
ソニーで20年以上、テレプレゼンスシステム「窓」の構想を温め続け、45歳で創業したMUSVI株式会社の代表取締役 / Founder & CEO 阪井 祐介氏。認知心理学と高度な通信・映像技術をかけ合わせた同社のプロダクトは、単なるディスプレイを超え、「そこに人がいる」という身体性と安心感を生み出す。大企業の安定した枠組みから飛び出し、どこでも「窓」の実現を目指すに至った開発の原点や、社会のあらゆる場所につながりをもたらす今後の展望、そして根底にある強い思いに迫る。
「無線少年」の構想と起業への覚悟
ーー起業の原点となる話からお聞かせください。
阪井祐介:
私は大学で通信工学やデジタルネットワーク技術を学びながら、その一方で世界中を旅する中で「その空間に行かなければ得られない感覚」があることも感じていました。通信技術と、「離れていてもその場にいるような感覚をつくりたい」という情熱をかけ合わせ、「どこでもドア」のような製品をつくり出せないか。そう考え、ソニー株式会社(現ソニーグループ株式会社)の門をたたきます。
入社2年目の2000年、当時社長だった出井伸之さんが主導する社内大学の募集がありました。私は20代でこれに応募。本来は40代が対象のような場でしたが、選抜された35名の1人に、最年少で選ばれたのです。そこで提案したのが、まさに現在の「窓」の原型となる構想でした。
ーー長年社内で研究を続けられた後、起業を決意したきっかけは何だったのでしょうか。
阪井祐介:
ソニー社内では20年以上にわたり、約120件もの特許を出願しながら研究を続けました。しかし、テレビなどの既存事業の枠組みに縛られ、本質的な製品化の道筋を描けないという深い葛藤を抱えていました。転機となったのは、ある経営者からかけられた言葉です。「阪井さんは、一生出港することのない船のエンジンを整備している」。この一言に突き動かされました。何十年も整備をし続け出港を待つのではなく、小舟でもいいから自分の手で海に出よう。そう決意し、45歳で全財産を投じてMUSVIを設立しました。
認知心理学に基づく身体性と優しいデジタル技術の社会実装

ーー貴社の「窓」の強みとなる点はどこにあるのでしょうか。
阪井祐介:
最大の強みは、認知心理学に基づいた身体性の再現です。従来のシステムは顔だけを映しますが、人間は無意識のうちに周辺視野で相手の丹田(おへそあたり)を見ています。そのため弊社が開発したテレプレゼンスシステム「窓」のディスプレイは縦型にし、相手と腹を割って話せる距離感にこだわりました。また、自然に目が合うようカメラ位置を最適化しています。これにより、既存のビデオ会議システムでは不可能な、「まさにそこに人がいる」という安心感や信頼関係の構築を可能にしました。
ーー技術面での強みや実際の活用事例について教えてください。
阪井祐介:
ソニー時代に培った高度な通信・映像技術が基盤にあります。専用線を必要とせず、既存のWi-Fi環境で高品質に稼働する高いコストパフォーマンスと技術力で、つながりを提供できるのが強みです。社会実装も着実に進んでいます。
「窓」が価値を発揮するのは、物理的な距離によって「会いたくても会えない」という切実な課題を抱える現場です。たとえば、建設現場での言葉にしづらい「あうんの呼吸」のような、現場の空気感までをも共有できます。またコロナ禍のNICU(新生児集中治療室)におけるご家族と赤ちゃんの面会、離島の高校生と都市部の専門講師をつなぐ教育など、その活用は多岐にわたります。利用者の方からは「こんなに優しいデジタル技術は初めて見た」という声も寄せられました。
公共インフラ化と世界展開 そして一家に一枚の「窓」を目指して

ーー今後の事業展開やビジョンについてお聞かせいただけますでしょうか。
阪井祐介:
まずは、現在導入が進んでいる建設業界や医療・介護業界を軸に事業を展開し、PMF(Product Market Fit:製品と市場の適合)を実現したいと考えています。ただ、将来的には、公共インフラへの設置も構想としては持っています。全国の郵便局や無人駅などの身近な拠点に配置し、どこにいても金融相談から医療・教育まで専門的なサービスを受けられる「窓」ボックスのようなインフラ化を目指しています。同時に、海外展開も加速させます。物理的な距離が遠いほど「窓」がもたらすインパクトは大きくなります。すでにニューヨークやシンガポールなど、グローバル拠点同士をつなぐ構想が具体的に動き出しています。
ーー最終的に目指している「窓」のあり方とはどのようなものでしょうか。
阪井祐介:
最終的な目標は、一般家庭への普及です。現在のテレビに代わってどの家庭にも一枚の「窓」がある。そんな世界を実現したいと考えています。たとえば、実家で暮らす親と「窓」で常時つながることで、見守りはもちろん、朝の挨拶を交わす日常が生まれます。こうしたささいなコミュニケーションの積み重ねこそが、孤独感の解消や認知症の予防につながると信じています。人と人がつながる選択肢を持つことで、生活の質を根本から変えるコミュニケーションのスタンダードを創出していく。それが私の目指す未来です。
編集後記
「人と人をつなぎたい」。その揺るぎない情熱を20年以上持ち続け、大企業の枠組みから飛び出して起業を果たした阪井氏。テクノロジーの進化を人間の温かさや幸福のために使いたいという強い信念が、言葉の端々から感じられた。高度な技術を「優しさ」に変換し、社会のあらゆる場所につながりを生み出す「窓」。日本発のこのイノベーションが世界中の孤独を癒やし、新たなインフラとして定着する日は、そう遠くないだろう。

阪井祐介/1999年にソニー株式会社へ入社。20年超の研究開発で培った独自技術により、臨場感と気配を双方向に伝え合い、リアルに“会う”ことができるテレプレゼンスシステム「窓」を開発。2022年にMUSVI株式会社を創業。建設や医療を中心に、オフィス・現場、教育・地域創生等の幅広い領域で、様々な壁を超えた「窓」の社会実装を進めている。