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全国に121店舗の調剤薬局を展開する株式会社akホールディングス。M&Aと最新設備の導入による圧倒的なスピードを武器に成長を続け、介護・訪問看護・就労支援などグループ18社で地域包括ケアを面で支えている。小学生の頃の空き瓶集めで商売に目覚め、製薬会社のMR、海外での貿易ビジネスを経て29歳で薬局を創業。58店舗が12店舗になる危機から再起を果たし、2030年には売上高300億円という目標を掲げる岡田一平氏に、これまでの歩みと未来への戦略をうかがった。

小学生時代の商売経験とMRを経て見つけた薬局経営という天職

ーーまずは、ビジネスに興味を持った原点をお聞かせいただけますか。

岡田一平:
私は1973年に奄美大島で生まれた後、幼少期は埼玉県で育ちました。商売の原点は小学3年生の頃です。当時、1本4,800円で販売されていたゲームソフトがどうしても欲しかったのですが、買ってもらえるのは誕生日とクリスマスの年2回だけでした。

そこで目をつけたのが、洗って再利用されていた「空き瓶」です。それを拾い集めて酒屋へ持ち込むと1本数十円で売れました。月のお小遣いが30円だった当時の私には大きな金額です。その資金で毎月ソフトを買い、やがて発売日に人気ソフトを仕入れて高く売ったり、友人のネットワークで中古を流通させたりと、ソフトの売買にも手を広げていきました。当時はインターネットもない時代であり、人づてのビジネスに夢中でしたね。世の中のニーズはどこにあるか、どうすれば利益が出るかといった商売の原理を子どもの頃に学び、染みついていたと思います。小中高と学生時代を過ごす中でも、将来は自分でビジネスをしたいと常に考えていました。

その後、明治薬科大学に進学し、薬剤師免許を取得した後に大手製薬会社へMR(医薬情報担当者)として就職しました。医師とコミュニケーションを重ね、薬の知識を活かして営業するMRは自分の性格に合っており、大阪の泉大津市、和泉市、高石市を担当して、3年間でエリアのほとんどの先生方と関係を築きました。

ーーそこから、調剤薬局の経営に行き着くまでの経緯を教えてください。

岡田一平:
製薬会社で3年間働いた後、「もう一度自分の力でビジネスがしたい」と25歳で独立し、アフリカや南米で農産物などの国境をまたいだ貿易ビジネスを手がけました。そこで2000万円の収入を得ることができ、その資金を元手に、29歳だった2002年に埼玉県の深谷で最初の薬局を開業しました。

当初から、高い品質での服薬指導と圧倒的なスピードにこだわる正しい薬局をつくろうと決意していました。また、起業時から100店舗、200店舗と規模を大きくしていくこともすでに構想しており、M&Aや採用を強化して徹底的に規模拡大を進めてきたのです。

薬局経営を選んだのは、MRとして大阪を担当していた1996年当時の経験がきっかけです。当時はまだ、医師が診察後に処方箋を出し、患者さんが病院外の調剤薬局で薬を受け取る「医薬分業」の仕組みが十分に普及していませんでした。関東では分業率が3割ほどありましたが、大阪ではわずか8%にとどまっており、ほとんどの医師がクリニック内で直接薬を処方していたのです。理由を尋ねると「外の薬局に出すと、消炎効果を期待していた医薬品に対して、『痛くなければ飲まなくていいですよ』などと、こちらの治療方針と違う説明をしてしまうことがある」という不満を持っていました。

そこで私は、「先生の意図を正確に汲み取り、正しく服薬指導をする薬局をつくります」と約束しました。医師が安心して任せられる薬局をつくれば、外の薬局が使われる時代が来ると確信したのです。薬剤師の資格を持ち、MRとして医師との信頼関係も築けている自分にとって、これこそ世の中のニーズに応えられる天職だと思い、薬局経営の道へ進みました。

M&Aによる店舗拡大と乗っ取りの危機 守りを固め100店舗達成へ

ーー創業後、店舗の拡大はどのように進めていったのですか。

岡田一平:
軸に据えたのはM&Aです。私たちがターゲットにしたのは、大手企業がターゲットとしない「薬剤師が一人で回している個人経営の薬局」でした。当時はのれん代(買収費用)が営業利益の2年分ほどの金額で譲り受けることができたのです。

買収した店舗に対しては、ただ待つだけの受け身の営業はしません。在宅医療や介護施設へ自ら営業をかけ、特定の病院からだけでなく、地域の様々な医療機関からの処方箋を幅広く集めることで、店舗の売上高を大きく育てていきました。また、採用面でも工夫しました。独立志向の強い薬剤師に対して「管理薬剤師として年収600万円を保証し、店を丸ごと任せる」という打ち出し方をすることで、大手企業の中で埋もれていた優秀な人材を集めることに成功したのです。

ーー店舗拡大の過程で壁にぶつかることはありましたか。

岡田一平:
実は、順調なことばかりではなく、過去に大きな危機を経験しています。2011年、当時の役員に会社を乗っ取られるという社内トラブルがありました。創業から9年で58店舗まで拡大していた会社が、この事件によって関西の12店舗だけになってしまったのです。規模拡大以外に無頓着だった私はその時に大きな失敗を経験しました。

大きな痛みを伴いましたが、会社運営は攻めだけでは難しいことを学び、組織体制をつくり直しました。以来、顧問弁護士を置き、契約書は必ずリーガルチェックを通すなど、当たり前の守りを徹底し、攻めのスピードは変えずに守りを固めました。この経験が今の経営の土台となり、12店舗からの再スタートを経て、その後8年で100店舗を達成しています。

選ばれる理由 「スピード」の徹底と事業多角化がもたらすシナジー

ーー貴社が患者様や医師から選ばれ続ける理由をお聞かせください。

岡田一平:
最大の理由は、「かかりつけ薬局」としての質の高い服薬指導と、圧倒的な「スピード」の徹底にあります。

国が「かかりつけ薬剤師・薬局」を打ち出す10年以上前から、弊社はお薬手帳を活用して患者様の服薬状況を一元管理してきました。近年、国は複数の薬の飲み合わせを確認したり、不要な薬を減らす提案をしたりといった、丁寧な指導を行う薬局に対し、報酬(技術料)を手厚くする方針をとっています。弊社では創業当初からこうした取り組みを当たり前に行ってきたため、国の制度が変わるたびに自然と技術料が引き上げられる形になっているのです。

その結果、処方箋1枚あたりの技術料は、一般的な薬局と比べて数百円の差が生まれています。M&Aで買収した店舗も、弊社の運営手法に切り替えるだけで単価が一気に上がり、現在は1店舗あたり月平均1300枚ほどを応需するまでに成長しています。

ーーもう一つの強みである、圧倒的なスピードを生み出す仕組みについて教えてください。

岡田一平:
徹底したスピードアップを実現するため、主に5つの施策を行っています。第一に積極的な設備投資、第二に最新の監査システムの導入、第三に処方箋の二次元バーコード化、第四にファックスによる事前応需、そして第五に医療事務スタッフによる調剤補助です。

第一の設備投資では、外観が古い薬局を買収した際でも、調剤室には1店舗あたり1000万円規模の資金を投じ、最新鋭の全自動分包機などを惜しみなく導入して作業を効率化しました。

第二の監査システムについては、調剤過誤を未然に防ぎつつ、薬剤師の最終確認作業を大幅にスピードアップさせ、正確性と速度の両立を実現しています。

第三の二次元バーコードは、普及前の2000年当時から各クリニックへ導入をお願いして回りました。結果として、新規患者様で5〜10分かかっていた入力作業が、間違いもなくわずか30秒に短縮されたのです。

第四のファックス事前応需では、開業医の先生方に協力を仰ぎ、事前に処方内容を受け取る体制を構築しました。患者様が到着されたときにはお薬の準備が完了しており、早ければ5秒でお渡しできる状態をつくりあげました。

第五の医療事務による調剤補助は、薬剤師が監査と投薬に専念し、調剤は事務スタッフに任せる分業体制です。事務スタッフを正当に評価し給与も引き上げることで、高いモチベーションを引き出しています。私が28歳の時に岩手県の薬局で、1日100枚の処方箋を一人で回すなか、優秀な調剤助手に救われた経験がこの体制づくりの原点となっています。

ーー組織を拡大・多角化していく上でどのような戦略をとりましたか。

岡田一平:
大きな転機となったのは、2017年の持株会社体制への移行です。狙いはM&Aの加速と事業の多角化でした。資本金3億円、自己資本比率の高い持株会社であれば、大型の買収でも金融機関からの融資がスムーズに進み、採用面での信用力も上がります。現在グループは18社になり、老人ホーム、訪問看護、就労支援、人材紹介など、すべて薬局に絡む事業を展開しています。自社で老人ホームを運営すれば処方が自然に流れ、通常なら飛び込み営業で獲得する在宅医療の患者さんがグループ内から紹介されてきます。

たとえば、0歳の赤ちゃんの時から当グループの薬局をご利用いただき、将来ご自宅や施設で最期を迎えられる時まで、当社だけで一生涯のサポートを完結させることができます。薬局、老人ホーム、訪問看護などがグループ内で連携することで、外部へ営業に行かなくても、グループ内の施設から自然と自社の薬局へ患者様をご紹介される仕組みができあがっています。まさに「1+1が3」になるような相乗効果であり、このように多様な流入経路をつくってきたことこそが、弊社の強固で安定した売上基盤につながっているのです。

また、私が経営において最も大切にしているのは、企業理念と「7つの行動規範」です。患者様だけでなく、ステークホルダーや社員全員が笑顔になれるよう、お互いの個性を認め合い尊重する風土を重視しています。会社のミッション・ビジョン・バリューの根底には、患者様の人生にずっと関わっていくという強い思いがあります。

2030年に売上高を300億円へ AIとDXで切り拓く薬局業界の未来

ーー今後の目標や、未来への戦略について教えてください。

岡田一平:
現在、弊社では2030年に向けた中期経営計画「ネクストスマイル2030」を策定しています。「一つでも多くの笑顔のために」を掲げ、2030年に売上高300億円、営業利益19億円を目指すというものです。内訳は薬局部門が190店舗で228億円、その他事業で72億円を想定しています。既存店の成長(5%)とM&A(10%)を合わせ、5年で約2倍、年率15%の成長を見込む計画を立てました。出店エリアは関東・東海・関西の全域に加え、福岡・札幌・仙台といった政令指定都市に絞って展開していく方針です。

一方で、全国に約6万2,000店舗ある薬局は、今後5万店舗程度にまで減っていく淘汰の時代を迎えようとしています。生き残りのカギは「DX」と「AI」に他なりません。例えば、モニター越しの服薬指導をご案内すると、約8割の患者さんが受け入れてくださる状況です。子育て中の薬剤師が自宅から服薬指導や薬歴記載を担えば、時間の制約で働けなかった優秀な人材の雇用が生まれるだけでなく、都市部で採用が難しい入力事務も地方からの遠隔入力に切り替えられます。

さらに最新の生成AIに積極的に投資し、給与計算のチェックや経理などの入力業務の効率化を図っていきます。薬局業界の営業利益率の平均は3%程度ですが、弊社は現在の6%からAI化・DX化で8%まで引き上げる目標を掲げています。利益を出してこそ、薬剤師の地位向上も給与アップも実現できるからです。

ーー最後に、読者へメッセージをお願いいたします。

岡田一平:
弊社は、若いうちから店長になれるような教育を徹底しており、さらにはエリアマネージャー、本社の企画、新規事業など、本当にやりたいことにチャレンジできる会社です。事務職も調剤補助の技術をきちんと評価し、看護師にも多様なフィールドを用意しています。

この夏には社員1,000名を超える中から、500名が集う記念パーティーも開催する予定であり、風通しの良さはどこにも負けないという自信を持っています。患者の皆さんにはスピードと親身な接客を大切にする「かかりつけ薬局」としてご利用いただき、経営者の皆さんとはDX・AI領域でのシナジーを探っていきます。そして学生の皆さんも、AIを使いこなし、若いうちからぜひ挑戦していってください。

編集後記

岡田社長の幼少期から培われた天性のビジネスセンスと、組織崩壊の挫折から学んだ守りの姿勢。この両輪が、株式会社akホールディングスの力強い推進力となっているのだと感じた。AIやDXといった最新技術を積極的に活用しつつも、その根底には「患者さんの人生にずっと関わっていく」という温かいミッションが息づいている。薬剤師の地位向上と地域医療のさらなる充実を目指し、時代を先読みして新しい薬局のあり方を追求する同社の飽くなき挑戦は、これからも続いていく。

岡田一平/1973年生まれ。1996年、明治薬科大学卒業後、三共株式会社(現・第一三共株式会社)にMRとして入社。海外での貿易ビジネスを経て、2002年にあけぼの薬局を創業。2017年に持株会社体制へ移行し、株式会社akホールディングス代表取締役社長に就任。