
1990年代のインターネット黎明期に、大手IT企業の最前線でパソコン事業に携わっていた池田昌史氏。同氏は、「これからはハードウェアよりも、中に入るソフトウェアやコンテンツの時代がくる」と確信し、安定した大企業の枠組みを飛び出し起業した。テクミラホールディングスは現在、「ライフデザイン」「AI&クラウド」「IoT&デバイス」という3つの事業軸を持つ、国内でも稀有なワンストップ体制のIT企業へと成長した。「1+1+1をただの3で終わらせず、4にも5にもする」と語る池田社長。創業からの変遷や多角的な事業展開、そしてグループが目指す未来像に迫る。
確信だけを胸に独立した「ソフト・コンテンツ」の夜明け
ーー安定したキャリアを捨て、起業という道を選んだ理由は何だったのでしょうか。
池田昌史:
ハードウェアから、ソフトウェアやコンテンツが主役になる時代への変化を確信したからです。私が社会に出た1995年当時、日本のパソコン事業は先進的で、私自身もNECグループでハードウェアの商品企画を担当していました。しかし仕事を続ける中で、「これからはハードそのものより、中身が重要になる」と感じ始めたのです。
当時、CD-ROMが記録媒体として台頭し、マルチメディアビジネスが大きく動き出した時期でした。そこで、ソフトウェアやコンテンツを内蔵したCD-ROMをハードウェアとセット販売する試みを担いました。自らコンテンツを扱う立場になり、「世の中は絶対にソフト・コンテンツの方向へ向かう」という強い手応えを得たのです。
ーーご自身が独立を決断したきっかけとなった出来事を教えてください。
池田昌史:
1999年頃からの「iモード」を筆頭としたモバイル通信の台頭と、課金スキームの誕生です。当時はまだ通信速度も遅い状態でしたが、携帯電話を通じて課金ができる仕組みができました。パソコンではコンテンツの課金システムが十分に整っていませんでしたが、携帯電話なら通信料と一緒に電話会社が回収してくれます。これは画期的なビジネスモデルでした。
その頃、会社全体が事業を縮小し、コンテンツ事業を手放す流れがありました。私は会社自体に不満はありませんでしたが、ハードウェア主体の組織では制約が多く、コンテンツビジネスは進めづらかったのです。契約概念も異なり、従来の購買部門のシステムには馴染みませんでした。「大企業の枠組みの中ではできないことを、自分でやりたい」。そう思い立ち、迷うことなく時代の大きな転換点の真っ只中で独立しました。
「経営は修行のようなもの」 ゴールを定めず無心で歩む哲学

ーー貴社にとってのターニングポイントはどこにありましたか。
池田昌史:
大きく2回のターニングポイントがありました。1回目は2010年頃のスマートフォンの台頭です。創業から数年は携帯電話向けビジネスで絶頂期を迎えました。しかし、黒船ともいえるスマートフォンの普及を目の当たりにし、「このままではまずい」と直感したのです。この大きな波を乗り切るため、グループ会社を統合し、ビジネスモデルを完全につくり変えました。
2回目は2015年頃からの、ハードウェア事業のグループ化です。もともと「ハード」をやるつもりはなかったのですが、M&Aを通じて再びハードウェアの世界に参入しました。昔とは違い、ハード=重厚長大ではなくなってきていて、我々の規模でも手掛けることが可能なこと、また、ハードにおいても重要なのはファームウェアやSOCなどで、これからのAI時代においては、「ソフトとハードを組み合わせて考える」という発想が、益々重要になっていくと思います。
ーー激動の時代を生き抜く中で、経営者として最も大切にしている価値観は何でしょうか。
池田昌史:
「お坊さんの修行」のように、無心で毎日の歩みを積み重ねることです。明確なゴールを定めているわけではなく、毎日いろいろな困難があっても是々非々で決断を下し、一歩一歩進んでいく。それが経営だと思っています。京セラ創業者の稲盛和夫さんの本を読むと、自分が感じていたのと同じようなことが書かれており、深く共感します。私が創った会社に対する責任がありますから、今いる立場の役割をしっかりと果たしていく。大変なこともありますが、淡々と、誠実にやるべきことをやっていく姿勢を貫いています。
効率よりも「人のやりたいこと」を形にして生まれた唯一無二の事業連携
ーー「ハード・ソフト・コンテンツ」という3つの異なる事業軸を展開する中で、貴社独自の強みはどこにあるとお考えですか。
池田昌史:
文化の異なる事業部門が連携し、一つのグループ内で完結して動けることです。ビジネスの効率だけを考えれば、一つの事業に集中する方が良いのかもしれません。しかし、私は「社員が何をやりたいか」を大切にしてきました。人がやりたいことを形にしようと追求した結果として、事業が拡大してきた側面もあります。ハードウェア、ソフトウェア、コンテンツは、同じITでも文化や手法が全く異なります。それぞれに精通した人間が集まり、連携して動けること自体が、弊社の最大の強みです。
ーー3つの事業が連携することで、どのような新しい価値を提供していますか。
池田昌史:
ITサービスやDXに必要となるハード・ソフト・サービス基盤を、全て自社グループ内で完結して提供できることです。たとえば、GPS・見守り機能がついた子ども向けIoTデバイスの製造受託案件では、デバイス本体はハードウェア事業会社が供給していますが、親御さんがスマートフォンで確認するためのアプリやサーバーはソフトウェア事業会社が開発しています。
また、自社サービスの事例もあります。ステレオ音源を立体音響に変換するオーディオエンジンを開発し、大手家電メーカーのスマートフォンにライセンス提供していますが、その技術を自社のタブレット端末にも搭載し、共同で製品化を進めています。他にもさまざまな事業領域で「1+1を4にも5にもする」連携が形になってきました。
ーー文化の異なる部門同士の連携のために、どのような組織づくりをしていますか。
池田昌史:
「上の人間が横に仲良くならないと下は交われない」という考えのもと、役員や部門間の交流を意図的につくっています。役員レベルがつながらないと、現場の連携は生まれません。そのため、私主催の会合を含め、上に立つ人間が集まる機会を設けています。
また、現場レベルでも、グループ社内報を作成し、各社で活躍している社員や事業を紹介しています。さらに、会社が費用を援助するクラブ活動制度もあり、現在約30のクラブが立ち上がっており、スポーツはもちろん、食べ物や趣味の同好会などもあります。グループ横断で多様な背景を持つ社員が混ざり合い、リスペクトし合える関係性を築いています。
複数の軸が牽引する新たな成長と目指す未来

ーー特に大きな成長を見込んでいる注力領域を教えてください。
池田昌史:
まず一つはゲーム事業の拡大です。コロナショックの少し前に事業を立ち上げ、人気キャラクター『クレヨンしんちゃん』を起用したコンシューマゲームなどで多くの支持を集めました。これまでは開発に2年ほどかかっていましたが、複数ラインを並行稼働させることで、毎年新作ゲームをリリースできる体制が整いました。今期と来期は連続して勝負できるタイトルを出していきます。
もう一つは、AI領域です。10年以上蓄積してきたチャットボットの知見を活かした「OfficeBot」が軌道に乗ってきました。さらに2026年3月には、より高度なAIエージェントサービス「OfficeAI社員」をリリースし、新規顧客開拓の大きな牽引役となっています。
ーー自社プロダクト型ビジネスへのシフトに伴い、営業組織に起きた変革は何でしたか。
池田昌史:
「プロダクト営業」と「ソリューション営業」の連携による提案型の組織へと変化しています。自社サービスを販売するプロダクト営業の動きに加え。そこに顧客の細かな要望に合わせた提案を行うソリューション営業が入り込む形が主流になりつつあります。
今後の課題は、医療や教育といった専門分野に特化した営業の育成です。HealthTechやEdTechなど、専門分野とテクノロジーを掛け合わせた事業展開において、汎用的な提案だけではカバーしきれない深い業務知識を持った組織をつくることが、これからの拡大の鍵になります。
ーーこれから新しく加わる人材には、どのような姿勢や活躍を求めていますか。
池田昌史:
「自ら考えてビジネスを切り開いていくこと」を期待しています。受動的に待つのではなく、「この仕事をやります」と自ら主張し行動できる人が生き生きと働ける環境です。
かつての受託型ビジネスでは、守秘義務により自社の成果を外に出しづらい側面がありました。しかし現在は自社プロダクト型へとシフトし、最先端のAI領域など、世に出したと胸を張れる仕事が増えています。自ら手を挙げて挑戦できる方に、ぜひ参画していただきたいですね。
ーーテクミラグループの10年先の未来はどうなっているとお考えですか。
池田昌史:
各分野でトップランナーとして存在感を発揮する「マルチブランドグループ」になっていたいですね。テクミラグループでは、各社が異なる分野で事業を行っています。それでも「一つのグループである」というカルチャーとプライドが根底に流れている。そういう組織でありたいのです。一つの形に収束しなくても、私たちが定義した事業分野で必ずナンバーワンを取る。それぞれの分野で確固たる地位を築くことが、会社全体の文化をつくっていきます。
最初から「テクミラ」の名を前面に出す必要はありません。一つひとつの製品や「aiwa」などの自社ブランドが世の中でしっかりと立ち上がり、飛び抜けた存在になる。そして後から、「実はこれらをつくっているのはテクミラグループだったんだ」と認識される。今はその一つひとつの柱を確実なものにしている段階です。この歩みを無心で積み重ねた先に、私たちが目指す新しいグループの姿があると信じています。
編集後記
時代の劇的な変化を鋭く読みとり、大企業という安全圏を飛び出して独立を果たした池田氏。その道のりは決して平坦ではなかったはずだが、「経営はお坊さんの修行」と語る穏やかな口調の裏には、揺るぎない覚悟と誠実さが滲み出ていた。効率主義に走らず、「人のやりたいこと」を追求した結果生まれた「ソフト・ハード・コンテンツ」の事業群。一見バラバラに見えるそれらが、強固なカルチャーと誇りで結びつき、新たな存在へと進化していくプロセスに期待がふくらむ。

池田昌史/1960年、東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、NECグループでマルチメディアPCの商品企画やコンテンツ事業に携わり、NECインターチャネルの設立にも参画。モバイル業界の台頭を受けてコンテンツビジネスに注力すべく、2004年にプライムワークス株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。グループ拡大を経て2020年に持株会社体制へ移行、2023年に商号をテクミラホールディングス株式会社へ改め、現在に至る。