
声を届ける音声プラットフォームとして、会員数300万人を超える規模へと成長した「Voicy」。創業から10年目を迎え、社会情勢や技術の激変の波を乗り越えてきた代表取締役CEOの緒方憲太郎氏。生成AIが台頭する時代において「人間らしさ」が最大の武器になると語る。圧倒的な熱量を持つファン層を築き、自らも音声発信を続ける緒方氏に、経営の信念と未来の企業のあり方についてその思いを聞いた。
AI全盛の時代に際立つ「人間らしさ」の価値
ーー創業10年目を迎え、直近の変化をどう感じていますか。
緒方憲太郎:
私たちはこれまで、市場が存在しない領域で事業を展開してきました。何度も試行錯誤を繰り返す中で、ここ数年は事業の構造を根本からつくり直すような厳しい時期を過ごしています。その最中に、生成AIの波が訪れたのです。AIの進化により、開発者の数や開発速度の差が影響しなくなりました。どの企業も他社と同じようなサービスを簡単につくれるという、大きな変化が起こったのです。この激変する社会において、私たちは有利な場所にいると感じています。
ーー誰もが同じサービスをつくれる時代に、何が差別化の鍵となるのでしょうか。
緒方憲太郎:
AIが情報収集やコンテンツ制作を担う時代において、最後に残る価値は「人間味」や「人間らしさ」だと考えています。昨年末、「Voicyオブ・ザ・イヤー」という表彰式を初めて開催し、そこで非常に感動する出来事がありました。審査員を含め、良いと評価された放送の意見が全員バラバラだったのです。
ある人が「めちゃくちゃ感動して泣いた」というコンテンツでも、他の人の心には響きません。人の生き方や価値観によって響くものが全く違うという事象を目の当たりにし、これこそが私たちがつくりたかった世界だと確信しました。多額の予算をかけて大衆向けの正解を一つ作る必要はありません。個人の趣味や嗜好の「十人十色」がそのまま反映される。だからこそ、単なる市場調査にとどまらない独自の世界を構築できるのだと考えています。
数字よりも直感 「価値を生みユニークであるか」

ーー経営判断において、数字と直感、どちらを優先されていますか。
緒方憲太郎:
一貫して直感ですね。私自身、過去に数字を扱う専門家として働いてきたからこそ、数字の限界を感じています。創業間もない企業は、10社のうち1社しか残らない世界です。他の多くの企業がやっていることを真似て、表面的な数字を取り繕っても意味がありません。私がぶれない軸として大切にしているのは「確かな価値を新しく生み出しているか」です。そして「自分たちにしか出せない独自性があるか」を重視しています。これらを生み出していれば、数字は後からついてきます。
ーー貴社の最大の強みはどこにあるとお考えですか。
緒方憲太郎:
会社自体が「熱狂的なファン層」を持っている点です。発信者にも聴取者にも、Voicyを深く愛してくれている人がいます。単なる便利な道具ではなく、みんなで支えてVoicyを大きくしようと思ってくれる利用者が多数存在するのです。これは日本の中でも極めて珍しい、ファンとともに歩む企業だということではないでしょうか。
ーーその熱量を維持するために、組織づくりや採用で重視している基準は何ですか。
緒方憲太郎:
「人を喜ばせるのが好きか」という点に尽きます。自分の利益を優先するのではなく、他者に与える「Giver(ギバー)」の精神を持ったメンバーが集まる組織であること。自分のことよりも、お客様に楽しんでいただく方法を第一に考えられるかどうか。それが愛される理由になっているのだと思います。市場全体に貢献する姿勢がなければ、新しい循環を生み出すことはできません。
トップが「生声」で語らない企業は生き残れない
ーーAI時代において、今後企業には何が求められるとお考えですか。
緒方憲太郎:
「法人」も文字通り「人格」を持つことが求められると思います。人間味のない会社は、誰も見向きもしない無機質な存在になってしまいますから。人は「稼げるから働く」のではなく、「この会社が好きだから一緒に働きたい」という思いが強くなっていると感じます。そのため、企業は消費者に好きになってもらうことが絶対に必要です。海外では企業のトップが自ら商品の発表を行い、会社の顔となっています。
一方、日本は「言わなくてもわかる」という文化が浸透しすぎています。しかし今は、求職者が会社を選ぶ時代です。代表が自分の言葉で発信し、人から好かれる経営者でなければ生き残れません。AIで完璧な文章をつくれる時代だからこそ、少々話し方が下手でも「生声」で語る言葉に人は惹かれます。飾らない「無編集」であることの重みが増していくのです。
ーー最後に、今後のビジョンをお聞かせください。
緒方憲太郎:
AI時代だからこそ、人間の魅力や思考、生き様が最も詰まっている場所をVoicyにしたいと思うのです。企業向けでも、社内での意思疎通やファンづくりの支援に注力していくつもりです。企業のトップが声で発信し、それが「声の社史」として蓄積されていくのも素敵な形ですよね。採用活動においても、企業がどのような哲学を持っているかを物語として見せることが不可欠になってきます。
最終的に人は、人の気持ちをくみ取り、相手を心地よくさせることしかできなくなるはずです。だからこそ、必要最低限の教養が「人に話せること」「人の話が聞けること」になるのではないでしょうか。その手本となる方々が、皆Voicyで話してくださると嬉しいですね。そんな世界をつくっていきたいと願っています。
編集後記
AIの進化によりあらゆる業務が効率化される中、「人間にしかできないことは何か」という本質的な問いに対する緒方氏の答えは明確だった。それは「人間味」であり、「声」を通じた感情の共有である。数字や効率ばかりを追うのではなく、利用者に真の価値を提供すること。そして他者に与える精神で強固なファン層を築き上げるVoicyの姿勢は、次世代の企業経営における一つの模範を示している。声が紡ぐ新たな熱狂の波が、これからどのように社会を変えていくのか。その飛躍が楽しみだ。

緒方憲太郎/1980年、兵庫県生まれ。大阪大学基礎工・経済の両学部を卒業。公認会計士として新日本監査法人(現:EY新日本有限責任監査法人)でキャリアを始動し、世界一周放浪を経てEYニューヨークへ。2015年に医療ゲノム事業を創業、3年で大手上場企業へ売却。2016年、株式会社Voicyを創業。累計36億円の資金調達を達成し、会員数300万人超の音声プラットフォームに成長させる。父にアナウンサーを持ち、音声という領域から社会に新たな価値を創出する起業家。