※本ページ内の情報は2026年6月時点のものです。

1983年の設立以来、プリンターやプロジェクターなどの商品を世に送り出してきたエプソン販売株式会社。長きにわたり国内の販売網を牽引してきた同社は、2026年現在、大きな転換期を迎えている。「エプソン販売」という社名を「エプソンジャパン」に改め、販売会社からお客様課題・社会課題を解決する「ソリューションカンパニー」へと生まれ変わろうとしているのだ。熱を使わない「Heat-Free Technology」を採用したインクジェット複合機や使用済みの紙を再生する「PaperLab」など、他社とは一線を画す独自の技術を武器に、お客様課題解決に寄与する新たな価値創造へ挑む。PC事業の激動を越え、現場主義でお客様と向き合い続けてきた栗林治夫氏に、挑戦の風土の大切さと、次世代へ託す思いを聞いた。

技術だけでは勝てない PC事業で学んだ「お客様起点」の原点

ーーまずは、貴社に入社された経緯と当時の業務についてお聞かせいただけますか。

栗林治夫:
地元長野県の企業であり、素晴らしい技術を持っていると知ったことが入社のきっかけです。弊社に入社後、最初に配属されたのはPC事業でした。当時のPC業界は、各社が独自の基本設計を持ち、独自技術で差別化を図る時代でした。しかし1990年代半ば、他社による低価格PCの参入があり、業界全体が世界共通の基本設計へと移行します。中に入っている部品も、他社と同じものを使う時代になったのです。

ーー共通の基本設計へと移行したことでどのような影響がありましたか。

栗林治夫:
技術的な優位性を保つことが難しくなり、純粋に技術を開発するだけでは生き残れない時代に突入しました。価値を出すために行き着いたのが「お客様を知る」ことです。私はその後、PC事業全般を担う立場でエプソンダイレクトへ出向し、受注生産モデルの販売推進に長く携わりました。そこで注力したのが、お客様がPCを使って何をしたいのかを徹底的にヒアリングし、個別の目的に合わせて細かくカスタマイズして提供すること。この経験が、「すべての行動の軸をお客様に置く」という、現在の私の姿勢の確固たる原点になっています。

「現場主義」や「体験価値」が引き出す真のお客様課題・社会課題解決

ーー独自のソリューション提案について具体的に教えていただけますか。

栗林治夫:
コンシューマー向けでは、家庭用プリンターを「受験生を応援し、成長や喜びにつながるツール」として再定義しました。近年、家庭用プリンターは中学受験の学習に広く活用されています。過去問を何度も解くためにプリントアウトされるのです。私たちはこれまで機能面を中心としたご提案になりがちでしたが、お客様の実際の使われ方から学び、発信の仕方を変えました。

ーー教育現場以外でも、個人のお客様に向けた新しいアプローチはありますか。

栗林治夫:
近年は「推し活」など、趣味の領域でもプリンターの新しい価値を提案しています。以前の量販店などでの当社の訴求が「6色インクで綺麗」「印刷が早い」といった機能の訴求が中心でした。しかし現在は、お客様から学んだ使い方を取り入れ、「うちわ」や「ペンライトフィルム」が作れるといった体験価値を提案し、販売店様にも共有することで、店頭の様子も大きく変わってきています。若い世代のお客様から用途を教えていただくことで、我々も新たな可能性に気づかされています。

ーー機能ではなく「体験」を伝える上で、重要なポイントは何でしょうか。

栗林治夫:
ただプリンターを買っていただくのではなく、購入後にお客様がどのように楽しめるか、そしてお使いいただくことでお客様の困りごとの解決につながるかという点まで踏み込むことが欠かせません。かつてのように、年末の年賀状印刷のためだけに数週間使われるのではなく、手元に入ってから日常的にどう役立つかを発信していくことが、本当の価値につながると考えています。この姿勢は個人向けに限らず、ビジネスのお客様に対しても同じです。導入していただいてからが本当の始まりであり、想定通りに使っていただけているか、困りごとはないかと現場をフォローし続けることで、心からの「ありがとう」をいただけるのだと思います。

ーーBtoB(法人向け)の領域ではどのような展開がありますか。

栗林治夫:
文教市場での取り組みが象徴的です。熱を使わない「Heat-Free Technology」を採用したインクジェット複合機など、他社とは一線を画す技術を武器に、現場の課題解決に取り組んでいます。

長年、学校の印刷室では先生方がモノクロで大量のプリントを刷るのが当たり前でした。本来は「分かりやすい教材をつくりたい」とカラー印刷を求めていても、コストや手間に加え、大量印刷に時間がかかるといった課題から、やむなく妥協していたのです。そこで私たちは、学校や教育委員会などへ足を運び、こうした課題を吸い上げました。そして、高速印刷に対応したインクジェット複合機の定額制サービスにより「ストレスなく、コストを気にせずカラーで印刷できる環境」を実現したのです。

ーー現場の先生方の反応はいかがでしたか。

栗林治夫:
「印刷の行列に並ぶ時間が減り、子どもたちと向き合う時間が増えました」と、感謝の色紙をいただきました。これはある学校に1ヶ月半ほどお試しで導入していただいたときのことです。私たちはただ機械を入れたのではありません。先生方の心理的ストレスを軽減し、教育環境を良くするという「価値」を提供できたのです。現在注力している医療や自治体の現場でも、同じように現場に足を運び、深い課題解決に取り組んでいます。

ーーほかに新たな試みはありますか。

栗林治夫:
共創の場として「Epson XaILab」を立ち上げています。お客様に来ていただき、エプソンのソリューションを使って「どんな新しい課題解決ができるか」を対話するスペースです。単に商品を並べるだけの展示ブースではありません。直近では自治体との取り組みや、飲食店を活用した体験型メディア「ミセメディア」を通じた企業との共創など、異業種との共創も生まれています。営業担当者も商品の説明だけではなく、課題解決のアイデアを議論するようになりました。働き方やお客様との向き合い方が、確実に変わってきています。

受け継がれる「誠実さ」と変革すべきこと

ーー社長が「ここは絶対に変えてはいけない」と考えているアイデンティティは何ですか。

栗林治夫:
社員の「真面目で誠実な姿勢」です。お客様の困りごとに対して手を止め、真摯に耳を傾けること。お客様のことを一番に考えるその姿勢は、私が入社した当時から変わっていませんし、これからも決して変えてはいけない私たちの強みです。

ーー逆に、これから組織として変革すべき課題は何だとお考えですか。

栗林治夫:
過去の成功体験に固執せず、アグレッシブに「挑戦する風土」をつくることです。強みである真面目さが、結果として慎重さにつながり、新しいことへ挑戦する姿勢がやや不足していると感じていました。これからのソリューションカンパニーへの進化には、失敗を恐れず、自ら動く組織への変革が不可欠です。そこで、社長就任からの2年間で、私自身が現場の社員と直接話をする「対話会」を約100回実施しました。1回に10人程度を集め、合計1000人近くの社員から生の声を聞いてきました。

ーー対話を通じて、どのような実践をされましたか。

栗林治夫:
社内の制度改革を進めました。「成果を出す」という土台の上に、「自走・挑戦・貢献」を行動指針とする新たな人事ポリシーを策定したのです。自ら課題を捉えて行動すること、現状にとらわれず変革に挑戦すること、そして役割を超えて組織に価値を還元することを社員一人ひとりに求めています。また、単に「挑戦しろ」というだけでなく、こうした行動を後押しし、実践につなげていくための制度や仕組みづくりも進めています。

その一つが、社内の新規ビジネスアイデアコンテスト「Bright Up!」です。これは、社員からアイデアを募って事業化を支援する取り組みですが、初年度から340人もの応募がありました。若手社員も実生活やお客様との接点から見つけた課題をベースに、素晴らしい提案をしてくれました。現在は、これらのアイデアについてビジネスモデル化に向けた検討も進めています。こうした経験を通じて、自ら発信し、仮説検証を素早く回せる組織づくりが進むと確信しています。

「販売会社」からの脱却 ソリューションカンパニーへの進化

ーー2026年10月に社名を「エプソンジャパン」へ変更されるとのことですが、その真意を教えていただけますか。

栗林治夫:
1983年の会社設立当時とは異なり、現代はすでにモノが社会に充足しています。当時はセイコーエプソングループが開発した優れた商品を全国へお届けする「販売」の役割が重要でした。しかし40年以上が経過した現在は、ただハードウェアをお届けするだけでは、お客様にとっての真の価値にはなりません。

商品を売るだけではなく、作り手起点の発想から、顧客起点へと切り替える必要があります。これからの私たちの役割は、お客様の最前線に立ち、お客様自身も気づいていないような課題を共に見つけ、解決していくことです。導入していただいて終わりではありません。その先にある「お客様の成功」まで踏み込んで支援する必要があります。「販売」という役割にとどまらず、真のソリューションカンパニーとして歩みを進める。その覚悟を示すために、「エプソンジャパン」という新たな社名への変更を決断しました。

ーーこれからの展望についてお聞かせください。

栗林治夫:
エプソングループでは長期ビジョンとして、「ENGINEERED FUTURE 2035」を掲げています。生み出された次世代の技術を、社会課題の解決のためにどう実装していくかという姿勢です。親会社であるセイコーエプソンは技術を進化させ、私たちの役目はその技術にお客様課題解決につながる価値を付加して社会に価値として届けることです。技術のプロセスに基づきながら、お客様の課題に対する解決策の仮説を立てる。試してみて、違っていれば速やかに修正してまた挑む。自社の技術だけでなく、他社と協力しながら幅広く課題を解決していく姿を実現したいと考えています。

AI時代を勝ち抜く次世代へ求める「創造と挑戦」

ーー今後、貴社を牽引していく若い世代に期待していることを教えてください。

栗林治夫:
「創造と挑戦」の心を持ち、決められた枠に収まらないことです。入社1年目であっても、「なぜこれをやっているのか」と遠慮なく疑問を持ち、発信できる人を求めています。そうした意見を尊重する環境は、私たちが責任を持って整えます。

ーーベテラン層と若手層の融合についてはどうお考えですか。

栗林治夫:
若い世代には、新しい感性を駆使して、ベテランの知見と掛け合わせながら、それを組織全体の力として素早く昇華させていく役割を担ってほしいと考えています。長くお客様と向き合ってきたベテラン社員の中には、豊富な経験が蓄積されています。AIなどによって機能的な価値が代替されていく時代だからこそ、人間が現場で経験を蓄積し、それを周囲と共有して拡散していく力が、かつてないほど重要になっているのです。

ーー最後に、次世代に残したい会社像をお聞かせください。

栗林治夫:
「お客様を起点として課題を解決する」というソリューションカンパニーとしての動きが、「当たり前」に定着している状態です。そして何より、社員一人ひとりが失敗を恐れず、チャレンジを楽しんでいる。そんな構造がしっかりとでき上がった活気ある会社を次世代に残すことができれば、私の役割は果たせたといえますね。

編集後記

エプソン販売から「エプソンジャパン」へ。モノを売るだけでなく、その先にある『お客様の成功』まで支援することを掲げる栗林社長の言葉からは、激動のPC事業で培われた強烈な「顧客起点」への信念がひしひしと伝わってきた。どんなに優れた技術も、現場の課題に寄り添わなければ真の価値にはならない。学校現場の悩みやストレスを解消した事例は、まさにソリューションカンパニーとしての真骨頂といえるだろう。長年大切にしてきた「誠実さ」という土台の上に、失敗を恐れない「挑戦する風土」が掛け合わさることで、次はどんな価値が創出されるのか。若手のアイデアや異業種共創が躍動する同社の新たなスタートに期待がふくらむ。

栗林治夫/長野県生まれ。1991年セイコーエプソン入社後、PCの商品企画を担当。1995年エプソン販売に出向し販売推進業務に従事。2004年エプソンダイレクトに出向。PC事業全般を担当、事業推進部長、取締役を経て代表取締役社長として収益構造改革と事業拡大を推進。2020年エプソン販売取締役、2024年社長就任。