※本ページ内の情報は2026年7月時点のものです。

55歳を過ぎてから起業し、自らを「シルバースタートアップ」と称する杉のチカラ株式会社の高橋則之氏。同氏は、戦後の拡大造林で植樹され、厄介者扱いを受けがちな日本の固有種「杉」の価値を再発見し、世界共通の市場である「ペット用品」に活路を見出した。オーガニックな猫砂「杉にゃん」は、熱狂的なファンを生み出している。社会貢献や大義を掲げるだけでなく、「スタートアップだからこそ稼ぐ力が必須である」と語る高橋氏。停滞期を抜け出し、海外展開を見据えるまでの軌跡と、次世代の起業家へ向けた「稼ぐ力」の本質に迫った。

「スタートアップは稼がなければ存在する意味がない」

ーーまずは、どのような思いで事業に向き合っているのか、お聞かせいただけますか。

高橋則之:
事業において最も重要なのは「稼ぐ」ことです。以前はありがたいことにメディアから取材を受ける機会も多く、正直浮かれていた時期もありました。しかし、いくら「スタートアップ」や「社会貢献型の事業」と持てはやされても、利益を出せなければ意味がありません。還暦を過ぎた今、改めてその事実に気づき猛省したのです。

スタートアップは大義のために資本を集めますが、たとえ稼げなくても資本があるゆえに会社は存続し、仕事をしている気になりがちです。社会貢献度が高くても稼げなければいずれは存続できなくなり、結局その事業は終わってしまうのです。

ーー事業を継続し、社会に価値を提供し続けるために重要なことは何だとお考えですか。

高橋則之:
足元の稼ぎが不可欠です。いかにして稼ぐかという結果にこだわらなければ、健全なスタートアップとは言えません。私は最近、お客様に対して素直に「稼がせてください」と言うようにしています。そのほうが、本当の意味で対等な付き合いができると感じているからです。

見い出されていない杉の価値と世界共通のペット市場への挑戦

ーーそもそも、なぜ「杉」の価値に目をつけたのでしょうか。

高橋則之:
杉には、他の植物と一緒に育っていける「優しさ」があるからです。杉は日本の気候に合い、成長が早い日本固有の植物です。しかし、戦後に国が主導して大量に植えたものの、建材としては柔らかく水にも弱いため、海外の木材にシェアを奪われたのです。その結果、行き場を失って山に放置された杉は、花粉を飛ばすばかりで、社会問題として敬遠されるようになりました。

私自身、前職でこの課題に立ち向かおうとしましたが、あまりに壁が厚く無力感を味わう結果に終わりました。それでも、日本の固有種である以上、必ず特別な価値があるはずだと考えたのです。杉は、周囲の弱い生き物の生態系を乱すこと無く共存できるチカラを持っています。だからこそ何千年も生きられるのです。

ーーその杉の特性をペット用品に結びつけた理由は何でしたか。

高橋則之:
世界共通のニーズにアプローチするためです。「ペットの悩み」は世界中どこへ行っても共通です。たとえば猫に良い商品となれば、世界中で受け入れられるのです。生き物に優しい杉の成分は、ペットに良い影響を与えます。そこで、完全無添加のオーガニックな猫砂「杉にゃん」の開発にたどり着きました。最初は周囲からの反対もありましたが、お客様からの「うちの子に良かった」という声が確信に変わりました。

将来展望と足元の「稼ぐ力」をつける施策

ーー海外展開についてはどのようにお考えですか。

高橋則之:
まずは海外向けネット通販を活用し、世界の猫砂市場の1%のシェアを獲得することを目指しています。それだけでも日本の林業にとっては大きな数字が動き出し、画期的な変化が起きるでしょう。

杉が持つ森林浴のような揮発成分の機能を最大限に発揮させるには、新鮮さが命です。将来的には、粉砕した生の原料をコンテナで輸出し、海外の現地で天日乾燥させて圧縮し、必要なときに必要な分だけ届ける仕組みをつくりたいと考えています。

また国内でも、未利用の杉材を使って高品質な猫砂をつくる過程では、障がい者の自立支援と耕作放棄地の活用を同時に実現するプロジェクト、「猫福連携(ねこふくれんけい)」を進めています。たとえば、青森で伐採した木は、青森で乾燥させる。そして、現地の障害福祉施設の方々と連携して乾燥所を設け、猫福連携の拠点をつくります。乾燥させたらすぐにその場で圧縮加工し、そのまま青森地区へお届けする。こうした地産地消の仕組みをつくっていかないと、ビジネスのロジックが破綻してしまうのです。今後、各都道府県の障害福祉施設と連携して現地生産・現地供給(ジャストインタイム)の体制をつくることが目標です。

ーー売上高を伸ばすために、どのような施策を打っていますか。

高橋則之:
既存のお客様への価値提供を深耕し、弊社の商品を支持してくださっている方々への輪を広げることで購買単価の平均を上げることに注力しています。新規のお客様を獲得するには膨大なコストと手間がかかるもの。だからこそ、今は一つの商品に固執してお客様の数を追うのではなく、提案を広げることに専念しているのです。

たとえば、ペットの臭いに悩むお客様に向けて、空気清浄機などを提案します。お客様に負担をかけずに、喜んでいただける別のアプローチを用意することで、新しい設備や人を増やさなくても、稼ぐ力は確実に上がっていくと考えています。

ーー最後に、読者の方々へどのようなメッセージを伝えたいですか。

高橋則之:
ビジネスモデルの開発以上に「稼ぐ力」を身につけてほしい、ということですね。私自身、事業が成長せず思い悩んだ時期がありました。しかし、法令を遵守しながら、自分の持っている経営資源の中で「稼ぐ方法」を必死に考え抜いたことで、停滞期を抜け出すことができました。大事なものを育てたいなら、それだけに目を奪われないでください。野球で超一流になりたいなら、野球以外の勉強も必要なのと同じです。夢や情熱を持つスタートアップにこそ、稼ぐ方法を知ってほしいと強く願っています。

編集後記

日本の固有種である杉の可能性を見出し、ペット市場という新たな領域を開拓する高橋則之氏。その根底にあるのは「稼ぐ」ことへの圧倒的な執念と現実主義だ。社会貢献という美しい言葉に逃げず、事業として自立させるために必要な「稼ぐ力」の重要性は、すべての起業家にとって教訓となるだろう。日本の森と世界のペットをつなぐ同社の壮大な挑戦から目が離せない。

高橋則之/1964年、栃木県生まれ。佐川急便株式会社のロジスティクス部門統括マネジャーを経て、物流コンサルタントとして独立。福島県で林業現場に触れたことをきっかけに建築業にも関わり、国産杉の活用に着目。2020年4月、杉のチカラ株式会社を設立。森林サービス産業のプラットフォーマーとして、杉の異次元用途を開発し、林業の活性化を目指す。