共感し、一緒に歴史をつくってくれる方と働きたいと願っています。

編集後記

現場の最前線から経営の舵取り役へと飛躍を遂げた青野社長の軌跡は、現状に満足せず自ら機会を創り出す圧倒的な行動力に裏打ちされている。一方で、自身の弱さを認め周囲を頼る謙虚なリーダーシップが、盤石な組織づくりの要になっていると感じた。単なる飲食店に留まらず、地域の「食のインフラ」として誰もが気軽に集える場所を提供し続ける同社。従業員一人ひとりが輝ける居場所をつくりながら、全国展開と売上高1000億円という大きな目標に向かって突き進む同社の飽くなき挑戦は、これからも続く。今後のさらなる飛躍が楽しみだ。

青野敬成/らーめん日高でのアルバイトを経て、1999年にハイデイ日高に入社。店長、スーパーバイザー、エリアマネージャーなどを経て、2017年に執行役員、2019年に取締役執行役員営業管理部長・兼情報システム室長。2022年5月に代表取締役社長に就任。