
音楽を聴くツールとして生み出されたイヤホンやヘッドホン。新型コロナウイルス感染拡大に伴う環境変化を経て、その役割は単なる視聴デバイスを超えて大きく発展した。テレワークやオンラインミーティング、ゲーム、映画配信サービスなど、日常のあらゆる場面で欠かせないアイテムとして定着している。
株式会社タイムマシンは、イヤホン・ヘッドホンの専門店「e☆イヤホン」を展開する企業として2007年に創業した。創業者である大井裕信会長の後を継ぎ、2代目として2023年に社長に就任したのが岡田卓也氏だ。同氏はアルバイトからキャリアをスタートし、翌年に正社員へ登用。その後、執行役員、取締役、副社長を経てトップへ上り詰めた経歴を持つ。TBSテレビ『マツコの知らない世界』に3回出演するなど、メディアでは「イヤホン王子」としてその情熱を発信し続けてきた。社長就任から3年が経過した現在、組織改革を一段と加速させ、法人向け事業の拡大や「音の総合商社」という壮大なビジョンに向けて突き進む同氏に、その歩みと未来への決意を聞いた。
好きなことを仕事に選んだキャリアの原点
ーー社会人としての歩みはどのようにスタートされたのでしょうか。
岡田卓也:
私が就活をしていた当時はいわゆる就職氷河期で、仕事に就くのが厳しい時代でした。そこで、まずは公認会計士の資格取得を目指すことに決め、専門学校に通うべく大阪に引っ越しました。
当時としては珍しく「イヤホンをして勉強する」というスタイルでしたが、辛い勉強時間も、音楽を聴くという趣味があったから乗り越えられたのだと思います。結局、試験に合格することはできませんでしたが、改めて仕事を探す際、自分を支えてくれたイヤホンを取り扱う「e☆イヤホン」に出会い、アルバイトに応募したのが入社のきっかけです。
ーーアルバイトから社長まで上り詰めたそうですが、もともと登用に積極的な社風なのですか。
岡田卓也:
基本的にはアルバイトを採用して、頑張っている人を社員にしていくという流れがメインでした。弊社の創業社長は「学歴が仕事の能力に直結するわけではなく、アルバイトでも能力が高い人間は評価していきたい」という考えを持っていました。実際に、私と同い年のメンバーも皆アルバイトから始まり、課長、部長、役員、経営層に上がっていきました。実力さえあれば、スタートラインに関係なく上を目指せる環境が当時から整えられていたのです。
PR業務の成果が切り拓いた後継者への道
ーーどのような過程を経て社長に就任されたのでしょうか。
岡田卓也:
社員になってすぐに大阪の店長を任されました。当時は東京での知名度が低く、秋葉原店の売上高も低迷していました。しかし、その後のユーザー急増に伴い、本格的に関東圏のシェアを拡大すべく、私も東京へ異動することになったのです。
東京ではメディア対応が増え、私もプロモーション担当スタッフとして関わりました。テレビ番組から声がかかったことがターニングポイントとなり、その後はPRに専念するようになります。自社イベント「ポタフェス」の責任者として、2025年冬の開催時には5万9000人を集客するまでに規模を拡大させたことも、大きな経験となりました。
そして、創業者である大井が45歳のとき、「50歳で会社を譲る」と言い始め、私が後継者候補に挙がりました。2015年に執行役員となってからは、人事や会計など経営の基礎を徹底的に叩き込まれ、2023年に正式に代表を引き継ぐことになったのです。
ーー短期間での昇格において、ご自身のどのような点が評価されたとお考えですか。
岡田卓也:
小売業である以上、売上高は重要です。しかし弊社は単に数字を伸ばすだけでなく、ポータブルオーディオの文化をつくり、ファンを増やすことを何より大切にしています。私はメディア出演やイベント開催を通じて、分かりやすい数字でファンを増やしてきました。もしメディアでの発信がなければ、イヤホンは非常にニッチな趣味の中で完結していたかもしれません。業界全体の盛り上げに貢献できたことが、評価につながったのだと考えています。
自律を促す権限委譲と「あえて出席しない」会議

ーー社長就任からこれまで、組織づくりにおいてはどのような変化を遂げたのですか。
岡田卓也:
創業社長はカリスマ的な存在で、どちらかといえばトップダウン型の組織でした。私自身も以前は何でも自分でやりたいプレイヤー気質でしたが、社員数が200名規模になると、社長がすべてを決めていては組織が滞ってしまいます。そのため、現在はあえて手を出さずに「任せる経営」を強く意識しています。
たとえば、月曜日に行われる業務執行会議などの定例会議には、私はあえて出席しないようにしています。私がいると皆がどうしても気を遣ってしまうからです。本部長同士で合意して決めるように指示し、現場に近い層で決定を下す仕組みにしています。社長のような強い決定権を持つ人がいない方が皆が能動的に動けますし、計画づくりから自分たちで責任を持つことで、本気で業務に取り組めるようになると考えています。
ーー若手層からの新しいアイデアや提案などは生まれていますか。
岡田卓也:
ちょうど4月から新しい組織体制をスタートさせたのですが、20代の若さでITシステムやインフラを統括している男性スタッフがいます。彼は非常に俯瞰した視点を持っていて、「今のやり方では規模拡大に耐えられない。仕組みを再構築しましょう」と、自ら各部署に入り込んで業務改善を次々と提案してくれています。長年、特定のやり方に愛着を持ってきたメンバーとはぶつかることもありますが、人を増やさずに事業を拡大し、社員の待遇を向上させるためには、徹底した業務改善が必要不可欠です。会社全体の「全体最適」を追求する彼の存在は、組織にとって大きな刺激になっています。
ゲーム業界進出とBtoB領域へのターニングポイント
ーー2023年に出展された「東京ゲームショウ」の反響はいかがでしたか。
岡田卓也:
イヤホン・ヘッドホン専門店としてある程度の認知はいただいていましたが、オーディオに関心のない層にはまだまだ知られていないという課題がありました。一方で、イヤホンは音楽視聴だけでなくゲームやビデオ会議など用途が広がっています。そこで、まずはゲーム業界の方々に「こんなお店がある」と知ってもらうために挑戦を決めました。
「東京ゲームショウ」では、4日間で2万4000人以上の方に弊社のブースへ来場いただき、イベントは大成功。本気で取り組んだ結果、これほどの規模感で展開できるのだという確かな手応えを掴むことができました。
ーー出展を機に、事業展開への意識も変わったのでしょうか。
岡田卓也:
一般のお客様だけでなく、法人からの需要が非常に多いことに気づかされました。店舗で体験を売るだけでなく、企業の中で使ってもらうことにも大きな価値がある。これがBtoB領域へ本格的に舵を切る大きなターニングポイントになりました。現在は、待ちの姿勢ではなく、こちらから企業様へ向けて「音の価値」を提案していく体制を強化しています。
標準化に縛られない、関わる人すべての喜びを追求する強み
ーー一般的な小売業とは異なる、貴社独自の強みは何でしょうか。
岡田卓也:
すべての商品を実際に試せる環境を整えていることです。この品揃えと体験を実現するために、単なる小売業にとどまらず、輸入代理店として自ら仕入れを行い、さらにはメーカーとして自社開発まで手がけています。また、法人様向けにイヤホンへのプリントサービスなども開始しましたが、ノベルティ需要など非常に高い反響をいただいています。
ーー規模が拡大する中で、現場のこだわりはどのように維持されていますか。
岡田卓也:
現場のやり方を無理に標準化することが、必ずしも正解ではないと考えています。お客様と対峙するスタイルは一人ひとり違っていい。たとえば、アルバイトスタッフが「高額商品を扱いたい」と自ら提案し、店長もそれを全面的にバックアップして、素晴らしい実績につながった事例もあります。マニュアルで縛るのではなく、こうした現場の柔軟な対応力こそが弊社の強みです。
ーー経営者として最も大切にしている価値観を教えてください。
岡田卓也:
お客様はもちろんですが、取引先様も含めて、関わるすべての人が「楽しい」と思える関係性を築くことです。スタッフに対しても同じで、「一緒に仕事をしたいな」と思ってもらえる環境づくりを大切にしています。顧客第一主義か社員第一主義かという二択ではなく、どちらも等しく大切に扱うべきだと考えています。
「音の総合商社」として世界へ挑むビジョン

ーー現在、さらなる成長に向けて注力されている取り組みについてお聞かせください。
岡田卓也:
現在はECリプレイスを行い、店舗とオンラインの境界をなくすOMOの設計に注力をしています。以前は、店舗は店舗、ECはECとそれぞれが連携をしていませんでしたが、外部から専門性の高い役員を招へいし、おすすめ動画やレビューの紹介など、弊社が持つ情報を一貫して提供できるプラットフォームへと進化させています。今の若い世代はモノを所有すること以上に、スマートフォン周辺のアイテムで自分らしさを表現することを重視しています。あらゆる層のお客様が使いやすいサイト構成を追求していく考えです。
ーー「音の総合商社」というビジョンについても詳しくうかがえますか。
岡田卓也:
小売業の枠を超え、音に関するあらゆる課題を解決する会社になりたいと考えています。BtoB向けに販売ノウハウを提供したり、登録者数の多い自社YouTubeチャンネルを活かしたプロモーションを支援したりと、事業領域を広げていきます。
また、3年から5年のスパンでは法人営業をさらに加速させます。メーカー様と連携して、音楽業界以外の小売店やスーパーなどで使われるインカムなどの仕組みを構築し、企業の業務効率化に貢献していきます。そして将来的には、私たちが培ってきたイヤホン文化を日本から世界へと発信していきたい。既存事業の安定を基盤に、新規事業をかけ合わせることで、圧倒的な規模の成長を目指します。
失敗を恐れず自分事としてチャレンジする精神
ーー今のスタッフに最も受け継いでほしいDNAは何でしょうか。
岡田卓也:
「新しいことをやってみよう」というチャレンジ精神です。挑戦を止めたとき、会社の成長も止まってしまいます。難しいことを恐れずにまずはやってみる。それとともに、スピード感も非常に大事にしています。そのスピードを維持するためにも、スタッフには大胆に権限を譲るようにしています。
ーー最後に、今後の採用に向けて求める人物像や、メッセージをお願いします。
岡田卓也:
求める人物像を一言でいうと、「チームワークが取れる方」です。同じ会社で働く仲間への配慮ができるかという人間性の部分を非常に重要視しています。専門的な知識やスキルがなくても構いません。周囲と協力しながら物事を進められる方に来ていただければ、会社としても社員一人ひとりのキャリアをしっかりと見据え、全力で育てていきたいと考えています。
編集後記
イヤホンを単なる視聴ツールから、オーディオという奥深い文化へと昇華させ続ける岡田氏。就任から3年が経過し、その活動はBtoCの枠を大きく超え、BtoB、そして世界市場までを見据えたものへと進化していた。取材を通じて強く感じたのは、同氏の「ファンづくり」に対する揺るぎない信念だ。自らがあえて会議の場を離れ、スタッフの自立を促すことで、組織全体が能動的に新しい価値を生み出し続けている。音の総合商社として、同社が今後どのような驚きを届けてくれるのか。その果てしない挑戦から、これからも目が離せない。

岡田卓也/1988年生まれ。2010年、「e☆イヤホン」にアルバイトスタッフとして勤務。2011年株式会社タイムマシン入社。2013年PR担当、2015年執行役員、2021年取締役に就任。2023年4月取締役社長に就任。2026年6月代表取締役社長に就任。