※本ページ内の情報は2026年6月時点のものです。

1932年の創業以来、人々の生活に寄り添う帽子をつくり続けてきた日本真田帽子株式会社。代表取締役社長の阿部浩介氏は、2014年の就任時に直面していた赤字続きという苦境から、会社を10年連続黒字へと力強く導いてきた。しかし現在、同社は過去最大の転換期を迎えている。社長就任以来、初めて経営理念を刷新し、創業100周年に向けた新経営計画を掲げる日本真田帽子株式会社。組織全体で成果を出し続ける企業へと生まれ変わるための覚悟と、新たな未来図に迫る。

直面した「個の力」の限界と組織変革へ至った経営者としての決意

ーー10年連続黒字の中、あえて今「過去最大の転換期」を宣言されたのは何故でしょうか。

阿部浩介:
実は弊社の組織運営において、会社の屋台骨を支えてきた優秀な社員たちが相次いで離職するという出来事がありました。現場の最前線で活躍していた営業課長をはじめ、これからの会社を担うと期待していた若手社員たちです。

経営者としてこの事態を極めて重く受け止め、自社の在り方を根本から見つめ直すため、数ヶ月にわたり深く悩み抜きました。その結果、これまでの一部の優秀な個人の能力や特定の世代の登用に過度に依存する経営から完全に脱却し、組織全体で成果を出し続ける「チームの力」を核とした経営へと舵を切ったのです。この決意こそが、私が今ステークホルダーの皆様に最もお伝えすべき弊社の真実の姿であり、新たなビジョンです。

ーー離職が相次いだ要因について、社長ご自身はどのように分析されていますか。

阿部浩介:
私自身の旧来型のマネジメントや、一部の優秀な社員に過度な負担と期待を強いてしまっていた社内システムの不足など、至らなかった点はありましたが、この出来事は決して会社にとってネガティブな側面だけではありませんでした。私がもう一度立ち上がり、前を向こうと思えた最大の要因は、社内に残ってくれたメンバーたちの存在です。彼らは会社のために残り、固く団結してくれました。これまでの私たちの歩みがすべて間違いだったわけではなく、彼らのこの強い結束力を見たとき、「このメンバーたちと共になら、もう一度やっていける」と確信できたのです。これは、弊社がいよいよ次のステージへ脱皮すべき時が来たという、時代からの強い合図でした。

「第二の創業」へ 社長就任以来初の理念刷新と社員への3つの約束

ーー深い葛藤を乗り越え、どのようにして未来へのビジョンを構築されたのでしょうか。

阿部浩介:
出口の見えないトンネルの中にいるような気分でしたが、移動時間などの僅かな隙間も惜しまず、ひたすら自己投資と内省を繰り返しました。このピンチこそ、会社が新たに生まれ変わるための「第二の創業」の機会だと捉え直したのです。

深く悩み抜いた末、代表取締役社長就任時に作成した経営理念をはじめ、人事理念、行動指針のすべてを刷新しました。新理念は「帽子は、原点。豊かさは、無限。」です。時間をかけて考え抜いたこの理念とともに、今期の経営計画では非常に高い目標を掲げました。昨年の営業利益から見れば無謀に思えるような目標ですが、「日本真田帽子で働いていて本当によかった」と全社員が誇れるよう、大幅な給与アップと充実した賞与を実現するための絶対基準なのです。

ーーその高い目標を達成するため、組織運営において具体的にどのような変革を推進していくお考えですか。

阿部浩介:
特定の個人の成果に依存しない、心理的安全性を礎とした組織づくりを実現するため、社員に3つの約束をしました。

1つ目は、「チームで勝つ仕組み」の構築です。一人のミスを全員でカバーし、成功を称え合う「共創」の文化をつくるため、部門ごとに新しいチームを編成し、密接な連携を推進します。

2つ目は、「心理的安全性の高い職場」の実現です。「何を言うか」より「どう伝えるか」を重視し、失敗を恐れず声を上げられる環境を守ります。月例の管理者会議等を通じて、社員のモチベーション低下や不満を早期に発見し、解決する体制を徹底します。

3つ目は、社員の「挑戦」を全力で応援することです。その一歩として、新たな仲間を迎え入れるための採用活動を抜本的に見直しました。会社案内や募集のかけ方も一新し、私たちの新しい取り組みを積極的に発信した結果、それに共感してくれた経験豊富なベテランや若手営業、デザイナーなど8名の優秀なメンバーを採用することができました。単なる立地や従来の採用手法に頼るのではなく、新しい会社づくりの姿勢そのものが彼らを惹きつけたのだと感じています。

今後は、第二創業期に向けて、困難を乗り越え団結した既存のメンバーと、新たな風を吹き込む新メンバーが一つになって歩んでいきます。彼らに対してバランスの取れた教育・指導体制を整備し、社内研修やOJTを強化するとともに、営業課長の退職に伴う業務や評価面談の引き継ぎ体制も早急に整えました。また、代休や休日の活用など、ワークライフバランスの改善策もすでに実行しています。

「帽子+α」の領域へ ライフスタイル提案メーカーへの進化

ーー新理念に込められた事業展開の展望についてお聞かせください。

阿部浩介:
1932年から続く私たちの帽子へのこだわりは不変です。しかし、ファッションに特化した従来の展示会が一時代を終えつつある中で、新たなアプローチが求められています。私たちが長年培ってきた感性と信頼は、今や帽子という枠を超え、人々の暮らしを彩る生活雑貨や日用品へと広がりを見せています。私たちが目指すのは、単なる日用品開発ではなく、お客様の日常を豊かにする「ライフスタイル提案メーカー」への進化です。「帽子+α」の領域突破には、無限の可能性が秘められています。

ーー最後に、今後の航海を共にする社員やステークホルダーの皆様へメッセージをお願いします。

阿部浩介:
2032年、弊社は創業100周年を迎えます。現在は荒波の中にいるかもしれませんが、私の船には新たに加わった仲間と、これまで支えてくれた頼もしい社員たちが乗っています。現状に甘んじることなく、変化を楽しみながら、全員の知恵と熱意を結集して「新しい日本真田帽子株式会社」を共につくり上げていきます。老舗企業の真の変革(トランスフォーメーション)となる私たちの新たな船出を、どうか温かく、そして厳しく見守っていただければ幸いです。

編集後記

長年会社を支えた社員の離職という痛みを隠すことなく、率直に語った阿部氏。しかし、その痛みは「第二の創業」という強烈な前進のエネルギーへと変換されていた。個人の能力に依存する体制から、心理的安全性を基盤とした「チームの力」へのパラダイムシフト。そして、帽子づくりという原点を守りながら、無限の豊かさを追求するライフスタイル提案メーカーへの進化。歴史ある老舗企業が過去の成功体験を手放し、本気で自己変革に挑む姿は、激動の時代を生き抜くすべての企業にとって示唆に富む深いストーリーである。創業100周年に向けて力強く漕ぎ出した同社の航海から、今後も目が離せない。

阿部浩介/1969年4月25日生まれ。大学卒業後、アメリカに留学。2年後に阪神・淡路大震災が発生を機に帰国し、日本真田帽子株式会社に入社。入社後、企画営業職を経て、2014年代表取締役社長に就任。2024年、コロナを機に本社オフィスを大幅リノベーション、フリーアドレス化するなど、常に新しいことに取り組んでいる。今後は魅力ある業界にするのが目標。