※本ページ内の情報は2026年6月時点のものです。

飲食店の店舗基盤を支え、「店舗の健康寿命を延ばす」ことを目指す株式会社店舗ドック。代表取締役の髙倉博氏は、父親の会社を経て28歳で独立。起業後、長らく「芯」のない経営で消耗していたが、あるミッションとの出会いが経営の「背骨」となる。現在は職人ネットワークと現場のデータ化を武器に、2030年の上場を見据え、海外展開や次世代の人材育成に注力する。自由奔放な幼少期から、社会基盤をつくり上げるまでの軌跡と、未来への展望に迫る。

「守られていた」と痛感した起業 ミッションが経営の背骨に

ーー起業に至るまでの経緯をお聞かせください。

髙倉博:
自分の人生を自らの足で歩みたいと、納得のいく選択を求めた結果、28歳で起業しました。世田谷で育った小学生時代は、いたずらばかり考える自由奔放な子どもでした。転機が訪れたのは20歳のときです。父親が経営する会社に入社したのですが、決められた枠にはめられることに息苦しさを覚えました。そこで、自分の道を探すために5年で退職し、知人の会社での経験を経て、独立を果たしました。

ーーご自身の会社を立ち上げたことで、どのような気付きを得られましたか。

髙倉博:
「いかに自分が守られていたか」という事実と、商売の厳しさです。父親の会社にいた頃は、会社の存続を危惧することはありませんでした。しかし起業して初めて、大きな苦労を経なければ利益は得られないという現実を知ったのです。それまでは一人で何でもこなしている気でいましたが、実際は事務組織や看板に守られていたに過ぎません。自分一人では何もできないのだと、思い知らされました。

ーー貴社のミッションについて教えてください。

髙倉博:
「看板で悲しむ人をゼロにする」というミッションを掲げています。起業後の約10年間は、社長になること自体が目的化し、成し遂げたいことが未定でした。ミッションがなく、アクセルとブレーキを同時に踏み込んでいるような状態で常に消耗していたのです。しかし、このミッションに出会って明確な「背骨」ができてからは、すべての判断基準がこれに基づくようになり、経営の迷いが消えました。

「店舗の健康寿命を延ばす」 職人の力とデータ化で世界へ

ーーそのミッションのもと、現在はどのような課題の解決に注力されていますか。

髙倉博:
もともとは「看板で悲しむ人をゼロにする」というミッションのもと、看板に特化した点検を行っていましたが、お客様からのご要望を受け、徐々にその守備範囲を広げてきました。現在は「店舗の健康寿命を延ばす」ことを目指し、その前段階として、飲食業などで多発する突発的な設備トラブルを少しずつ減らし、最終的にゼロにするために動いています。

厨房の停止や断水などの問題は、多店舗展開する企業に甚大な損失を与えます。私たちがこの課題を解決できる理由は、全国の職人ネットワークを有している点と、彼らの感覚的な技術評価を数値データに変換できる独自の仕組みがある点です。

ーー今後の事業展開について教えてください。

髙倉博:
お客様である飲食店の海外進出に伴い、私たちも海外展開を進めていきます。日本の食文化は世界で戦える強力な強みだからです。その足がかりとして、海外の方々に日本の設備維持技術や、物を大切にする精神を学んでいただく仕組みを構想しています。彼らが確かな技術を習得すれば、母国に帰ってからも自国の店舗を守る仕事で生計を立てられます。そのような、技術と労働の循環をつくり出したいと考えているのです。

さまざまな経験が積める環境とインフラとしての未来

ーー海外進出を見据え、どのような人材を求めていますか。

髙倉博:
勤勉であることと、働く体力がある方です。現代は技術の発達により便利になった反面、20代の世代がビジネスの現場で地道に実地経験を積む機会が失われつつあります。しかし弊社には、上場を目指す過程や海外展開など、経営陣の近くで濃密な経験を積める環境が整っています。意見も発信しやすく、志さえあれば多様な挑戦が可能で、意欲的な方には非常にやりがいのある職場です。

ーー最後に、今後の目標についてお聞かせください。

髙倉博:
2030年までにグロース市場への上場を目指しています。上場は最終目標ではなく、ミッションを次世代へ継承し、事業を継続するための手段です。将来は、世界的な半導体メーカーのシールがパソコンにあるように、店舗の入り口に弊社のロゴが掲示される世界を目指していきます。そのマークがあることで、来店されるお客様も店舗側も安心できる。そんな、社会に不可欠な基盤になっていきたいですね。

編集後記

10年間の迷いの末に手にしたミッションが、いかに組織を強くし、明確な道筋を示すのかを強く実感させられた。特定の精密機器メーカーのマークが品質の証となるように、安心の印として店舗ドックのロゴが街中にあふれる日も近いだろう。海外進出を踏まえた取り組みなど、今後の同社の動向に注目していきたい。

髙倉博/1970年、東京都世田谷区生まれ。大学進学に失敗し、簿記の専門学校へ進んだ経験が「大卒者には負けない」という原動力になる。「不安や不便を見つけ、クリエイティブに解決する」(快適の創造)というミッションを見出し、大手企業向けの看板業務代行に注力して評判を得る。「看板で悲しむ人をゼロにする」という使命を確信し、「看板ドック」事業に邁進。2025年10月、社名を株式会社店舗ドックに変更。