※本ページ内の情報は2026年8月時点のものです。

100年以上の歴史を持ち、京都と大阪を結ぶ大動脈として関西の発展を支えてきた京阪ホールディングス株式会社。鉄道事業を中核としながらも、現在では不動産、流通、レジャー・サービスなど多岐にわたる事業を展開する「まちづくり企業」として独自の立ち位置を確立している。同社はコロナショックという未曾有の危機において徹底したコスト削減と抜本的な構造改革を断行し、わずか1年で黒字化を達成した。京阪電気鉄道の社長としてその陣頭指揮を執り、2025年に京阪ホールディングスの代表取締役社長に就任した平川良浩氏が、これからの時代に見据える展望とは何か。駅員や建設現場での地道な経験から培われた現場感覚と、人口減少社会における真の顧客本位のあり方、そして100年先を見据えたまちづくりの全貌に迫る。

現場での地道な経験が教えてくれた「対話」と「誠実さ」の力

ーーまずは、これまでのご経歴を教えてください。

平川良浩:
早稲田大学の理工学部を卒業後、前身である京阪電気鉄道に入社しました。入社当時は現場の最前線で「商売の基本」を徹底的に学びました。駅員や車掌として研修を受け、朝から夜遅くまで行き交う人々の様子を観察し、世の中で発生するさまざまな現実を肌で感じる日々でしたね。

その後は、建設関係の部署に配属され、設計監督や用地買収、現場管理など工事部門の業務を長く経験しました。当時は人も少なく、若手でもさまざまな仕事を任されていました。現場では、大手ゼネコンではなく職人中心の地場の業者と仕事を共にし、彼らと業務を進める中で、測量から資材の発注まですべて自分が責任を持って手配しなければ現場が回らないと痛感したこともあります。自分が最後の砦となって動く経験を通じて、価格の相場や仕事の段取りなど、外部企業に任せきりでは決して身につかない商売の基本を現場で学びました。

ーー工事部門で従事されていた時に得た学びはなんですか。

平川良浩:
渉外業務を通じて「誠実に向き合う姿勢」と「対話の重要性」を実感しました。施工時には、どんなに小さな工事でも重機の振動などで近隣の方々にご負担をかけてしまうため、一軒一軒ご自宅を訪問して丁寧に説明を行います。当時は騒音や振動への対策が今以上に厳しく求められていた時代でしたし、実際厳しいご意見をいただくことも多々ありました。しかし逃げずに正面から向き合い、「電車を安全に走らせるために必要な工事です」と誠意を持って伝え続けたのです。

また、相手に合わせて「言葉を選ぶ」重要性にも気づきました。ご高齢の方には専門用語を使わずにわかりやすく説明し、専門家の方にはデータを用いて論理的に説明します。相手に合わせて話し方を変え、真摯に向き合う。この現場や渉外活動での経験は、現在の経営や自治体との交渉においても大きな影響を与えてくれました。

近視眼的な経営からの脱却と危機下に1年で達成した黒字化

ーー会社を率いる立場に就いた当時、どのような課題に着目していましたか。

平川良浩:
取締役に就任したときは、中長期的な視点を持った抜本的な事業構造の転換が必要だと考えていました。私が入社した当時はお客さまが増え続ける時代でしたが、目先の対応に終始していることに昔から疑問を抱いていたのです。人口減少を見据えた沿線交通網の構築や事業転換が遅れていました。

また、鉄道のサービスも均一的で、お客さまの本当のニーズに応えきれていません。過剰な接客ではなく、お客さまが真に求めている実質的な価値や選択肢を提供できる鉄道会社にならなければ生き残れないと、強く危機感を抱いていました。

ーー未曾有の危機となったコロナショックでは、どのような陣頭指揮を執られたのでしょうか。

平川良浩:
徹底的なコスト削減です。私は過去にも会社の立て直しに関わった経験があり、以前からどこの駅の電気代がいくらかといった現場のコスト構造がすべて頭に入っていました。コスト削減にあたっては、思い切って振り切ることが重要です。ただし、鉄道のダイヤを見直す中で、単純に本数を減らしてお客さまの利便性を損なうことはしませんでした。

実行したのは、電車の連結車両数を減らすことです。たとえば、8両編成を6両編成に変更する。これにより、需要に見合う運行頻度は極力維持したまま、電気代やレールの摩耗といった運行コストを大幅に削減できました。さらに、駅の無人化も推し進めたり、浮いた人員を清掃業務などに配置転換して外注費を抑えながら雇用を守る工夫も行いました。無人化によって利便性を損なうことがないよう、遠隔でのサポート体制の整備も進めました。こうした緻密かつ大胆な施策を積み上げ、1年で鉄道事業を黒字化させることができたのです。

企業への信頼の源泉となる「基軸のサービス」とは

ーー社長に就任された現在、経営トップとして最も大事にされていることは何ですか。

平川良浩:
「基軸のサービス」の徹底です。事業を行っていると表面的なサービスに走りがちですが、それはお客さまが本当に求めている本質ではありません。鉄道事業における基軸のサービスとは、「お客さまの計画通りに、安全かつ定時に電車を走らせること」に尽きます。約束した時間に必ず目的地にお届けする。この当たり前の約束を守り抜くことこそが、企業への信頼に繋がりますし、この信頼は他の事業にも好影響をもたらします。

弊社が展開する不動産事業などにおいてお客さまが選んでくださるのは、「安心して任せられる」という信頼感があるからです。鉄道という基軸のサービスで築き上げた誠実さこそが、グループ全体の土台になっているのです。だからこそ、社員一人ひとりが実直に成し遂げることが何よりも重要だと考えています。

「まちづくり企業」としての使命と地域と一体になった開発

ーー鉄道事業にとどまらない、貴社ならではの事業の独自性は何でしょうか。

平川良浩:
単なる鉄道会社ではなく、「まちづくり企業」であるという点です。弊社の使命はまちの生い立ちや歴史を尊重し、その特性に合わせた開発を行うことです。人口が集中する東京とは異なり、関西圏では我々自らが開発を牽引し、人を呼び込む役割を担わなければなりません。特に重視しているのは、駅前の不動産を活用した価値の向上です。まちは、手を入れずに数十年経てば時代に合わなくなります。

土地を切り売りすれば私たちはその更新に関与できず、古い建物が放置され、まち全体が衰退してしまいます。要所においては自社で所有し、時代のニーズに合わせて用途を変え、まちを更新し続けることでその価値を中長期的に維持・向上させていく。それが100年以上続く企業の責任だと考えています。

ーー人口減少が進む関西エリアで、どのようにまちの活力を維持していくお考えですか。

平川良浩:
自らが旗振り役となって開発を引っ張り、まちの魅力を高めていきます。まちづくりは企業だけで完結せず、行政や市民との連携が不可欠です。意欲のある首長と連携し、行政の若手職員や地元住民を巻き込んだボトムアップ型の取り組みを進めています。その成功事例が、大阪府門真市での取り組みです。弊社の社員と市役所の若手職員が、地元企業や熱意ある住民の方々を巻き込んで、勉強会や駅前での小さなエリアリノベーション社会実験から始め、住民の方々と一体となって機運を高めました。その結果、古い団地を建て替えてまちのシンボルにする計画が進み、駅前には外部企業と連携した新しい図書館もオープンしました。こうした現場からの活動を通じてまちの心に火をつけ、沿線全体を元気にしていきます。

京都の魅力を引き出す中長期計画と新規事業

ーーグループ全体における今後の中長期的な展望をお聞かせください。

平川良浩:
グループ全体として、「京都」への投資をさらに強化していきます。会社の事業を牽引している拠点は間違いなく京都ですが、これまではその潜在的な魅力を十分に引き出せていませんでした。今後の観光戦略においては、京都ならではの歴史や文化を守りながら、質の高い観光経路を自ら企画していく必要があります。訪日客の需要に任せてまちが変質するのを防ぎ、私たちのまちにふさわしい観光のあり方を構築していく構えです。

具体的な計画として、三条地域の再開発が挙げられます。保有する土地を活用し、大学などの文化研究機能も取り入れて、単なる商業施設やホテルに留まらない文化的な価値を高める施設づくりを構想しています。地元の皆様が誇りに思えるような、品格のある場を提供することが重要です。

それ以外にも、ポテンシャルが高い比叡山エリアの価値向上にも取り組んでいきます。比叡山の山頂からは京都市内や琵琶湖を一望でき、京都駅からわずか1時間で豊かな自然と様々な仏教宗派のルーツであるという深い歴史に触れられます。しかし、これまでは集中的なアプローチができていませんでした。修行体験などを組み込んだ独自性の高い観光体験やルートの構築に向け、新たな可能性を探っているところです。

ーー既存事業の枠組みを超えた新規事業について、詳細をお聞かせください。

平川良浩:
沿線の施設を活用し、イベント運営事業を強化するなど積極的に取り組んでいきます。最近では、「チームラボ」など外部企業が手掛けるデジタルアート展示の運営にも携わっています。ひらかたパークで培った運営力を活かして事業をおこないつつ、新しいコンテンツに触れることで、最新のノウハウを吸収しているのです。京都には地元発祥の革新的な企業様が多く存在します。そうした土壌から生まれる新しい企画を自社の施設とうまく掛け合わせることで、多様な層のお客さまに足を運んでいただける仕組みを構築していく考えです。

求めるのは「行動力」 多様な経験ができる環境でともに挑む

ーー今後の組織づくりや採用における人材像についてお聞かせください。

平川良浩:
現在、積極的な採用を行っていますが、何よりも求めているのは「行動力」のある人材です。もともと弊社には、必要なものや「こんなものをつくったら面白いのではないか」という発想は自分たちの手で形にするという挑戦の風土が根付いています。そのため、机上の空論で準備が整うのを待つのではなく、ある程度の見通しが立ったらまずは現場に飛び込んでやってみる方だと活躍していただけると思います。完璧を求めているうちに、時代はあっという間に変わってしまいます。物事は想定とは違うところから成果の芽が出るものです。だからこそ、失敗を恐れず、まずは行動を起こせる人を歓迎します。

ーー最後に、記事を読んでいる読者の方にメッセージをお願いします。

平川良浩:
弊社に入社すれば、鉄道だけでなく、不動産開発、流通、ホテル、遊園地の運営、船舶事業など、一つの会社にいながらにして非常に幅広いビジネスを経験することができます。また、私たちが事業の舞台としている「京都」は、単なる観光地ではありません。外からの多様な文化を受け入れ、数々の世界的な企業を生み出してきた懐の深い都市なのです。海外の方々も含め、世界中の多様な価値観と日常的に接することができるこのまちは、働く人にとって非常に学びの多い環境です。自らの手でまちの未来を描き、社会に影響を与える仕事をしたい。そんな熱い思いを持った方々と、ともにこれからの歴史をつくっていけることを楽しみにしています。

編集後記

赤字からの急回復の裏には、現場を知り尽くしたトップによる緻密な計算と、「お客さまの不便になることはしない」という確固たる美学があった。目先の利益や表面的なサービスに流されず、「定時運行」という基軸のサービスこそが最大の価値であると言い切る姿勢に、100年企業の矜持を感じた。人口減少社会において、不動産を売り払うのではなく、まちを時代に合わせて自ら更新し続けるという覚悟。京都という革新のまちを舞台に、行動力と発想で次々と新たな仕掛けを展開する同社の飽くなき挑戦はこれからも続く。

平川良浩/1961年、神奈川県川崎市出身。早稲田大学理工学部卒業後、1986年に京阪電気鉄道(現・京阪ホールディングス)入社。初期配属は土木部工務課。在籍中に2年間、京都大学大学院に進学。鉄道の工務部門を中心にキャリアを歩んだのち、2021年に京阪ホールディングス株式会社の取締役に就任し、京阪電気鉄道の社長およびグループの運輸業統括責任者としてコロナ禍からの業績回復を指揮。2025年6月、京阪ホールディングス株式会社の代表取締役社長に就任。