※本ページ内の情報は2026年7月時点のものです。

医学部を休学してスーツケースひとつで上京し、ビジネスの世界へ飛び込んだ株式会社トリピの加藤江氏。同社が展開する「StayGift(ステイギフト)」は、ホテルやレストラン、スパの体験を贈れるギフトサービスとして成長を続け、1,000種類を超える体験プランを取り扱っている。同社は2024年、シードラウンド累計1.5億円超の資金調達も完了した。なぜ、将来の安定が見込まれる医師の道ではなく、起業家の道を選んだのか。そして、「体験ギフトを当たり前の文化にする」と語る同氏が描く、世界を見据えた将来像とは何か。その挑戦の全貌を、同氏に聞いた。

医学部での1年間を経て、起業への挑戦を決断

ーーまずは、起業に至るまでの経緯を教えていただけますか。

加藤江:
もともと医師か経営者のどちらかになりたいと考えていました。田舎育ちだったこともあり、周囲の大人に「一番すごい職業は何?」と尋ねると、返ってくる答えとして多かったのが医師か社長だったからです。ただ、医学部に合格する前は、「今すぐ起業したい」という気持ちが、受験の難しさから生まれたものではないかと、自分でも確信が持てませんでした。だからこそ、まずは医学部に合格してから判断しようと決めたのです。

浪人生活を経て医学部に合格した後も、起業したいという思いは変わりませんでした。本当は入学後すぐに休学して起業したいほどでしたが、まずは1年間、医学部での生活に全力で向き合おうと決めました。複数の研究室に通い、サークル活動などにも全力で取り組みましたが、それでも「今すぐ起業したい」という思いは消えませんでした。そこで、まずは休学して起業に挑戦してみようと決め、大分県からスーツケースひとつで上京し、マンションの一室を12人でシェアしながら事業をスタートさせたのです。

ーー起業への不安はなかったのですか。

加藤江:
もちろん不安はありました。最初は医師免許を取得してから起業する道も考えていました。医師として自分の目指す水準に達するまで長い時間がかかることは、医学部に入る前から分かっていました。ただ、医学部での1年間を全力で過ごしても起業への思いが変わらなかったため、まずは挑戦してみようと考えたのです。休学した時点では、経営の道に進むことへの確信があったわけではありません。事業に取り組む中で、起業して1年目の時点で売上高や利益の面で手応えを得られるようになり、その頃から、経営の道を進みたいという気持ちが確信へ変わっていきました。

「宿泊券を手軽にプレゼントできない」疑問から生まれた体験ギフト

ーー上京後、どのような経緯で「StayGift」の事業にたどり着いたのでしょうか。

加藤江:
企業の販売促進を支援する事業を通じて、「ホテルの宿泊券をほしがっている人はかなり多い」と気づいたことがきっかけです。上京当初は、マンションの一室を12人でシェアし、三段ベッドで寝起きしながらSNSの運用代行などを行っていました。その際、SNSの反応やフォロワーを伸ばす施策として、ホテルの宿泊券を景品にしたプレゼント企画を実施したのです。企画には非常に大きな反響がありました。そこで、「これだけ多くの人が欲しいと思っているのに、個人が宿泊券をギフトとして手軽に贈る方法はないんだ」と気づいたのです。企画自体は、取引先企業からご紹介いただいた宿泊施設の協力を得て実現できました。一方で、一般の方が宿泊券を手軽に購入して贈り、受け取った方が後から予約できる仕組みはありませんでした。そこに不便さと事業機会を感じ、体験をギフトにできる事業を立ち上げました。

ーー現在の事業の強みはどのような点にあるとお考えですか。

加藤江:
StayGiftの強みは、ホテルやレストラン、スパなど、通常はプレゼントしにくい体験を「日付指定なし」のチケットとして手軽に贈れることです。購入時に利用日を決める必要がなく、受け取った方が後から都合のよい日を選んで予約できます。現在、販売中の施設は約350、商品数は1,200種類を超えており、エリアや予算、贈る相手に合わせて選べます。両親へのプレゼントや退職祝いなどでも、贈る側が相手の予定を確認したり予約を代行したりすることなく、「体験」を贈ることができます。

検索前の認知を広げ、地域ごとの選択肢を増やす

ーー利用されるお客様はどのようにしてサービスを見つけているのでしょうか。

加藤江:
今は「宿泊 ギフト」「レストラン ギフト」「ヘッドスパ プレゼント」といったキーワードの検索経由で見つけていただくことが多いですね。ただ、こうした検索をする方は、すでに「宿泊やレストラン、スパの体験をプレゼントしよう」という発想を持っています。

今後は、まだ体験ギフトを選択肢として意識していない方々にもサービスを知ってもらうための認知拡大が必要です。たとえば、ダイナースクラブとの提携を通じ、会員向けページや会員誌「Signature」で紹介いただいています。こうした施策を通じて、まだ具体的なギフトを検索していない方に「体験をギフトにできるんだ」という気づきを与えていきたいと考えています。

ーー事業をさらに成長させるための、今後の戦略をお聞かせいただけますか。

加藤江:
まずは施設の開拓に注力します。提携施設の拡大が売上成長につながる手応えを得ているためです。現在は福岡県、大阪府、兵庫県、京都府、愛知県、神奈川県、東京都の7都道府県に注力しています。ただ、この7都道府県であっても、エリアや価格帯によっては、まだ選択肢が十分ではありません。その不足を埋めつつ、ゆくゆくは隣接県や全国へと対象地域を広げていきます。贈る側には、受け取る相手の普段の生活圏や行動範囲に近い施設を選びたいという需要が強いため、各地域で選択肢を増やすことが重要です。

日本から世界へ――「体験ギフトを当たり前」にする未来

ーー今後の展望と目指す会社像についてお聞かせいただけますか。

加藤江:
私たちの目標は、ホテルやレストラン、スパのギフトを当たり前にすることです。5,000円以上のギフトを選ぶ際に、体験型のギフトが第一候補に上がるような世界をつくりたいと考えています。さらに、日本国内にとどまらず、海外への展開も視野に入れているところです。ヨーロッパでは体験ギフトがすでに広く展開され、大規模な企業も存在します。そうした海外の事例も参考にしながら、まずはシンガポールなどのアジア圏、そしてアメリカの市場をしっかりと開拓していくつもりです。

ーー事業の拡大に伴い、今後どのような人材を求めていますか。

加藤江:
現在は事業をつくり上げる段階にあるため、将来の経営幹部を担う方を積極的に採用したいと考えています。自ら課題を見つけ、未経験の業務にも挑みながら成長していける方を歓迎します。一緒に、「新しい当たり前」をつくっていきたいですね。

編集後記

医学部を休学して起業し、シェアハウスでの共同生活を経て、世界を見据えた事業を展開する加藤氏。「自分が目指す水準に達するまでの時間がリスク」と語る同氏からは、時間の価値を重視する合理性と、決断後にやり切る意志がうかがえた。現在、提携施設の拡大を進め、「体験を贈る」という新たな文化を日本に根付かせようとしている。その視線は海外市場にも向けられている。世界を代表する企業をつくるという決意がどのように現実となっていくのか、今後の飛躍が楽しみでならない。

加藤江/1997年7月、香川県生まれ、徳島県育ち。2016年に京都大学へ合格するも入学を辞退し、2018年に大分大学医学部医学科へ入学。2019年4月に休学し、同年7月にアリアン合同会社を設立、代表社員に就任。2021年2月、同社を株式会社トリピへ組織変更し、代表取締役に就任。2023年3月に大分大学医学部医学科を中退。現在は、ホテル・レストラン・スパの体験を贈れるギフトサービス「StayGift」を展開し、「体験ギフトを当たり前にする」ことを目指している。