
1990年代のデジタル黎明期から業界に身を置き、多様なブランドや金融機関のクリエイティブ制作を牽引してきたのが、あめとつち株式会社の代表取締役、龍輪誠氏だ。現在彼が率いるのは、プロジェクトごとに最適なチームを編成し、企業の課題解決を支援する独自の組織体制。あえて大規模案件中心のキャリアから軸足を移し、スタートアップや中小企業、大学・医療機関まで幅広い領域のブランド構築を支援している。経営者との対話を通じて課題や構想を整理し、事業やブランドとして形にしていく。その独自の支援スタイルについて話を聞いた。
電気工事士からクリエイティブの最前線へ
ーーまずは、これまでのキャリアについてお聞かせいただけますか。
龍輪誠:
高校卒業後は電気工事士としてキャリアをスタートしました。当時は、デジタルデザインが普及し始めた1990年代でした。一方で、私はDJとして活動する傍ら、グラフィック制作やイベント運営にも携わっており、フライヤーやポスター、映像制作などを仕事として手がけていました。現在のクリエイティブ活動の原点は、その頃の現場経験にあります。
その後、デザインを評価いただいたことがきっかけで、インテリアデザインの会社から声をかけていただき、店舗デザインやグラフィックデザインなど幅広い実務を経験しました。以降はアパレルや美容、エンターテインメント業界でブランドやプロモーションに携わり、広告代理店でのマネジメント業務も経験しました。その後独立し、メガバンクをはじめとする金融機関のクリエイティブ上流工程やブランド開発に10年ほど従事しました。
40歳を前に、社会における自分の役割を改めて考えるようになりました。その中で、より経営者の意思決定に近い立場で支援したいと思うようになったのです。
ーー大規模な案件から離れようと決断されたのは、どのような理由からですか。
龍輪誠:
出来上がった組織の中で細分化された役割を担うより、ブランドを確立していく段階の企業と一緒に汗をかきたいと考えたからです。ともに成長していく方が、私には合っていると感じました。大規模なプロジェクトは細かく分業化されており、経営層から現場へと指示が降りる過程で多くの人が関わります。意思決定にも膨大な時間がかかるのです。
最初は尖っていた面白い企画も、各所の調整を経るうちに丸く無難なものになってしまう。この状況に強い違和感を覚えていました。一方で、中小企業や立ち上げ期のスタートアップ支援では社長と直接対話ができます。決断も早く、ダイレクトに熱量を感じられるのです。私は20代の頃、まだ無名だったブランドが急成長していく過程をいくつも支援してきました。その経験を活かして、これから成長していく企業とともに歩んでいきたいと考えたのです。
経営支援から制作物の完成まで 成長段階に合わせた支援

ーー現在、貴社ではどのような支援を展開されているのでしょうか。
龍輪誠:
私たちは単に依頼されたデザインを制作するだけではありません。経営者や経営陣との対話を通じて、まずは事業やブランドの課題を整理するところから始まります。中小企業やスタートアップの多くは、「何に投資すべきか」「何を優先すべきか」といった悩みを抱えています。そのため、まずは事業戦略やマーケティング戦略から一緒に考え、具体的な形へと落とし込んでいくのです。
また、私たちはあらかじめ決まったプランや体制を当てはめることはしません。プロジェクトごとに最適な専任チームを編成し、企業の成長段階や課題に応じた支援を行っています。経営、ブランド、マーケティング、クリエイティブを横断しながら、その企業にとって本当に必要な施策を設計できることが強みだと考えています。
ーー従業員を抱えない組織形態にしている狙いは何でしょうか。
龍輪誠:
「組織のしがらみ」をなくし、最適なチームを編成し、出口戦略を描くためです。たとえば、大手に依頼した場合は、すでに社内にいるクリエイターやプランナーがアサインされ、あらかじめ用意されたメディアや手法を前提に、提案が組み立てられるケースも少なくありません。しかし、スタートアップや中小企業が抱える課題は千差万別であり、解決のために必要な専門スキルもプロジェクトごとに全く異なります。だからこそ、私たちは社内に固定の従業員を持たない道を選びました。
企業の課題に対して常にフラットな視点を持ち、課題に応じて必要な専門性を組み合わせ、プロジェクトごとに最適な体制を構築できるのです。無駄なコストを抑えつつ、最高品質のアウトプットをスピーディーに提供し続ける。この体制が、私たちの支援を支える重要な土台となっています。
経営者の構想を整理し 事業やブランドへと形にする
ーー今後、どのような企業とともにビジネスを展開していきたいとお考えでしょうか。
龍輪誠:
これから新しい価値を生み出そうとしている企業や経営者とご一緒したいと考えています。最近は若い経営者からのご相談が増える一方で、事業承継やリブランディングのご相談も多くいただいています。お話を伺う中で感じるのは、多くの経営者が事業の成長だけでなく、その先にある社会的な価値や意義についても真剣に考えているということです。たとえば、「医療や福祉の課題を解決したい」「業界の当たり前を変えたい」といった強い意思や構想を持っている方が多いと感じています。
しかし、素晴らしい構想があっても、具体的な形に落とし込む段階でつまずく事例が少なくありません。だからこそ私たちが裏方となり、戦略づくりから実行までを愚直に支援していきたいと考えています。
私はデザイナーですが、実際にはロゴやWebサイトの制作相談よりも、「自社の強みをどう整理すればいいのか」「次に何へ投資すべきか」「これからどの方向を目指すべきか」といった経営相談に近い内容をいただくことも少なくありません。
新規事業やリブランディングなど、経営の転換点では多くの意思決定が求められます。そうしたタイミングで経営者と対話を重ねながら課題や方向性を整理し、それを事業やブランドとして具体的な形にしていくことが、私自身が最も価値を発揮できる領域だと思っています。
編集後記
「デザイン会社という枠には当てはまらない」。龍輪氏の話を聞いて深く納得した。取材を通じて印象的だったのは、デザインの話以上に経営者との対話や意思決定の話が多かったことだ。制作物の依頼であっても、その背景には事業課題や組織課題が存在する。事業や組織が抱える本質的な課題を見極めようとする姿勢が、今回のインタビューを通じて強く伝わってきた。経営とブランド、戦略とクリエイティブ。その間にある距離を埋めながら企業の成長を支援することが、あめとつち株式会社の大きな特徴なのかもしれない。

龍輪誠/東京都生まれ。1996年よりアパレル、美容、コスメ、エンターテインメントなど幅広い領域のブランド支援に従事。広告代理店や金融機関のクリエイティブ上流工程を経て、現在は大学や医療機関を含む多様な業種のブランド構築を支援。経営者との対話を通じた課題整理と方向性の設計を強みとし、新規事業やリブランディングなど、構想はあるが形にする方法が見えていない段階からのブランド構築を得意としている。