
1890年、日本で初めてソフトテニスボールを製造した株式会社ルーセント。130年以上にわたり業界の第一線を走る同社は今、原材料高騰の逆風下であえて「値下げ」を断行するなど、ソフトテニス文化の存続に強い使命感をもって挑んでいる。今回は、現場からの叩き上げでトップに就任した中野吉広氏と、グループの採用・組織構築を牽引する株式会社ルーセントアスリートワークス代表の鈴木敬太氏のお二人に、伝統を支える技術力と、多角化が生み出すこれからの組織のあり方について聞いた。
現場の熟知と組織再建力 異なる強みが生み出す相乗効果
ーーお二人が現在の役職に就かれるまでの経歴と、それぞれの役割を教えてください。
中野吉広:
私の原点は、ソフトテニスに育てられた経験と、自社の中身を誰よりも熟知していることです。私はファーストキャリアで弊社に入社し、2019年に社長に就任する前は、営業、企画、事務と、ほぼ全ての部署を経験しました。「ルーセント」ブランドのマネージャーも長く務め、ゼロから商品をつくり上げる中でブランドへの強い責任感と愛着が芽生えました。大会に足を運び、現場でユーザーの声を直接聞いてきたことが現在の基盤になっています。
鈴木敬太:
私は2009年に中途でグループに参画し、現在はグループ全体の採用の仕組みをつくるために設立した「ルーセントアスリートワークス」の代表を務めています。テニスコーチ時代の先輩から声をかけてもらったのが縁で、グループに加わった企業の立て直しなどに携わってきました。新しい環境に飛び込み、既存メンバーと信頼関係を築きながら組織を再建する役割を多く担ってきました。
ーー「ルーセントアスリートワークス」を設立した背景には何があったのですか。
鈴木敬太:
同社は採用に特化した別会社です。競技を続けながら、グループの各企業でしっかり仕事もできる仕組みをつくるために設立しました。ソフトテニスの愛好家は非常に多いものの、卒業後も競技に打ち込める環境は限られています。一方で、ルーセントの兄弟会社には食品やゴムなどの事業体がありますが、これまでは各社が独立してリクルーティングを行っていました。
そこで、ルーセントのソフトテニス界での認知度やブランド力・環境を活かし、且つ、複数の事業体、つまり働く環境も複数あるという当社グループの強みをかけ合わせれば、激化する採用競争で独自性を生み出すことができ、何より「競技を続けながら仕事もしたい」という声にも応えられると考えたのです。
130年変わらぬ品質と「値下げ」に込める文化継承の覚悟

ーー長きにわたり貴社の製品が選ばれ続けている理由をどの点にあるとお考えですか。
中野吉広:
積み重ねてきた技術と歴史の重みだと考えています。ボールの品質には明確な規格がありますが、天然ゴムを扱っているため、例えば8月と2月では製造環境が大きく異なります。毎日の気温や湿度の変化に合わせて、ゴムの分子と硫黄の分子を結合させる「加硫」や磨きの時間を微調整し、「常に同じもの」をつくり続けなければなりません。ときには原材料が変わることもありますが、その都度テストを繰り返し、規格を満たす品質を守り抜く。この130年間一貫して品質を維持し続けてきた職人技のような技術蓄積が、評価いただいている打球感や耐久性の高さといった品質を生み出しています。
ーー資材高騰が続く中、あえて「値下げ」の決断を下した真意についてうかがえますか。
中野吉広:
ソフトテニスの未来を守りたいという強い思いが根底にあります。今は資材が高騰し、学校の部活動の地域移行や少子化などで、競技環境を維持することが難しくなっています。私たちはその状況を応援し、業界の文化を守り抜くことが自らの使命だと考えています。130年培ってきた生産規模や技術があるからこそ、戦略的に値下げを断行し、より多くの方にソフトテニスに親しんでもらう競技環境をつくることができるのです。
多角化による選択肢と「仕事の面白さ」を伝える採用戦略
ーー採用活動において、求職者に伝えているメッセージを教えてください。
鈴木敬太:
「仕事のしんどさ」は隠さず厳しく伝えています。楽な仕事はありません。しかし、スポーツで厳しい練習を乗り越えて勝つのが面白いのと同じで、仕事の厳しさを面白さに変えられる強い心構えを持った人に来てほしいと思っています。当社グループの強みは、スポーツ、食品、ゴムなど、メーカーとして多岐にわたる事業を展開している点です。この多角化により、もし一つの職種で行き詰まっても、職種転換を活用して多様なキャリアパスを提示できるのは大きな魅力だと自負しています。
ーー人材採用にはどのような工夫をされていますか。
鈴木敬太:
若手だけでなく、40代や50代の採用にも注力しています。社員一人ひとりが自分の強みを活かし、誇りを持てる組織づくりを進めるためです。「マスターズ雇用」と名付け、40代、50代のセカンドキャリア層の採用を拡大しています。この世代は人生経験も豊富で、たとえばテニスコーチとしても、年齢を重ねたからこその戦略やボールコントロールなど、同世代のお客様に対して非常に説得力のある指導ができます。多様な人材が強みを発揮できる場を、これからも提供していきたいと考えています。
編集後記
「当たり前のことを当たり前に続ける」。日々の気温や湿度に向き合いながらボールを作り続けてきた同社の根底には、途方もない技術の蓄積がある。そして今、彼らは自社の利益にとどまらず、新たな雇用創出や戦略的な価格改定によって業界の文化そのものを支えようと奮闘している。異なる経歴と強みを持つ二人のトップの言葉からは、現状に甘んじることなく未来を切り拓く、老舗企業としての力強い覚悟が感じられた。

中野吉広/1969年生まれ。東京学芸大学卒業。1992年4月株式会社ルーセントに入社、2019年に同社代表取締役に就任。
鈴木敬太/生まれつき左全手指欠損の障がいを持ち、21歳で難病の潰瘍性大腸炎を発症、人工肛門(オストメイト)となる。退院後、家電販売員として全国1位の営業成績を達成。2009年から当社グループに参画。証券会社を経て、2011年に明日香食品株式会社へ。西日本事業部の再建・成長に尽力。現在は同社取締役。2025年2月より株式会社ルーセントアスリートワークス代表取締役社長等を兼任。「境遇は武器にできる」と講演やスポーツにも挑戦し精力的に活動中。