※本ページ内の情報は2026年7月時点のものです。

高校を中退し、料理人の道へ。その後、一念発起して薬学部へ進学するという経歴を持つのが、株式会社メディカルユアーズロボティクスの代表取締役、渡部正之氏だ。同社は薬剤師の業務を自動化する調剤ロボットシステムの開発と販売を手がける。渡部氏はかつて多額の負債を抱えてどん底を経験するも、自身の経営手腕で完済を果たした。持ち前の行動力で、彼はいかにして「薬局とロボット」という未知の領域を切り拓いたのか。本記事では薬剤師という職業の再定義と、世界を見据えた今後の展望に迫る。

独自の経歴と多額の借金を乗り越えた「胆力」

ーーまずは、起業に至るまでの歩みを教えてください。

渡部正之:
料理人を目指したことが出発点です。私は高校を3日で中退し、その後は板前として3年間修行に励んでいました。しかし、職人の世界で自らの限界を感じ、猛勉強の末に薬学部へ進学したのです。卒業後は、国内および外資系の製薬会社で9年間、MR(医薬情報担当者)として営業に従事しています。この営業時代に築いた医師との強固な信頼関係が、のちに薬局を立ち上げる際の大きな強みとなりました。薬局の開局には、医療機関との連携が欠かせないからです。

ーーその後、どのような経緯で独立を決意されたのでしょうか。

渡部正之:
製薬会社を退職した後は、家族が経営する薬局に入社しました。しかし、事業の方向性を巡って衝突があり、自らの足で歩むべく独立の道を選びました。30代前半で起業したものの、当時手がけていた店舗を買い取る必要があり、多額の負債を背負うというどん底からのスタートでした。資金繰りのために必死で銀行を駆け回り、事業計画を伝えて融資を取り付け、その後は事業を軌道に乗せ、薬局を11店舗まで拡大。7年間、自身の給与を返済に充てるなどして完済を果たしました。

薬剤師の業務を圧迫する単純作業とシステム開発への挑戦

ーーなぜ、ロボット事業という新たな挑戦を始められたのですか。

渡部正之:
薬剤師が本来の専門性を発揮できていない現状に、強い危機感を抱いたことがきっかけです。現場で衝撃を受けたのは、8時間勤務のうち約4時間が「薬を棚から集める」という単純作業に費やされている事実でした。6年間大学で学び、MR時代にコミュニケーションスキルを磨いた人材が、単純労働に忙殺されている。この時間を患者さんのための対人業務に充てるべきだと考え、自動化の手段を模索しました。調査を重ねる中で、海外で普及している調剤ロボットの存在を動画サイトで知り、日本への導入とシステム開発を決意したのです。

ーー海外のシステムを日本の薬局へ導入する際、どのような工夫を凝らしたのでしょうか。

渡部正之:
日本の薬局には、薬をシートごとに切り分けて提供するという独自の文化があり、箱のまま扱う世界標準のロボットをそのまま導入することは困難でした。そこで自ら海外メーカーへ交渉に赴き、現地のシステムと日本の制度を翻訳機のように繋ぐ連携プログラムを構築することにしました。自らコードが書けるわけではない中、独学で仕様を練り上げ、開発を主導しました。この独自のソフトウェア開発を経て、現在は自社エンジニアを擁し、日本の現場に最適化したシステムの開発から販売、コンサルティングまでを一貫して手がけています。

待ち時間を大幅に短縮するロボットの強み

ーー調剤ロボットシステムの導入は、現場にどのようなメリットをもたらしましたか。

渡部正之:
薬の待ち時間の短縮と、調剤ミスの防止が主なメリットです。通常は平均12分かかる待ち時間を、3分以下に短縮できます。また、機械が正確に処理するため、命に関わる調剤ミスのリスクをなくすことが可能です。さらに、医療機関とのデータ連携も進めています。医師が処方箋のデータを送信した瞬間に薬局のロボットが稼働するため、患者さんが病院で会計をしている間に、薬の準備が完了する仕組みを構築しました。

ーー多額の投資を伴うシステムの導入は、経営面にどのような変化をもたらしましたか。

渡部正之:
高い投資対効果により、経営の健全化が加速しました。単純作業を自動化して人件費を最適化することで、約3年での導入費用回収が可能になったのです。また、採用しているロボットの基礎には堅牢な工業技術が使われており、ドイツで30年前に設置された前機種が今も現役で稼働しています。メンテナンスを続ければ、30年どころか永久的に使用可能です。一定の規模を持つ薬局であれば、このシステムによる恩恵は極めて大きいと言えます。

「対物」から「対人」へ 薬剤師の役割と世界展開

ーーこれからの薬局業界はどのように変化していくとお考えですか。

渡部正之:
薬剤師という職業の「再定義」が進むと考えています。現実空間で稼働するAI搭載ロボットに単純な対物業務を任せることは、薬剤師の仕事を奪うことにはなりません。むしろ、患者さんのベッドサイドでのケアや在宅医療といった、より高度な対人業務に専念できるようになります。医師をサポートし、患者さんの健康に直接貢献することが、本来の専門性を活かした働き方です。

ーー最後に、今後の展望や目標を教えてください。

渡部正之:
まずは全国の薬局にシステムを普及させ、超高齢化社会の課題を解決するモデルをつくることです。そして、その成功例を今後、深刻な高齢化を迎える台湾やベトナム、韓国などのアジア各国へ輸出していきます。将来的には生成AIを組み込み、人間と会話しながら共に働ける自律型AIロボットへと進化させる計画です。誰も経験したことのない領域への挑戦を、これからも続けていきます。

編集後記

これまでの慣習にとらわれず、薬剤師本来の専門性を活かすために「ロボット」という解決策を見出した渡部氏。プログラミング未経験から独自の連携システムを構築してしまうほどの情熱と行動力には圧倒された。AI搭載ロボットで薬剤師の役割を「対物」から「対人」へと再定義し、日本発の課題解決モデルをアジアへ広げる同社の取り組みは、今後の医療社会に確かな変化をもたらすだろう。

渡部正之/1977年、兵庫県神戸市出身。2003年、薬学部を卒業後、製薬会社・病院・調剤薬局で勤務。2011年、メディカルユアーズ創業、調剤薬局経営に従事。2018年、ベクトン・ディッキンソン社と調剤ロボット「BD Rowa」の日本仕様ソフトを共同開発。2023年、GPI社のAI搭載型調剤ロボット「リードル・ファシス」の日本仕様ソフトを開発し、株式会社メディカルユアーズロボティクスを創業。著書に『ロボット薬局』がある。