
離れた2つの空間を繋ぎ、あたかも隣の部屋に相手がいるような感覚をつくる。この仕組みを展開するのが、tonari株式会社だ。率いるのは、前職の大手IT企業で同僚だった共同代表の川口良氏とキャンベル・タージ氏。既存の会議システムとは異なる「空間拡張システム」は、なぜ生まれたのか。世界最速水準の「低遅延」を実現する技術の裏側には、どのような思いがあるのか。製品開発の原点から、10カ国以上に広がる現在の導入状況、そして同社が目指す対等な繋がりの未来まで、同社の共同代表、川口良氏に話をうかがった。
前職での出会いと「生活の根幹に関わる社会基盤」への思い
ーーまずは起業に至ったきっかけをお聞かせいただけますか。
川口良:
人々の移動や対話のあり方を変える、生活の根幹に関わる社会基盤をつくりたいと考えたことが起業の理由です。私と共同代表のタージ氏は、前職の大手IT企業の日本オフィスで約3年間共に働いていました。私は技術責任者、彼は製品開発の責任者でした。2010年頃の街並み閲覧サービスの公開や、スマートフォン向け地図サービスを世に送り出す時期に関わりました。6年ほど勤める中で、社会基盤となる新しい仕組みを自らの手でつくりたいという強い課題意識を持つようになったのです。
ーーどのような経緯で現在の事業を始めたのでしょうか。
川口良:
最初から現在の事業にたどり着いたわけではありません。前職を退職し、1年間は、日本酒を記録するアプリケーションの開発など、さまざまな試行錯誤を繰り返しました。なかなか明確な目標が見つからず葛藤する時期もありました。しかし、いろいろな挑戦を経た結果、やはり「人々の生活を支える社会基盤をつくりたい」という当初の目標へ行き着いたのです。

「日本にいたいが家族とも繋がりたい」という願いが原点に
ーー「空間拡張システム」の着想はどのように生まれたのでしょうか。
川口良:
共同代表であるタージが抱えていた、個人的な課題が原点です。彼の両親はアメリカのモンタナ州でワイン醸造所を営んでいます。彼は、日本で新しい仕事に挑戦したいと考えていました。一方で、アメリカにいる家族との繋がりも保ちたいと葛藤していたのです。この相反する願いに対し、どちらか一方を諦めるのではなく、技術の力で両立できないかと考えたことが始まりです。
ーーその考えをどのように発展させたのですか。
川口良:
個人的な課題から、「離れた空間を繋ぐ」という着想へとたどり着きました。彼が日本へ移住する際、現地の共同体との関係を維持したまま移動できないかと考えたことがきっかけです。単なる画面越しの対話ではなく、壁に大きな穴が開き、そのままアメリカの実家へ繋がるような状態を思い描きました。空間そのものを拡張し、日常的に相手を感じられる環境をつくるという方向性がここで定まったのです。
監視ではなく「対等に繋がる」万人向けの設計
ーーでは、その「空間拡張システム」の特徴を教えてください。
川口良:
私たちが提供するのは単に会議用の道具ではなく、名前のとおり「空間を拡張するシステム」である点が最大の特徴です。部屋全体を見渡し、お互いの空気感を共有することを重視しています。従来の仕組みでは一方が相手を見張るような関係になりがちですが、そうではなく双方向かつ対等な関係を築ける環境を目指しています。離れた拠点の人々が出張せずとも存在感を示し、気軽に相談できる。そのような自然な繋がりを実現できます。

ーー製品の設計において、最も大切にされていることは何でしょうか。
川口良:
子どもからお年寄りまで、年齢や知識を問わず誰でも直感的に使える設計を最も大切にしています。説明書を読まなくても、ただそこにあるだけで使える簡潔さが重要です。技術の存在を感じさせず、日常の風景に自然と溶け込むような空間づくりを心がけています。
10カ国以上で導入 グローバル展開と多様なユースケース

ーー現在の導入状況や、具体的な活用シーンについて教えてください。
川口良:
現在、弊社の製品はグローバルに展開しており、日本国内だけでなく、米国、ベトナム、ドイツ、シンガポールなど10カ国以上で導入されています。ユースケースも多岐にわたり、たとえば製造業では、離れた場所にある本社と工場の現場を繋ぐことで、リアルタイムな意思決定と製造プロセスの効率化を実現しています。また、クリエイティブ業界では、分散したデザイン・開発チームが「隣にいる」感覚で共創することで、プロジェクトのスピードが格段に向上しています。
ーー他にも特徴的な導入事例はありますか。
川口良:
金融・保険業界では、分散した拠点間を一元管理することで、人手不足への対応や顧客サービスの質向上に役立てていただいています。教育分野においても、キャンパス間を接続することで、物理的な距離に縛られない教育アクセスの向上に寄与しています。私たちのシステムは、単なる通信手段ではなく、各業界の課題を解決するための新しいインフラとして機能し始めているのです。
コミュニケーションの質を向上させ、心理的安全性を育む
ーー実際に導入した企業では、どのような変化が起きていますか。
川口良:
「心理的安全性の向上」という面で大きな成果が出ています。物理的に離れていると、どうしてもコミュニケーションがタスクベースになり、関係性がギスギスしがちです。しかし、常に空間が繋がっていることで、ちょっとした相談が気軽にできるようになり、お互いの存在感を認め合えるようになります。実際のデータでも、導入後に拠点間の対話が活性化し、一体感が醸成されるといったポジティブな示唆が得られています。
ーー「空気感」の共有が、組織の信頼関係に寄与しているのでしょうか。
川口良:
現場の空気感にすぐ気づけることは、マネジメント層にとっても、現場で働くメンバーにとっても安心感に繋がります。出張に行かなくても、その場にいるのと同等の熱量で意思疎通ができる。この「信頼はスピードである」という考えのもと、場所の制約を超えたフラットな組織運営を支援しています。
拡大フェーズの今 目指すのは「人々の生活インフラ」
ーー貴社の現在の事業フェーズと、今後の展望をお聞かせください。
川口良:
現在はまさに拡大フェーズにあります。出荷台数も大幅に増加しており、前年比よりも倍以上の成長を遂げました。スタートアップとしてのステージも、シードからシリーズAへと移行しつつある重要な時期です。今後は、現在の法人向けだけでなく、導入しやすいモデルを開発し、家庭や小さなスタジオなど、人々の生活のあらゆるシーンに「隣」がある世界を実現したいと考えています。
ーー最後に、読者へのメッセージをお願いします。
川口良:
私たちは、日本に根ざしたものづくりをしながら、世界市場を本気で狙っているプロフェッショナル集団です。現在のフェーズは、プロトタイプが完成し、市場からの手応えを確信に変えていく、最も面白いタイミングだと思っています。この挑戦を加速させるため、現在ハードウェアエンジニアや製造パイプラインマネージャーなど、新たな仲間を募集しています。多国籍なチームと共に、世界を変えるインフラを創りたいという方は、ぜひ弊社の採用ページを覗いてみてください。
国境を越えて日常的に協働するtonariチーム編集後記
相反する願いを技術で解決する。タージ氏の個人的な課題から始まった事業は、空間を繋ぐという新しい手法で、対話の新たな社会基盤となりつつある。前職の大手IT企業時代に培った技術力と知見を土台に、機器から内部の処理までを一からつくり上げる姿勢には、強い情熱がうかがえる。製造業や教育など、国内外の多様な現場で「心理的安全性」や「共創」の質を高めている同社の挑戦は、私たちが本来求めている人と人との繋がり方を、より豊かで自由なものに変えていくことだろう。

川口良/tonari株式会社の共同創業者兼CTOとして、ソフトウェア開発からハードウェアのプロトタイピング、デザイン、製造プロセスまでをリードしている。Google Japan(Google合同会社)でキャリアをスタートし、数億人規模のユーザーを支えるシステム設計や国際チームとの協業を経験。Infostellarではエンジニアチームの立ち上げを主導し、2018年にtonari株式会社を創業した。