
日本航空で国内線事業の統括や地域事業本部の立ち上げを牽引し、その後、株式会社ジェイエアの社長を経て、株式会社フジドリームエアラインズの代表取締役社長に就任した本田俊介氏。同氏は今、同社が掲げる「地参地翔」という理念のもと、独自の地方路線戦略で新たな航空ビジネスの形を構築している。徹底した顧客視点と地方に寄り添う機動力で、いかに地域の課題を解決するのか。未来の需要をつくり出していく歩みと今後の展望に迫る。
破綻からの再生と「需要をつくる」ゼロイチの挑戦
ーーまずはこれまでのご経歴をお聞かせいただけますか。
本田俊介:
私は1988年に日本エアシステム(現・日本航空)に入社して以来、36年間にわたり航空業界に身を置いてきました。なかでも国内線の路線事業には20年以上携わり、路線の選定や運賃設定など事業全体を統括してきました。その後は日本航空の経営破綻やコロナ禍といった転換期を経験し、収益基盤の再構築や地域需要の創出などに注力しています。
2023年からは、日本航空のグループ会社である株式会社ジェイエア(J-AIR)の社長を務めました。当時はコロナ禍からの回復期で会社の収支が非常に厳しい状況でしたが、営業部門と地域事業のノウハウを融合させて幅広く需要喚起に取り組んだ結果、経営を軌道に乗せることができました。
ーー長きにわたるキャリアの中で最も大きな転機となった出来事は何でしょうか。
本田俊介:
間違いなく日本航空の経営破綻です。当時は国内線の規模を3割、国際線を4割カットしたり、人員も大幅に削減するなど非常に厳しい状況でした。その上で、2年間で再上場を果たすという目標が課せられていたのです。再生計画に沿っていかに収入を上げるか必死でした。いかにお客様から選んでいただけるかという、まさに生き残りをかけた日々でした。
その再生のプロセスで、破綻直後に会長として就任された稲盛和夫氏の姿を間近で見たことが、私の経営者としてのあり方を決定づけました。当時78歳というご年齢にもかかわらず、週5日、朝8時から夜10時までびっしりとスケジュールをこなし、「自分がボトルネックになりたくない」と陣頭指揮を執る圧倒的な姿勢、そして何より社員を心から愛する姿に強い衝撃を受けました。真のリーダーとはどうあるべきか、その背中から強烈に学んだ時期でした。
ーーそのような厳しい環境下で具体的にどのような対策を講じたのですか。
本田俊介:
まずは徹底した顧客視点に立ち返り、基本サービスを見直すことから始めました。以前に起きた安全問題などの背景もあり、お客様からの信頼が大きく揺らいでいたからです。根本的な信頼回復なしに施策を打っても、お客様は戻りません。そこで、機内の清掃状況から接客態度に至るまで、お客様の声を一つひとつ拾い上げて改善していきました。価値を上げて基本品質を高めることが再生の第一歩でしたね。
ーー品質の改善後はどのような施策を講じたのですか。
本田俊介:
ある程度結果が出た段階で、今度は先回りした攻めの投資を考えました。その先駆けとなったのが、国内線での無料Wi-Fi導入です。さらに需要と供給のバランスを見極めて収入を最大化する仕組みを強化しました。これはいわゆる「レベニューマネージメント」と呼ばれる手法です。また当時別々に管理していた国内線と国際線の仕組みを統合し、人口が減少する中で、海外の人々にも日本の地域へ足を運んでもらうための仕組みづくりをしました。
その後はコロナ禍の2020年11月に「地域事業本部」が立ち上がり、本部長となりました。海外の人が日本の地域へ行ける仕組みはできましたが、明確な理由がなければ人は動きません。航空会社は人を運ぶだけでなく、需要をゼロからつくり出す必要があります。約1,000人の客室乗務員を各都道府県に派遣し、地域の皆さんと一緒に名産品をつくるといった新しい挑戦を始めたのです。このゼロからイチをつくり出した経験が、現在の私の大きな土台になっています。
恩義あるFDAへ 「地参地翔」の理念と稲盛哲学の実践

ーー貴社の社長に就任された経緯についてお聞かせください。
本田俊介:
株式会社ジェイエアで社長として組織を立て直した後、FDA(フジドリームエアラインズ)からお声がけをいただきました。外からの目線で見ていた当時は、ローカル路線を結ぶビジネスモデルが、コロナ禍や急激な円安によるコスト増で収益面において苦しい状況にあると理解していました。
それでも決断した理由は、同社が掲げる「地参地翔(地域に参加し、地域とともに羽ばたく)」という理念への深い共感と、かつての恩義です。この理念は私の航空ビジネスにおける軸と完全に一致するものでした。また、日本航空が破綻した際、収益性の問題から愛知県の名古屋小牧空港や長野県の松本空港から撤退せざるを得ず、地域に多大な影響を与えてしまうと非常に悩んでいた時期があり、そのときに「私たちが後を継いで飛びます」と手を挙げてくださったのがFDAの鈴木会長だったのです。当時は本当に助けられました。
そのため、「コロナ後の経営を軌道に乗せたい」とお話をいただいたとき、かつて窮地を救っていただいたご恩に報いたいと考えました。今度は私がこれまでの経験を生かして力を振るう番だ、会長の想いを具現化していこうと思い、昨年の6月に移籍しました。
ーー貴社を牽引する立場として、今最も大切にされている指針は何ですか。
本田俊介:
先ほどお話しした稲盛氏から授かった哲学、「全社員の物心両面の幸福を追求する」という教えです。これこそが私の経営の拠り所です。日本航空の破綻当時、この言葉を掲げた稲盛氏に対して「破綻企業の社員が自分たちの幸福を求めていいのか」という批判もありました。しかし稲盛氏は、「それこそが経営の要諦(本質)なのだ」とはっきりと仰いました。社員が幸せを感じて生き生きと働いてこそ、心からの素晴らしいサービスが生まれ、お客様に選ばれるようになり、結果として会社の利益が上がってみんなが豊かになる。つまり、社員の喜びを目指すことが、お客様の喜び、そして会社の持続的な成長へと直結しているのです。
これは、赤字なのに形だけで給料を上げるという意味ではありません。全員が一丸となって正当な利益を出し、社員の生活、さらにはその後ろにいる家族も含めて全員を豊かにしていく「大家族主義」の精神です。この原点を大切にしながら、全社員が物心ともに幸せになれる会社作りを一番に考えて舵取りを行っています。
地方に徹底的に寄り添う機動力と独自の取り組み
ーー改めて、貴社ならではの特徴や強みはどこにあるとお考えでしょうか。
本田俊介:
徹底的に地方に寄り添う姿勢と、ローカル路線を中心とした独自のネットワーク構築です。機体にも15色のマルチカラーコンセプトを取り入れ、地域ごとの特色に合わせて展開しています。地域の自治体や皆様が抱える課題に対し、小回り良く耳を傾け、フットワークが軽く細やかなニーズにお応えしていく存在でありたいと考えています。
また、ビジネスモデルの面では「路線の構造改革」と「ゲートウェイ戦略」が大きな強みです。弊社では収益状況に応じて路線の組み換えや期間運航への切り替えといった構造改革を果敢に進めています。その一環として、大手が撤退せざるを得なくなった路線を引き継ぎ、私たちの手で復活させて利益を出す取り組みを行っています。
具体的には、JALが撤退した福岡発着の東北線や札幌線、あるいはANAが撤退した中部〜熊本線など、もともと一定の需要がある路線です。大手航空会社の中大型機では採算が合わなくても、弊社の70〜80席クラスの小型ジェット機を機動的に活用すれば、地方の需要規模にマッチした効率的な運航が可能になります。このように、大手が手を引いた路線を私たちが引き継いで運航することで、地域経済の足を維持しながら、しっかりと利益を出せる構造をつくっています。
さらに、単なるローカル路線にとどまらず、名古屋(小牧)や福岡といった海外との玄関口となる空港を拠点とすることで、国内需要だけでなく訪日外国人のお客様を地方へ送客する仕組みも整えています。加えて、日本航空との共同運航(コードシェア)において座席数の制限をなくす「フリーフロー」を導入するなど、機会損失を防ぎ収益を最大化する工夫も重ねています。
ーー機内サービスや運賃においてはどのような差別化を図っていますか。
本田俊介:
お客様に心から喜んでいただけるよう、機内では地元メーカーが製造する日持ちの良いパンや、有名店のお菓子を提供しています。加えて、老舗のお茶や地元のコーヒーなどもご用意しました。単に飲み物をお出しするのではなく、地方にこだわった名産品を楽しんでいただくための工夫です。
また、運賃面でもFDAメンバーズ(年会費無料)の会員限定で誕生月にお得にご利用いただけるプランを設定いたしました。20代の若年層やシニア層向けの割引も展開しており、お客様との距離をより身近に感じていただける施策を整えています。
ーーチャーター便の取り組みについても教えていただけますか。
本田俊介:
定期便が就航していない場所であってもチャーター便を飛ばし、新たな需要の創出に取り組んでいます。一例として、富士山の近く、高度5000メートル付近を飛行し、間近で富士山を感じていただける「富士山遊覧飛行」が挙げられます。さらに、稚内や利尻島など、通常であれば乗り継ぎを含めて8時間ほどかかる道のりを、直行便により2時間弱で結ぶ試みも展開中です。移動時間を劇的に短縮することで、現地でしか味わえない価値ある体験をお届けし、より多くの方に地域へ足を運んでいただくためのきっかけづくりを推進しています。
コスト高に打ち勝つ規模拡大と組織の構造改革

ーー5年後や10年後に会社をどのように成長させていきたいとお考えでしょうか。
本田俊介:
まずは企業理念に準じた路線の拡大、運航、サービス品質の向上と、これを支えるDX、AIの浸透です。お客様の利便性を上げると共に、整備費や人件費のコスト増などに対抗するためには必要だと考えています。具体的には既存の需要がある、または季節により需要開拓が見込まれる路線等へ参入し、利用者の拡大を図っています。また、海外との玄関口に路線をつないで訪日外国人のお客様を地方へ送客する仕組みもさらに強化していく考えです。さらにはカスタマーエクスペリエンスの強化にも力を入れ、顧客視点に立った高品質なサービスを提供していきます。
ーー規模拡大に向けて組織づくりにはどのように取り組んでいますか。
本田俊介:
組織の基礎の部分になりますが、鈴与グループには「共生(ともいき)の精神と個の社員の成長」という素晴らしい理念があり、幹部の育成と従業員の働きがい向上に注力しています。私自身がマネジメント層へ直接教育を行って自らの考え方を伝えるとともに、現在は全社員の行動指針となるFDAフィロソフィを有志で作成してもらっているところです。会社からの押し付けではなく、自分たちで必要な考えを言葉にしていくことで、社内の方向性やベクトルが自然と合致していくと考えています。良好なコミュニケーションによってお互いの信頼関係や思いやりが醸成されることは、絶対的な基盤である安全運航を守るうえでも欠かせない要素となるのです。そして自分で考え、チャレンジし、行動する人財を一人でも多く増やしていくことで、仕事の質、サービスの向上、新たなビジネスチャンスを広げていきたいと考えています。
ーーシステム化などの業務効率化を図った施策は推進されているのでしょうか。
本田俊介:
収益向上のため、徹底した効率化を進めていきます。まずは営業面での収益管理ツールや、乗務員のスケジュール作成など各部署の作業をシステム化していきたいと思います。その上でAIを活用して定型業務を自動化することで、人間はより創造的な仕事に集中できます。人員規模を無闇に増やさず、効率よく収益を上げるモデルへと構造改革を進めています。
問題ではなく「解決すべき課題」として未来へ挑む
ーー最後に読者へ向けたメッセージをお願いします。
本田俊介:
先ほども話しましたが、弊社には「地参地翔(地域に参加し、地域と共に羽ばたく)」という大切な理念があります。今、地方の人口減少という現実がありますが、これは我々の航空業界や特定の地方だけの話ではなく、日本全体が向き合うべき大きな課題です。
この大きな課題を解決していくために、これからを担う若い皆さんには、「自分の能力は未来進行形で進化する」と考えていただきたいですね。目の前に壁が現れたとき、私たちはよく「こんな問題が起きたから無理だ、できない」と思ってしまいがちです。しかし、それを単なる「問題」として捉えるのではなく、「解決すべき課題」と読み換えてみてください。そうすることで、「じゃあどうやって解決しようか」と、そこに向かってチャレンジする意欲が湧いてくるはずです。これは一緒に経営学を学ぶ先輩からの教えです。
世のため人のために、ご自身の進化する能力を信じて、ぜひ色々なところに挑戦し続けてください。我々は地域のためにそれを実行していきますが、願わくば、同じ志を持って、私たちと一緒に地域事業や地域の活性化に取り組む若き仲間が増えることを期待しています。
編集後記
日本航空の経営破綻という厳しい状況から品質向上と攻めの投資で組織の立て直しに尽力した本田氏。その経験の根底には稲盛和夫氏から学んだ「社員の幸福」を第一とする揺るぎない信念がある。かつて自社の路線網維持に協力してくれたFDAへの恩返しとして、現在は自身が先頭に立ち、独自のチャーター便や送客戦略で地方に新たな風を吹き込んでいる。地域に寄り添う小回りの良さとAIを見据えた最先端の効率化。この両輪で地方創生という課題にどう立ち向かっていくのか、同社の飽くなき挑戦はこれからも続くことだろう。

本田俊介/1965年、熊本県生まれ。青山学院大学卒業。1988年に株式会社日本エアシステム(現・日本航空株式会社)に入社し、執行役員 路線統括部国内路線事業本部長、地域本部長を経て、2023年に株式会社ジェイエア代表取締役社長に就任。その後2025年6月に株式会社フジドリームエアラインズ代表取締役に就任。日本航空時代から国内路線を中心に業務に携わる。