※本ページ内の情報は2026年7月時点のものです。

大阪の下町で育ち、中小企業の商売のメカニズムに興味を持った松田啓司氏。銀行員としてキャリアをスタートさせるも、「お客様のため」という本質を求めてコンビニエンスストアの本部へと活躍の場を移した。その後、独立して複数店舗を経営するオーナーとなる。従業員の自主性を引き出し、次々と新しい取り組みに挑戦する松田氏の経営手法と、地元地域への深い思いに迫った。

中小企業のメカニズムへの興味と「お客様のため」を求めた決断

ーーまずは、キャリアの原点を教えてください。

松田啓司:
私は大阪の下町で育ち、幼い頃は近所の自転車屋や帽子屋などの小さな店の人たちとよく話をしていました。その中で「どのように利益を出し、生活できているのだろうか」と子ども心に純粋な疑問を抱いていたのです。そんな商売のメカニズムを解明したくて、大学は経営学部へ進学。そして卒業後は、資金面から中小企業を支援して経済が回る仕組みを知りたいと考え、銀行に就職しました。

ーー銀行に入行後は、どのような日々を送られたのでしょうか。

松田啓司:
私が入行したのは、ちょうどバブル崩壊の直後でした。その影響で金利や不動産価格が下落し、担保が不足したお客様に追加担保を求めざるを得ないなど、現場は過酷な状況に置かれており、「中小企業を助けたい」との思いとは裏腹に、組織の論理を優先せざるを得ない現実に大きなジレンマを感じていました。それでもお客様の負担を少しでも軽くしようと借り換えなどを提案しましたが、当時の組織の方針とは合致しなかったのです。

本来はお客様を助けるべき存在であるはずなのに、本質からずれているのではないか。その疑問を拭えず、退職を決意しました。そして、相手の役に立ちたいとの初志を貫くため、フランチャイズ店舗のオーナーという“中小企業”を直接支援できる、コンビニエンスストアの本部へと歩みを進めたのです。

「当たり前を当たり前に」 従業員の自主性を引き出す店舗運営

ーー独立を果たされた現在、複数店舗を運営する秘訣を教えてください。

松田啓司:
従業員が自主的に店舗運営できる環境をつくることです。1店舗なら自ら現場に入って回すことも可能ですが、複数店舗となるとそうはいきません。よく「3店舗の壁」といわれますが、店長や従業員が自分で判断できる環境をつくらなければ、経営は成り立ちません。そのためには、ある程度権限を委譲し、アルバイトの方にも裁量権を持たせることが非常に重要です。

ーー従業員の自主性を引き出すために、どのような工夫をされていますか。

松田啓司:
たとえば、清掃や品出しなどのエリアをあえて担当制にし、綺麗にできたらしっかり褒めるように心がけています。弊社は外国人の従業員も多いのですが、褒められると本当に喜んで意欲的になってくれるんです。仕事に慣れてくると「ここもやっておきました」と自発的な行動が増えるため、その段階で発注や売り場づくりといった一段上の業務を任せます。

「この新商品を並べてみたい」「手作りのポップをつけたい」といった提案を柔軟に受け入れることで彼らのモチベーションはさらに上昇し、自身のアイデアが地区の売上トップという客観的な成果につながれば、それが最高の成功体験になります。上からの指示を待つのではなく、現場からボトムアップで次々とアイデアが生まれる環境こそが、私たちの強みと言えます。

ーー店舗運営において、最も重視されていることは何ですか。

松田啓司:
「当たり前のことを当たり前に実行する」という基本の徹底です。これが店舗の強固な土台となるからです。たとえば、売り場を整えることにとどまらず、床をきれいに磨き上げることも、重要な基本として徹底してきました。かつては定期的にワックスを塗り、ポリッシャーを使って床を光らせるなど、店内の美しさに徹底してこだわっていたのです。

立地が良くて売上高が高い店舗は、売り場が多少乱れていてもお客様が来てくれます。しかしそれに甘えていると、新たな競合が現れたときに苦境に立たされてしまうでしょう。本部が設定している基本商品の導入基準をしっかりと満たし、店内の清潔さを維持することなど、当たり前を疎かにしない姿勢が大切です。揺るぎない土台があった上で、観光地に近い店舗ではお土産物を扱うなど、それぞれの特色を出していくことが重要だと考えています。

「やってみないと分からない」 新施策への積極的な挑戦

ーー新設備やサービスが次々と導入される中で、貴社はどのように対応しているのですか。

松田啓司:
本部から新しいサービスのテスト販売や先行販売の打診が来た際は、真っ先に手を挙げるようにしています。現在では業務用の端末で出退勤から検品、発注まで完結し、シフト作成のデジタル化も進みました。

新しい取り組みには負担も伴いますが、「やってみないとわからない」というのが私の基本的な考え方であり、始める前から「人手が足りない」「面倒だ」と避けていては、事業の広がりがありません。たとえば、携帯端末で揚げ物商品を注文できるシステムや、店舗での荷物預かりサービスなども積極的に導入しました。日頃から新しいことに挑戦して、従業員も対応に慣れておく。そうすることで大きなキャンペーンが実施されたときにも現場が混乱せずスムーズに対応でき、それが結果的に大きな売上高増につながるのです。

負けず嫌いを原動力に地域にとってなくてはならない存在へ

ーーさまざまな苦労を乗り越えてこられた原動力は何でしょうか。

松田啓司:
根本にあるのは「負けず嫌い」な性格です。現場の店長や1店舗のオーナーという立場では、意見を発信してもなかなか周囲に届きません。さまざまな悔しい思いを経験する中で、自らが影響力を持たなければ何も変えられないと痛感しました。複数店舗を展開して声を届けやすくすることが、ひいては従業員を守ることにもつながります。

そして何より、地元の皆様に頼りにされる店をつくりたいという思いがあります。東日本大震災のときには物流が滞る中、優先的に水や粉ミルクを確保して地域の方々に提供しました。当時小さかった子どもたちが今では中高生へと成長しており、店で見かけるたびに、まるで親心のような温かい気持ちで見守っています。「ここが開いていて良かった」と言ってもらえる、地元の人にとってなくてはならない存在になることが一番の目標です。

ーー最後に、今後のビジョンについてお聞かせください。

松田啓司:
各店舗が単独でも戦えるような強固な組織をつくることです。現在、弊社は4店舗を運営していますが、今後さらなる成長に向けて5店舗目の出店を目指し、邁進中です。しかし、将来何が起こるかわからない厳しい環境で生き残るためには、自ら考え行動できる人材を育て続けることが私の仕事です。常に「いつ競合に負けてもおかしくない」という危機感を持ち、新しいことに挑戦し続ける。その姿勢を崩さず、地域に愛される店をこれからもつくっていきたいと考えています。

編集後記

「やってみないとわからない」と語る松田啓司氏の言葉の裏には、これまでに経験してきたであろう幾多の悔しさがあった。そこから這い上がってきた強靭な精神力もあった。効率化やデジタル化が進む業界において、従業員の意欲を高め、地域住民との温かい関係性を築き上げる。人間味のあるマネジメント力こそが、同氏が率いる店舗の最大の武器なのだろう。環境の変化を恐れず挑戦を続けるその姿勢から、今後も目が離せない。

松田啓司/1969年、大阪府生まれ。立命館大学経営学部卒業。紀陽銀行に入行し、融資課を1年、営業を3年経験。その後、株式会社セブン‐イレブン・ジャパンへ転職し、直営店勤務を1年、その後店舗指導員を3年経験。その後、父が経営していた株式会社ウオンズえんどうへ入り、店長として17年間現場に立ち続ける。2017年に父から事業承継し、代表取締役に就任。