※本ページ内の情報は2026年6月時点のものです。

気合や根性に頼るのではなく、自らの哲学と行動力でビジネスを牽引する。幼い頃から家業を継ぐことを見据え、機械商社のトップとして歩みを進めてきた植田機械株式会社の植田修平氏。大学卒業後は外部の工作機械メーカーでの過酷な現場修業や海外法人の立ち上げを経験し、数々の困難を乗り越えた。先代の急逝や「未曾有の自然災害」への対応など、激動の環境下で彼を支え続けたのは「人が嫌がる道を選ぶ」という哲学だ。変化し続ける時代にいかにして企業の「存在価値」を見出し、次世代へとつなぐのか。その軌跡と経営への思いに迫る。

油まみれの現場とアメリカでの5年が培った「判断軸」

ーーまずは、社会人になってからのご経歴について教えていただけますか。

植田修平:
大学卒業後、家業にはすぐに入らず、工作機械メーカーの株式会社ソディックに入社しました。物心ついた頃から「将来は家業を継ぐものだ」という意識があり、身近に会社を感じて育ちましたが、まずは外の世界で現場を知る必要があったのです。

同社に入社後、ソディック創業者の古川利彦会長から、「自分たちにご飯を食べさせてくれるお客様が油まみれになり手を汚しているのだから、同じことを経験しなさい。必ず未来の成功の糧になる。」という方針のもと、毎日油まみれになりながら機械の加工部署で学び、お客様の気持ちに近づくよう必死に取り組んでいました。その後はアメリカへ赴任し、現地で機械の据え付けや立ち上げ作業などを経験しています。右も左も分からない状況の中、とにかく現場に放り込まれて鍛え上げられた8年間でしたね。

ーーメーカーでの修業時代に学んだことで、現在の経営に生きていることは何ですか。

植田修平:
創業者から教わった「どこを見て仕事をするか」という考え方です。「ぐちゃぐちゃ悩んでいる暇はない。人生は長くないのだから、人がしない経験、人が嫌がる経験をとにかくやり尽くせ」と指導されました。これから一生やっていく仕事の大先輩たちに勝つためには、人が避ける道を進み、そこから開ける展開で勝負しなければならないという教えです。

また、「悩んだら嫌な方を選べ」という言葉も深く胸に刻まれています。実際、アメリカでの立ち上げ業務に赴任した際も、通常はスペシャリストが行くポジションに、何もできない新人が行くことになり、現地メンバーも戸惑ったはずです。しかし、「人がやりたくないことをやれば、認められる近道が見えてくる」という精神で飛び込みました。泥臭くても人が嫌がる道をあえて選ぶというスタンスは、私の経営における重要な判断軸になっています。

未曾有の洪水被害からの復旧と「存在価値」の模索

ーー貴社に入社してからは、どのような業務を担いましたか。

植田修平:
国内営業を経て、中国やタイの現地法人立ち上げを担当しました。特に印象深いのは、タイでの立ち上げ時期に遭遇した大洪水です。すべての機能が停止し、事務所にすら近づけない状態に陥ったのです。周囲の企業も経験がなく混乱する中、私は「どれだけ早く次のステップへ進めるか」という一点に集中しました。すぐにバンコク市内に仮事務所を借りて社員を集め、お客様への連絡に奔走しました。水が引き始めてからは、機械の査定や保険申請、廃棄処分の資料作成など、お客様とともに復旧へ向けて必死に駆け回ったのです。

ーー社長に就任されてからは、どのようなことに注力したのでしょうか。

植田修平:
社長へ就任した当初は、「そもそも社長とは何をするべきか」という根本的な問いからのスタートでした。先代が急逝し、社内の重しがなくなってしまった状態だったからです。最初は焦りから自ら営業として走ろうとしましたが、先輩方に「あなたが動いて誰が指示を出すのか」と諭された経験があります。そのため最初の2年ほどは先代を支えてきた幹部陣に伴走していただき、目の前の出来事に無我夢中で対応していました。

その必死な時期を抜けた後に注力したのが、社内における自分の地盤づくりです。現場には優秀なメンバーが揃っていたため、彼らに支えられながら自らの組織体制を構築していきました。そうして社内の陣形が整ったことで、現在は「自社の存在価値は何か」という新たなテーマを掲げました。私たちは商社であり、時代の移り変わりとともに求められる役割も変化していくものと考えています。過去のやり方のままでは生き残ることはできないでしょう。環境が変化し続ける中、お客様にとっての価値をその都度模索することが、継続経営に向けた現在の重要な取り組みです。

「なんとかしてくれる」という信頼と次世代への継承

ーー改めて、貴社の事業内容と強みについて教えていただけますか。

植田修平:
自動車や半導体、医療機器などの分野を中心に、工作機械や産業機械の提案を行っています。現在の強みは機械を販売することだけではありません。「頼めばなんとかしてくれる」と信頼していただく課題解決の力にあります。お客様が人材不足で困っていれば人を探し、仕事が減っていると聞けば新しい案件をつなぎます。直接的な商売にならなくとも、「相談してよかった」と思っていただければ、結果として本来の販売につながるのです。最終的にはスピードと結果が重要ですが、真摯にお客様の声に耳を傾け、少しでも要望に応える姿勢が信頼の土台です。

ーー組織のこれからについて、どのような課題を感じていますか。

植田修平:
最大の課題は、経営幹部の育成です。現在は私が第一線で走り、優秀なメンバーが支えてくれていますが、いつまでもこの体制を続けることはできません。今のメンバーが培ってきた考え方やノウハウを、いかにして次世代へ継承していくかが重要です。新しい人材を迎え入れ、若手が確実に育つように、教育体制を刷新していく必要があると感じています。

ーー最後に、今後の展望をお聞かせください。

植田修平:
私が社長を務める間に、安定した「100億円企業」になることを目指しています。その目標に向けて今何をするべきか、必死に模索している段階です。数年前には名古屋の企業をグループに迎え入れ、新たな拠点としての成長を進めています。既存の枠組みにとらわれず、新しい分野や事業展開に挑戦しながら、さらなる飛躍を目指して邁進していきます。

編集後記

幼い頃から家業を継ぐという運命を受け入れつつも、決して安きに流れることなく、自ら困難な道を選びとってきた植田氏。現場で油まみれになった経験や、災害時に見せた行動力は、「人が嫌がる方を選ぶ」という信念に裏打ちされている。時代が変化する中で自社の「存在価値」を問い続けるその姿勢は、次代を担う組織づくりにおいても大きな道標となるはずだ。安定した100億円企業という目標に向け、同社がどのような飛躍を遂げるのか、今後に期待だ。

植田修平/1969年、兵庫県生まれ。国士舘大学卒業。株式会社ソディックに入社し、約8年の修業の後、1999年に植田機械株式会社へ入社、2012年に同社代表取締役社長に就任。会社の価値観の向上に尽力している。