
医療・介護福祉施設を中心に、1日約40万食の食事を提供する富士産業株式会社。同社は、365日休むことなく人々の命と健康を支える「食のインフラ」としての役割を担う。29歳で代表に就任した中村仁彦氏は、就任直後から品質方針として、「コンプライアンスを徹底する会社」、「おいしい食事を出せる会社」、そして「人が育つ会社」を掲げ、会社を牽引してきた。食事内容で差別化することが難しい給食業界において、「人で選ばれる企業」を目指し、教育投資を続けている。その原動力と、給食業界全体の底上げを見据えた事業展開に迫った。
現場での「ありがとう」が原点 危機管理部門から見出した自分の役割
ーー貴社に入社された当初の仕事に対する向き合い方を教えてください。
中村仁彦:
大学卒業後に弊社へ入社し、最初の3年間は衛生管理や危機管理の部門で勤務しました。正直に申し上げますと、入社当初は現場の実態をまだよく知らなかったので、仕事に対する覚悟が十分に定まっていませんでした。
仕事に対する向き合い方が変わっていったきっかけは、全国約100カ所の事業所を回り、監査や改善業務を行ったことです。現場に足を運ぶと、スタッフが日々懸命に働いている実態を肌で感じました。そこで、現場の業務手順や衛生管理における課題を私なりに改善していったところ、現場の方々から「ありがとう」と感謝の言葉をたくさんいただくことができ、いつしかやりがいを強く感じるようになりました。またそのときに「自分でもこの会社でもっとできることがあるじゃないか」と気づきました。厳しい環境で毎日頑張ってくれている人たちのために、自分にできることを全力でやろう。そう決意したことが大きな転機です。
ーーその後は、どのような業務をご経験されたのでしょうか。
中村仁彦:
現場での経験を経た後、会社のさらなる成長を見据え、自社にない機能を補完するため、経営推進本部で経営計画の策定や他社との資本提携などに従事しました。私自身も担当者として他社との資本提携の実現に奔走しましたが、相手企業との面談の際に「あなたの若さ溢れる情熱と熱意に期待して組む」と言っていただけたことは、私にとって非常に良い経験となって心に残っています。
ーースキルを深めるために具体的に実践したことはありますか。
中村仁彦:
2020年頃から、当時の上司に勧められたことをきっかけに、社業の傍ら大学院へ通って経営学を学び始めました。実際に学んでみると、その知識は会社にも落とし込むべきものだと強く感じました。そこで、学んだ内容を若手社員へ還元するために、社内で勉強会を立ち上げました。この取り組みは、現在の教育体制の基盤となる重要な経験となりました。
29歳での社長就任 会社を牽引する「3つの柱」
ーー貴社のトップに立ってからは、社員に向けてどのようなメッセージを発信しましたか。
中村仁彦:
29歳で社長に就任し、これからの会社をつくるための「品質方針」を社員へ提示しました。1つ目は「コンプライアンスを徹底する会社」です。当たり前のことを当たり前にできる組織体制を目指すためです。2つ目は「おいしい食事を出せる会社」です。病院給食にはさまざまな制約がありますが、「食事を提供する以上はおいしいものを出そう」と伝えました。3つ目は「人が育つ会社」です。私自身が大学院で学び、成長を実感したからこそ社員が学べる環境を整備すると約束しました。
制約のある中で差をつけるのは「人」 他社と差別化を図る教育体制

ーー貴社の事業内容をお聞かせください。
中村仁彦:
メイン事業は、医療・介護福祉施設での給食提供です。1回に500食をつくる場合でも、患者様の疾患やアレルギーに合わせてメニューは何十種類にも及びます。それらを決められた材料費や衛生基準を守りながら365日提供し続けており、1日約40万食を担う私たちは、社会インフラに近い存在だと考えています。
一方、いただける予算の上限が決まっているため、豪華な食材を使うなど、目に見える食事内容だけで他社と大きな差をつけるのは難しいのが現状です。だからこそ、現場の対応力や調理技術、管理部門のコミュニケーション能力など、「人」で選ばれる会社でなければならないと思っています。「あなたがいいから選んだ」と言っていただくことに絶対的な価値があると考え、現場の管理体制には惜しみなくコストをかけています。
ーー「人」の力を高めるために、具体的にどのような教育投資を行っていますか。
中村仁彦:
社員全員が視聴できる動画研修システムを導入し、社会人としての基礎からじっくり学べる環境を整えています。また、管理栄養士や栄養士向けの専門コース「ニュートリションマスター」や、新卒社員向けの集合研修など、階層にあわせた学びの場を設けました。
なかでも最も力を入れているのが、私が大学院で学んだ経営学のエッセンスを還元するために自ら起案した、若手育成プログラムです。全国から意欲のある20代から30代半ばの社員を集め、1泊2日の研修を年6回、2年間にわたって行う本格的なカリキュラムを構築しました。課題の提出が1日でも遅れれば次回から参加できない厳しいルールを設けていますが、これを乗り越えた努力が、受講生自ら新しい部署や業務を創出するなどの成果につながっています。現在では卒業生の中から各拠点の責任者である部長職に就く人材も輩出しており、次世代のリーダーを育てる重要な基盤となりました。
ーーそのほかに貴社ならではの独自の取り組みを教えてください。
中村仁彦:
調理師を対象とした社内コンテスト「ZEPPIN」を立ち上げました。「ZEPPIN」とは、調理師が活躍し、互いに学べる場をつくるためのものです。弊社の従業員は栄養士の割合が大きいのですが、おいしい食事をつくるプロフェッショナルである調理師の技術向上も欠かせません。毎回テーマを決めて料理を競い合い、審査員の前でプレゼンテーションを行います。緊張感のあるステージを用意していますが、参加する調理師たちは真剣に、そして何より楽しんで取り組んでいます。この取り組みが、社員のモチベーションと技術力の向上に直結しています。



食のインフラとしての誇り 業界全体を底上げしてさらなる成長へ
ーー給食業界全体を見据えた今後のビジョンをお聞かせください。
中村仁彦:
既存の医療・福祉分野での実績を基盤とし、今後は社員食堂などの産業給食の領域にも展開を広げます。会社単体での売上拡大に加え、グループ全体での事業拡張を見据えて成長を加速させる方針です。また、自社だけの利益を追求するつもりはありません。他社とともに一般社団法人を立ち上げ、行政へ政策提言を行うなど、給食業界全体を良くする活動にも注力しています。業界全体の水準が上がれば、従業員も豊かになり、より大きな社会貢献ができると信じています。
ーー最後に、今後の採用面での目標と、求職者へのメッセージをお願いします。
中村仁彦:
今後の成長に合わせ、採用人数を現在の年間300名規模から1.5倍増やす計画です。同時に、社員の頑張りを正当に評価する仕組みも強化していきます。私たちが求める人物像は、最初から完璧なスキルを持つ人ではありません。最も重要なのは「学ぼうとする姿勢」です。最初は知識がなくても、成長したいという意欲があれば十分です。充実した教育体制の中で自信をつけ、仕事の面白さを見つけてほしいと思います。前向きに学ぶ姿勢を持つ方とともに、富士産業と業界の未来をつくることを楽しみにしています。
編集後記
創業以来、医療や介護福祉の現場に寄り添い、人々の健やかな日々を裏方として支え続けてきた富士産業株式会社。今回の取材を通し、中村氏の言葉から現場で働く従業員への敬意と、業界の未来を見据えた責任感が伝わってきた。印象的だったのは、予算や制約が厳しい給食業界において、「人」への教育投資を差別化戦略の要と位置づける姿勢だ。自ら大学院で学んだ経営の知識を社内に還元し、「ZEPPIN」のようなコンテストで技術と意欲の向上を図る取り組みは、歴史ある企業に新たな風を吹き込んでいる。業界全体の底上げを目指す同社の挑戦と、さらなる躍進を引き続き追っていきたい。

中村仁彦/1994年、千葉県生まれ。2017年、関東学院大学卒業後、富士産業株式会社に入社。危機管理部危機管理課で医療・介護福祉施設の給食の衛生監査を担当し、全国約100カ所の事業所を訪問。その後、経営推進本部で経営計画の策定や他社との資本提携などに従事。2023年に同社代表取締役社長に就任。