※本ページ内の情報は2026年7月時点のものです。

100円ショップ「Watts(ワッツ)」を展開し、業界4位の売上高規模を誇る株式会社ワッツ。同社を率いる平岡史生氏は、早稲田大学を卒業後、12年間にわたり教壇に立っていた異色の経歴を持つ。豊富な資金力を持つ大手が市場を席巻する中、同社はなぜ直接対決を避け、独自の「小型店舗・委託販売」という生存戦略を見出すことができたのか。海外市場での苦戦と光明、次世代に向けたデジタル化推進や新たな人事制度に至るまで、同社が描く未来のビジョンについて同氏に話を聞いた。

教員から上場を目指すベンチャーへ30代で下した異例の決断

ーー社会人としてのキャリアは、どのようにスタートされたのでしょうか。

平岡史生:
早稲田大学の教育学部を卒業後、12年間にわたり中学校と高校で日本史を教えていました。もともと歴史が好きで考古学者になりたかったのですが、生活を成り立たせるのが難しいという現実に行き当たったのです。そこで、得意な分野を生かしつつ自立できる道として、社会科の教員を選択しました。

授業では単なる日本史の知識にとどまらず、歴史を通して「人はいかに生きるべきか」を伝えることに情熱を注ぐ毎日でした。社会科は教科書を読めばある程度テストの点が取れるため、生徒にとっては休息の時間になりがちかもしれません。そうした生徒たちを私の授業に集中させるということに、非常にやりがいを感じていました。

ーーそこから一転して、ワッツへ入社された経緯をお聞かせください。

平岡史生:
結婚相手の父親が創業した会社が順調に成長しており、当時の幹部から「会社を上場させるから来ないか」と誘われたことが直接のきっかけです。教員の仕事は好きでしたが、この先20年以上も当時と同じ熱量を維持して働き続けられるだろうかと、ふと葛藤を抱くタイミングでもありました。そんな時に「会社の上場」という、なかなか経験できない目標を聞き、純粋に面白そうだと心が動いたのです。自分が面白いと感じるうちに新しい環境へ飛び込むべきだと考え、30代でビジネスの世界へ進む決断をしました。

競合と戦わない「持たざる」から生まれた小型・委託販売戦略

ーー入社当時の100円ショップ業界はどのような状況でしたか。

平岡史生:
私が入社した90年代後半は、ちょうど100円ショップが急激に伸び始めた時期でした。先行する大手が、圧倒的なアイテム数で巨大な店舗をどんどん作り、市場をけん引していました。しかし、当時の私たちには大きな倉庫や大量の在庫を持つ資金力がありませんでした。そのため、大型化競争を避け、50坪から80坪、現在では30坪ほどの「小型店舗」に注力する道へ舵を切りました。

ーー資金力がない中で、どのように利益を確保する仕組みを構築したのですか。

平岡史生:
「委託販売」という仕組みを構築しました。スーパーマーケットやドラッグストアなどのスペースを借りて商品を陳列し、レジ打ちや売上高管理は貸主である店舗側にお任せして、売り上げの一部を手数料として支払う手法です。私たちの負担はパート従業員による発注と品出しのみとなるため、運営コストを極めて低く抑えられます。売上高規模が小さくても必ず利益が残るこの仕組みと小型店舗戦略により、大手との正面衝突を避けて独自のポジションを築くことができました。

ーー商品展開において、貴社ならではの強みはどこにありますか。

平岡史生:
もっとも大きな強みは、「生活に寄り添う、実用的な生活雑貨や消耗品」に特に注力し、商品を厳選している点です。大型店舗を展開する他社様がSNSなどで話題になるようなデザイン性や圧倒的な品揃えの豊富さを打ち出す中、私たちはあえて「毎日の暮らしで確実に使うもの」に焦点を当て、実用性を何よりも重視しています。弊社の店舗は小型であるため、お客様がスーパーマーケットなどでの日常のお買い物のついでにサッと立ち寄り、迷うことなく必要なものを手に取れる「買い回りやすさ」が重要だからです。

また、プライベートブランド(PB)商品の開発にも並々ならぬ力を注いでいます。100円という限られた価格設定の中にあっても、「安かろう悪かろう」ではなく、お客様に「この品質で100円なのか」と喜んでいただけるものを目指しています。時には原価が高くなり、私たちの利益が少なくなったとしても、品質には妥協しません。毎日使う消耗品だからこそ、丈夫で使い勝手が良く、お客様にとって本当の意味で「お買い得」だと思える商品を提供し続けることが、結果として店舗への長期的な信頼につながると確信しているのです。

日本の高い品質基準と世界で戦うための次なる一手

ーー現在30カ国以上に進出している海外市場での手応えはいかがですか。

平岡史生:
海外市場では、現地の低価格チェーンとの価格競争や、日用品における日本製品の「過剰品質・割高感」という壁に直面し、非常に厳しい状況にあります。しかし、食品保存容器など衛生面や高い機能性が求められる分野においては日本製品への信頼が厚く、依然として強い支持を得ています。弊社はこの分野での高い需要を勝機と捉え、日本の品質を武器にした新たな商品展開を模索しています。

創業時の思い「食えるようになろう」を次世代へつなぐデジタル化と組織改革

ーー今後の成長に向けた中長期的なビジョンをお聞かせいただけますでしょうか。

平岡史生:
10年先を見据えた中期計画の策定に取り組んでおり、従業員の生産性向上を重視しています。これまで弊社は単年計画が中心でしたが、中長期的な成長を目指す方針に切り替えました。その根底には、創業時の「みんなで飯を食えるようになろう」「上場してうまいものを食おう」という思いがあります。これを実現するため、過去の売れ行きデータから需要シミュレーションを行い、自動発注システムの構築といったデジタル化を急ピッチで進めているのです。

ーー最後に、組織づくりにおける今後の展望と、次世代への思いを教えてください。

平岡史生:
新たな人事評価制度の構築を進めています。従来の能力や結果だけでなく、会社に対する愛着やモチベーションの高さなど、異なる尺度でも従業員を正当に評価し、報酬に反映できる仕組みです。私は現在66歳になりますが、従業員がやりがいを持って働ける組織改革を軌道に乗せ、次世代の後継者へしっかりとバトンを渡していくことが使命だと考えています。今後も社員とともに成長し、さらなる飛躍を目指していきます。

編集後記

制約を逆手に取り、独自の活路を切り開いてきた同社。大手の背中を追うのではなく、戦わない領域を見極める平岡氏の冷静な判断力が、業界4位という確固たる地位を築き上げたのだろう。また、効率化やシステム化を語りながらも、その目的はあくまで「社員への還元」と「誰もが認められる環境づくり」に置かれていた点が非常に印象深い。かつて教壇で生徒と向き合った同氏の温かな視座は、今も経営の根底に息づいていると感じた。

平岡史生/1960年東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒。12年間の教員生活を経て、1998年にワッツ入社。総務課長・エリアサブマネージャーを経て、2001年より経営企画室長となり、株式上場に尽力。2003年3月に代表取締役社長に就任し、小型店舗の多店舗展開による同業他社との差別化戦略により、着実な成長・収益を実現している。