※本ページ内の情報は2026年6月時点のものです。

1999年の入門以来、エースとして新日本プロレスを牽引し続けてきた棚橋弘至氏。プロレス人気が低迷していた時代、全国各地を飛び回り地道なプロモーション活動を続けることで新たなファンを獲得してきた。オーナーからの打診を受け、2023年12月から「選手兼社長」という異例の挑戦をスタートさせた。リングで戦いながら会社経営も担う多忙な日々の中で、棚橋氏はなぜ疲弊しないのか。プロレスを通して社会へ届ける「エネルギー」の正体と、具体的な経営の指針に迫る。

予想を超えられた瞬間の感動 プロレスに魅了された原点

ーーまずは、プロレスを好きになったきっかけを教えていただけますか。

棚橋弘至:
きっかけは高校2年生の時、深夜に放送されていた「ワールドプロレスリング」というプロレスの番組を見たことです。幼い頃に祖母と見ていた記憶はありましたが、深くのめり込んだのは高校生になってからでした。

プロレスに引き込まれた一番の理由は、当時の私の予想を大きく超えてきたことです。大技を受けて「もう負ける」と思った選手が、何度も立ち上がり、自身の想像を超えてくる。その瞬間に、心が震えるような感動を覚えたのです。人は生きていく中で様々な経験を積み、ある程度の予測を立てて行動します。しかし、その予測をよい意味で裏切られた時、人は深く感動し、一気に惹きつけられるのだと知りました。

人間「棚橋」を好きになってもらう

ーーこれまでのキャリアの中で大変だったことは何でしょうか。

棚橋弘至:
これまでプロレスの興行に携わってきましたが、同業界の低迷期には特に苦労しましたね。しかし、「一人でも多くの人に試合を届けたい」という思いで全国プロモーション活動に励み、地方のテレビやラジオの情報番組へ出演するだけでなく、駅前での呼び込みなども自ら行っていました。

ただ、プロモーション活動といいながら、私自身はプロレスの話を一切しません。将来的な団体の拡大には、競技そのものではなく、まずは「棚橋という人間」を好きになってもらう必要があると考えたからです。自身のプライベートや失敗談を語り、私の人となりを知っていただく。興味を持ってくださった方が、「棚橋のやっているプロレスを見に行こう」と行動してくださる段階を思い描いていました。私はこの考えを「3年後理論」と呼び、未来のファンを獲得するための種まきとして位置づけていました。

ーー現在はどのようなことに注力されていますか。

棚橋弘至:
顧客との接点を増やす取り組みです。SNSが普及し、公式アカウントだけでなく選手個人の発信がより重要になってきています。「何を食べたか」「どの映画を見たか」といったパーソナルな情報を選手自身が積極的に発信すること。そこから新たな接点が生まれると考えています。所属選手の発信を通してファンの方々とのつながりを増やしていく取り組みには、会社としてもさらに注力していく方針です。

「疲れない、落ち込まない、諦めない」 人生エンターテインメント

ーー社長と選手を兼任される中で、肉体的・精神的な疲れはどう乗り越えているのでしょうか。

棚橋弘至:
実は、私は疲れたことがありません。正確に言えば、「疲れない」と決めているのです。私には「疲れない、落ち込まない、諦めない」という逸材三原則があります。この信条が試された象徴的な出来事が、2012年に開催された東京ドームでの大会でした。試合後、対戦相手のオカダ・カズチカ選手から「お疲れ様でした。あなたの時代は終わりです」と告げられた際、普通なら「なんだと!」と怒るところですが、私の中に「疲れない」という原則が根付いていたため、思わず「悪いが、俺は生まれてから一度も疲れたことがない」と4万人の観客の前で宣言してしまいました。

ーー大勢の観客の前で宣言したことで、ご自身にどのような変化がありましたか。

棚橋弘至:
自ら公言した以上、それ以来一切「疲れた」と口にできなくなりました。自分の言葉に責任を持ち、限界を決めずに活動し続けています。社長に就任してからは、「社員の疲れは自分が引き受ける」という覚悟を持ち、自らが率先して活力を示すよう心がけています。誰よりも元気に振る舞うことが、組織の士気を高めると信じているからです。

リングとファンの間で交わされる「エネルギー」の正体

ーー最後に、今後の展望とプロレスが持つ価値について教えていただけますでしょうか。

棚橋弘至:
今後の目標は、新日本プロレスの魅力を広く伝え、ご家族連れを含めた幅広い世代へ価値を提供していくことです。プロレスは、技をかける側だけでなく「技を受ける側」に注目するとより深く楽しめます。どれほど苦しい状況でも決して降参せず、立ち上がって逆転を目指します。その諦めない選手の姿から、ファンの方々は明日へ向かう活力を得ています。まさに、リングと客席の間で「エネルギー」の交換が行われているのです。

私はプロレス事業を「『エネルギー』を届けること」だと定義しています。プロレスの会場は、熱気に満ちた空間です。足を運んでくださった方々が笑顔になり、「明日からも頑張ろう」と前を向けるような場所にしたいと考えています。皆様にエネルギーを充電していただける熱い空間を、これからもつくり続けていきます。

編集後記

取材を通して終始感じたのは、棚橋氏自身が放つ圧倒的な熱量だ。業界の苦境を知るからこそ地道な宣伝活動を厭わず、「疲れない」と自らを鼓舞してファンを楽しませようと努めている。その姿勢は、まさに「人生エンターテインメント」を体現していると言えるだろう。リング上の戦いだけでなく、経営者として先頭に立つ生き様そのものが、社会に活力を与える原動力となっている。

棚橋弘至/1976年11月13日岐阜県大垣市生まれ。立命館大学法学部卒業。1999年新日本プロレスに入門。2006年6月、団体最高峰王座IWGPヘビー級王座初戴冠。同王座の最多戴冠記録を保持(8回)。2023年12月、選手兼任として新日本プロレスリング株式会社、第11代代表取締役社長に就任。2026年1月、東京ドーム大会にて現役引退。