※本ページ内の情報は2026年8月時点のものです。

岐阜県を拠点に、医療用シミュレータやヘルスケア商品、ロボット部品など「超柔軟ゲル素材」を用いた独自のものづくりを展開する株式会社タナック。前職の商社営業を経て、平社員から家業に入り、代表取締役社長に就任した棚橋一将氏は、徹底したエビデンスと他社が真似できない技術力でブルーオーシャンを開拓してきた。「株式会社タナックは"感動"を大切にします。」という社是のもと、売上高100億円、そして世界を見据える同氏に、ものづくりへの熱い思いと今後の展望をうかがった。

営業の「大変さと大切さ」を学んだ商社時代と平社員からの再出発

ーーまずは、これまでのご経歴からお聞かせいただけますか。

棚橋一将:
大学卒業後、人とのコミュニケーションが好きで、自分の得意分野を活かせる商社営業を志しました。その中でも、国内のみならず海外にも拠点を持ち、グローバルに事業を展開している点に魅力を感じて前職の東和電気株式会社に入社しました。幅広く大きな市場を狙う環境に身を置き、大手自動車メーカーや家電メーカーへの部品納入などを担当しました。商社の営業を通じて学んだ仕事の本質は、単に受注して終わりではなく、品質や納期を守り続け、継続的に注文をいただけるようにする日々の対応の大変さと大切さです。品質不良などの問題が起きた際に、すぐに対応し的確かつ誠実に対処するという姿勢は、現在の私のベースにもなっています。

ーーその後、貴社へ入社された経緯を教えてください。

棚橋一将:
自身の結婚や子どもの誕生を機に、今後の人生について考えたことが大きな転機でした。当時のタナックは新工場を立ち上げ、まさに事業を拡大している最中で、営業人員が不足していました。何より、会社が手がけている事業内容が非常に面白く、「大きな可能性がある」と強く感じ、入社を決意しました。

入社にあたっては、「いきなり役員になるのはやめたい」と伝え、一人の営業担当からスタートしました。現場の最前線から主任、係長と一つずつ役職を上げ、一歩ずつ実績を積み重ねる道を選びました。社長に就任した今でも、大切な商談や新規のお客さまのもとへは自ら足を運んでおり、私にとって営業はもはやライフワークとなっています。

大手には真似できない技術でブルーオーシャンを開拓

ーー改めて、現在の事業内容と、貴社ならではの強みを教えてください。

棚橋一将:
弊社は、主に4つの分野で事業を展開しています。1つ目は医療分野です。皮膚や臓器、血管、骨など人体のパーツをそっくりに模した医療用シミュレータや、内視鏡・超音波エコーの部品を作っています。特に、これまで欧米製が主流だった骨のシミュレータにおいて、アジア人の骨格特性に合わせた、やや柔らかく脆性を再現した骨「タナックボーン」を開発しました。

2つ目はヘルス&ビューティー分野です。自社ブランド「テンダーセンス」を展開しており、骨盤ベルトや美容マスクなどを手掛けています。中でも「人工筋肉ひざサポーター」は、口コミで大きく広がり楽天で1位を獲得し、弊社の主力商品に成長しました。

3つ目はロボット・航空宇宙分野です。ロボットが物を掴むためのハンド部分のグローブや、筋電義手の皮膚部分、さらにはヒューマノイドロボットの顔や肘のパーツなどを製造しています。また、国産ロケットの先端部分に使われる断熱材(シリコーン)の供給や、ベンチャー企業と組んだ人工衛星関連の試作にも携わっています。

4つ目は材料分野です。独自の「超柔軟ゲル素材」として、熱可塑性エラストマーの「クリスタルゲル」、シリコーンの「タフシロン」、ウレタンの「メディピュール」という3つのオリジナル素材を開発し、すべて商標登録を行って販売しております。

私たちの最大の強みは、大学や病院との共同研究による基礎研究と、測定機器を用いたエビデンスの取得にあります。中小企業としては珍しいほど経営資源を投下し、東京大学や岐阜大学といった専門機関との「医工連携」を深化させてきました。柔らかさは感覚的に語られがちですが、私たちは測定機器を用いて柔らかさを数値化し、再現性のある技術として提供しています。たとえば医療用シミュレータの開発では、医師の意見を聞きながら、実際の臓器や骨の感触を再現しています。こうした確かな裏付けのあるものづくりは、医療業界から圧倒的な信頼を得ています。広告宣伝や飛び込み営業を一切行わなくても、ホームページを通じて継続的に全国から多数のお問い合わせをいただいています。

ーー製造現場において、大切にされていることは何ですか。

棚橋一将:
現在、注力テーマとして掲げているのは、新素材の開発やブランド・マーケティング戦略などを通じて自社商品を増やしていくこと、そして工場の稼働率を上げ、生産効率を向上させるためのDX推進です。

一方で、柔らかい素材は機械から取り出す時に伸びてしまうなど、ロボットによる完全な自動化・量産化が非常に困難です。どうしても人の手が必要になるのですが、私たちはそれをあえて「強み」だと捉えています。誰でもつくれるような簡単な形状のものは、大手がロボットで量産できてしまい、最終的には激しいコスト勝負に陥ってしまいます。だからこそ、私たちは他社や大手にも真似できない「タナックにしかできない仕事」に特化し、競合のいないブルーオーシャンを開拓して事業を伸ばしていく戦略をとっています。

若手と共につくる未来と世界を見据えた「売上高100億円宣言」

ーー今後の組織づくりや採用について、どのようなお考えをお持ちですか。

棚橋一将:
常務時代には、人事評価制度の整備や厚生労働省が認定するホワイトマークの取得など、人事関連を含めた社内環境の整備に注力してきました。現在は「みんなで会社を大きくしよう」というスタンスで、若手社員も交えて中長期経営計画を策定していますが、それは、全社一丸となって経営に携わってもらいたいと考えているからです。採用においては、スキル以上に人柄を重視しています。ただ売れるからつくるのではなく、「社会の役に立つものをつくりたい」という志を持った方にぜひ来ていただきたいです。

ーー最後に、今後の展望をお話しいただけますか。

棚橋一将:
社長就任時に強く感じたのは、優秀な従業員とお客様が私たちの最大の財産であるということです。そして、私たちが手がける製品は、医療現場のミスを防ぐシミュレータなど、社会の役に立つものであるという自負があります。これまで築き上げたこの価値をしっかりと引き継ぎ、「岐阜のタナックは本当に社会の役に立つ会社だ」と皆様に思っていただけるよう、強い決意を持って歩んでいく考えです。創業者の言葉である「株式会社タナックは"感動"を大切にします。」という社是を引き継ぎ、製品の品質や対応力を極め、感動を生み出すオンリーワンの製品をつくる企業を目指します。

現在、売上高の99%は国内ですが、弊社の商品は海外でも通用するという自負があります。たとえば、アジア人の体格・骨格に合わせた模擬骨「タナックボーン」などは、東南アジア等でも確実なニーズがあるはずです。今後はアジアを中心に海外展開を進め、社会に貢献できる商品を岐阜から世界へ届けていきたいと考えています。

私たちが目指しているのは単なる規模の拡大ではありません。タナックの技術で医療や介護、ロボット産業の発展に貢献し、より多くの人々の暮らしを支えることです。その結果として、現在の売上高15億円から大きく飛躍し、ゆくゆくは売上高100億円の実現を目指しています。

編集後記

「誰でもつくれるものはつくらない」。棚橋氏のその言葉には、ものづくり企業としての確固たるプライドと、コスト競争から脱却するしたたかな戦略が込められていた。量産が難しいとされる「柔らかい素材」に特化し、あえて人の手を介すことで独自の価値を創出する。その非効率さの中にこそ、他社が追随できないブルーオーシャンが広がっているのだ。若手社員と共に経営計画を練り上げ、岐阜から世界、さらに売上高100億円へと視座を高く持つ同社の挑戦は、日本の製造業に新たな希望の光を提示している。

棚橋一将/1981年岐阜県生まれ。中京大学卒業。2004年、東和電気株式会社へ入社。2010年に株式会社タナックへ入社。2025年8月に同社代表取締役社長に就任。中学校PTA会長、少年団指導者等、地域の教育活動にも注力している。