※本ページ内の情報は2026年6月時点のものです。

映画助監督や兄の会社への参画を経て大手IT企業へ入社し、米国事業を立ち上げた異色の経歴を持つ、寳槻昌則氏。現在彼が率いる株式会社ビットキーは、スマートロックを皮切りに、ハードとソフトの二刀流で人々の生活をアップデートし続けている。独自の道を歩む彼がなぜ「空間に知性を持たせる未来」を描くに至ったのか。同氏が掲げる経営における「あり方」と常識を疑う「パンク精神」に迫る。

常識を疑う原点と自由な探求心

ーーまずは、起業家としての原点についてお話いただけますか。

寳槻昌則:
私は3人兄弟の末っ子なのですが、実は兄弟3人とも高校に行かず、中卒から京都大学に進学しているんです。予備校にも通わず、家庭の方針で「学校に行くよりもクリエイティブな1日にできるなら休んでいい」と育てられました。そのため、10代の頃は映画や本などを浴びるように吸収し、好奇心や探求心をひたすら育んできたのです。いろいろなことに興味を持つその性格が、現在の起業家としての原点になっています。

ーー大学時代はどのような活動をされていましたか。

寳槻昌則:
映画と起業の2つの活動をしていて、大学にはあまり行かずに忙しい日々を送っていました。当時、映画監督になりたいと公言していたご縁から、プロの現場でフリーの映画助監督を経験しています。もう一つは、兄が起業した教育ソフトウェアの会社での活動で、副社長として資金調達を行ったり、開発責任者としてシステムを作ったりと奔走する毎日でした。

裁量よりも「修業」を求めて大企業へ そして単身アメリカへ

ーー大学卒業後は、お兄様の会社でそのまま働かれたのでしょうか。

寳槻昌則:
いえ、兄の会社や起業の道には進まず、当時約2,000名規模の株式会社ワークスアプリケーションズに入社しました。兄の会社で活動する中で、ベンチャーは自分が経営陣になるため大企業の何倍も裁量が大きい反面、土台がないうちはどれだけビジョンが壮大でも実現できることに限界があると痛感したからです。自分たちにまだビジネスのノウハウがなく、できることは意外と少ないのだと気づきました。自分のやりたいことを遂げるためには、ビジネスをしっかり学ぶ修業が必要だと感じたのです。そこで、若手にも大きな仕事を任せてもらえるエネルギッシュな環境として同社を選びました。

ーー入社後に経験された仕事の中で印象的なものはありますか。

寳槻昌則:
入社2年目のとき、当時の社長に呼ばれ「北米事業をやるんだけど、アメリカへ行くか?」と声をかけていただいたことが印象的ですね。前任者もいない中、AI搭載の会計システムをアメリカの大企業に売るプロジェクトの立ち上げを任されたのです。私は「行きます」と即答し、スーツケース1つでニューヨークに渡り、拠点を構えました。

現地での経験で特に学んだのは、「常識を疑って、ひっくり返す」ということです。現地でビジネスを展開している先輩たちからは、「アメリカでは紹介がないとアポは取れない」「銃社会でセキュリティ意識が高いから対面のミーティングは好まれない」といった迷信のような常識を教えられました。

しかし、私はあまのじゃくだったこともあり、それらを疑って実際に自分で電話をかけてみたのです。すると片言の英語でも非常に多くのアポが取れました。わざわざニューヨークからシカゴやバージニア州などへ飛行機で会いに行くと、「1回の打ち合わせのために現地まで来てくれたのか」と相手の懐に入り込むこともできました。固定観念化している常識であっても、疑って実際にやってみて、ひっくり返す経験ができたのは大きな財産です。

デジタルがリアルを拡張する Amazonのような進化を描く「ただの鍵屋」の戦略

ーーその後貴社を創業されますが、どのような原体験があったのですか。

寳槻昌則:
アメリカにいた際、配車サービスや民泊、フードデリバリーなどのさまざまなサービスが本格的に普及していくのを目の当たりにしました。それまでIT業界で人事システムや会計システムなど「画面の中の効率化」に携わってきました。しかし、デジタルが画面の外へ飛び出し、リアルな生活を変えていく気持ちよさを一人のエンドユーザーとして肌で感じたのです。いよいよソフトが現実世界や空間に作用していく「ハードとソフトの融合の時代」が来る。そんな予感がありました。そこで、ドアや鍵をテーマにしたアイデアを共同創業のメンバーに持ちかけ、起業したという背景です。

ーー貴社の競合との違いはどこにあるとお考えですか。

寳槻昌則:
私たちはスマートロックなどを提供していますが、狙っているのはそれ以上の世界です。競合他社の多くが単なるスマートロックの提供にとどまっています。その中で私たちはハードとソフトの二刀流で変革を起こすことが強みです。

その第一歩として、毎日多くの人が触れ、人の数よりも圧倒的に数が多い「ドア」の鍵に注目し、顔認証やスマホ操作によるアクセスコントロールの仕組みを展開しています。たとえるなら、最初はインターネット上の書店としてスタートしたAmazonが、現在では多角的に事業を広げているような成長軌道を描いています。現在は住宅とオフィスの2つの領域に絞り、全国のアパート・マンションから各地の大型複合ビルまで広く普及させています。会社としても従業員は250名に達し、年間売上高100億円が射程に入ったところですが、これもまだ最初の段階だと思っています。

ーー具体的にどのような課題解決に取り組んでいるのでしょうか。

寳槻昌則:
例えば、直近で注力していることは「再配達」と「孤独死」という社会課題の解決です。再配達問題は、荷物を運ぶドライバーも大変ですし、受け取れないユーザーにとってもストレスになるという、お互いに不幸な状況です。とりわけ大きな壁となっているオートロックのご自宅への配送に対して、認証技術やアプリ、ハードウェアを組み合わせた仕組みをつくっています。これにより不在時でも安全にドライバーが中に入り、セキュリティが高い状態で置き配を実現できるのです。

また、見守りの領域では、室内で人が倒れた際に異常を検知して助けを呼ぶといった世界も実現したいと考えています。

既存産業をつなぐオールスター戦略と「空間に知性を持たせる未来」

ーー今後の事業のスタイルやビジョンについてお聞かせいただけますか。

寳槻昌則:
世間はどうしても海外の巨大IT企業や最先端のAI企業といった、まばゆい存在ばかりに目を向けがちで、既存の事業が自信を失っているように感じます。しかし、日本には長寿企業をはじめ、世界をリードする伝統的で素晴らしい既存の企業がたくさんあるのです。私たちは、そうした既存の素晴らしい企業同士がしっかりとつながり、より良い価値をつくり出すための中継回路になりたいと考えています。

ーー既存の企業同士をつなぐということでしょうか。

寳槻昌則:
AI企業同士の競争も製品がよくなるので素晴らしいですが、別の産業同士であれば、私たちがハブとなることで、手を取り合って滑らかに連携できるはずです。たとえば大手不動産会社が建てるマンションに宅配業者が荷物を運び、民間の家事代行サービスが入るとします。

現在はそれぞれの線がつながっていませんが、私たちが中継回路となり、ITとハードウェアの力で点と点を線でつなぐ役割を果たしていきます。そうすれば、不在時に家事代行を済ませておいてもらうなど、まるでサービスアパートメントのような体験が手頃な価格で実現できるでしょう。各企業が事業のポテンシャルを最大限に発揮できるよう連携する、これを私たちは「オールスター戦略」と名付けました。

ーーそうしたビジョンの先にどのような未来を描いているのですか。

寳槻昌則:
哲学的な表現になりますが、「空間に知性を持たせる」という未来です。昔はお風呂を沸かしたり火を起こしたりするのも大変でしたが、今はボタン一つでできるようになりました。これまでのIT化やEC、IoTは、スマートフォンなどを通じた操作や管理の短縮によって便利さを提供し、余暇を生み出してきました。

しかし、私たちが実現したいのはもう少し違うアプローチで、人が空間を操作するのではなく、空間側が人に働きかける世界です。空間が状況を察知し、優秀な秘書のように荷物を自動で受け取って置いてくれたり、優秀なガードマンのように不審者を防いだり通報してくれたりする。倒れている人がいれば助けてくれたりする機能も持たせます。

今はまだ、顔認証システムなどで人を「見分ける空間」にとどまっていますが、ロボットのように自ら「動き出す空間」や「語る空間」へと進化させていきたいと考えています。デジタルがなければ実現しない、空間が自ら人に寄り添う世界です。

効率至上主義へのアンチテーゼ 「あり方」と「パンク精神」で常識をひっくり返す

ーー経営者として大切にしている考えはありますか。

寳槻昌則:
「Being(あり方)」という考え方を大切にしています。大学の経済学部で経営学を学び、マーケティングや財務といった技術は会社の生存率を上げるために馬鹿にできないとリスペクトはしています。しかし、どれだけ効率を追求し経営技術を磨いても、仕事にどう向き合うかという動機や意図、つまり「あり方」が空っぽでは限界があります。

今の資本主義は、より多く稼いだ人が偉い、売上高が大きい企業が素晴らしいといった「量の物差し」や「効率至上主義」で評価される世界です。しかし私は、優等生で大きな会社を目指すことも大事ですが、それ以上に「いい会社」をつくるというプロセスや向き合い方を大切にしています。仕事づくりも大事ですが、やはり「人づくり」です。よりよい自分になろうと自身を磨き、その背中を社員に見せていきたいと考えています。

例えば、その「Being」で掲げているあり方の1つに「諸君、狂いたまえ」というものがあります。これはつまり「パンク精神」です。既存の出来上がっている常識に対して「異議を申し立てる」ような、反逆の精神が重要だと思っています。スタートアップの役割は、世の中の働き方や暮らし方をアップデートし「変える」ことです。テクノロジーを使って既存にない新しい価値を生み出す上で、この「パンク精神」は欠かせません。

ーーそういった考えの元で、会社を大きくしていくためにどのような人材を求めていますか。

寳槻昌則:
幸いなことに、弊社は人に恵まれており、優秀なメンバーが集まってくれています。しかし、単なるスキルの優秀さ以上に、「あり方を一緒に磨いていこう」「常識をひっくり返して社会実装していこう」という私たちの思いに共感してくれる方を積極的に集めていきたいと考えています。現在、社内にはそうしたエネルギーの火が焚かれ始めている状態です。弊社の「パンク精神」に共感し、一緒に挑戦してみたいと思う方は、ぜひ力を貸してほしいですね。

編集後記

異色の経歴を持つ寳槻氏が語るビジョンには、圧倒的なスケールと独自性が同居している。海外での強烈な原体験から見出したハードウェアとソフトウェアの融合。そして、既存の日本の産業をつなぎ合わせるプラットフォーム構想。それらは単なるテクノロジーの追求ではなく、人々の生活を根本から豊かにする「空間の知性化」に向けられている。これからどのような未来の生活空間を私たちに提示してくれるのか。その飛躍から目が離せない。

寳槻昌則/1985年生まれ。起業家の父と芸術家の母の間に三男として生まれる。中学卒業後すぐに大検の資格を取り、高校へ通わず独学で京都大学へ。在学中は教育ベンチャーの起業や映画助監督を経験。2011年にIT企業の株式会社ワークスアプリケーションズへ入社。2年目でアメリカ事業立ち上げ責任者に選ばれ、単身で渡米。ニューヨークとロサンゼルスを拠点にしたビジネス展開を経験する。帰国後の2018年に株式会社ビットキーを共同創業した。