※本ページ内の情報は2026年8月時点のものです。

税理士を志し、営業マンとしてキャリアを積んだ後、30歳で実家の酪農を継ぐという異色の経歴を持つ檜尾康知氏。現在同氏は中国生乳販売農業協同組合連合会のトップとして、激動の酪農業界を牽引している。「酪農家は一人ひとりが経営者であるべきだ」と語る同氏の武器は、徹底した数値管理による目標達成へのアプローチだ。深刻な人手不足や需給バランスの歪みなど、かつてない危機に直面する状況下で、いかにして生産者を守り、未来への活路を見出そうとしているのか。業界の構造改革に挑む覚悟と展望に迫った。

目標利益から導き出す逆算経営と依存を捨てる経営者マインド

ーーまずは、酪農の世界へ足を踏み入れた経緯を教えてください。

檜尾康知:
もともとは税理士を目指していました。しかし、資格取得には時間がかかる上に、親に頼るのも心苦しかったため、卒業後は一般企業に入って営業職として働いていました。その後、30歳のときに父から「戻ってきてほしい」と頼まれ、岡山へ帰る準備をしていたのですが、その矢先に妻が病を患って大阪の病院に入院することになったのです。そこで看病のために岡山と大阪を行き来する生活をすることになり、当面の交通費などを稼ぐべく実家の牧場を手伝い始めたのが直接のきっかけです。

そうした流れで酪農の世界に関わり始めましたが、実際にやってみると次第にその面白さに気づきました。自分で自由に考えて動き、その結果がダイレクトに返ってくることにやりがいを感じ、本格的に取り組む決意を固めました。そこで新規就農として資金を借り入れ、古い牛舎を改修して再出発を果たしたのです。懸命に取り組んだ結果、10年間で借入を完済し、当初35頭ほどだった牛を現在では110頭規模まで増やしています。

ーー事業規模の拡大と負債の完済を成し遂げられた最大の要因は何ですか。

檜尾康知:
常に「数字」を追い求めてきたことです。多くの酪農家は日々の作業に追われ、積み重ねの結果として最後にいくら残ったかと考えがちです。しかし私は、まず最終的に手元にいくら残したいかという目標利益を定めました。そこから逆算して、今何をすべきかを組み立てていったのです。目標に辿り着くための方法は必ずありますから、あらゆる勉強をしながら実践してきました。

ーーこれからの酪農家に求められる姿勢とは何だとお考えでしょうか。

檜尾康知:
「酪農家は一人一人が経営者である」という意識を持つことです。厳しい環境の中で、外部環境や組織のせいにしてしまうケースも業界には少なからず見受けられます。連合会としても農家のためになる取り組みは全力で行いますが、最終的には自分自身が努力し、経営者として自律しなければ生き残っていくことはできません。

農家を守る有利販売と危機対応 そして未来を拓く広域統合へ

ーー現在、連合会としてどのような支援に注力されていますか。

檜尾康知:
一番の使命は、酪農家が前向きに仕事ができる環境をつくることです。そのための具体的な取り組みが「有利販売」です。生乳は、そのまま飲む牛乳向けに出荷するのと、加工用に出荷するのとでは、取引乳価が異なります。たとえば乳価が4円違うだけで、月に60トン出荷する農家なら24万円もの差が生まれます。私たちは取引先企業と交渉し、少しでも農家の手取りが高くなる有利な販売ルートを確保することに尽力しています。

ーー現場の酪農家を取り巻く課題にはどのようなものがありますか。

檜尾康知:
非常に深刻なのが酪農ヘルパーの不足です。365日休みがない酪農家にとって、冠婚葬祭やケガの際に代わってくれるヘルパーは必須の存在ですが、かつて全国で2600人いた人材が今は1400人ほどまで減少しています。休みたいのに休めない状況を打破するため、動物系の専門学校でインターンシップを行うなど、人材確保に動いています。

また、近年の猛暑による需給の歪みも大きな問題です。暑さで牛が夏に妊娠できず、結果として牛乳の需要が落ちる冬場に生乳生産のピークが来てしまい、保存のきく乳製品が大量に余る事態が起きています。これらの処理には農家も負担を強いられており、根本的な解決策を模索し続けています。

ーー高騰する物流コストに対しては、どのような策を講じていますか。

檜尾康知:
物流を担う外部企業からの運賃引き上げ要請は強く、これをそのまま農家に転嫁すれば農家の経営を圧迫してしまいます。そのため、私たちは無駄な動きをなくす物流の合理化を徹底しています。厳しい地域を受け持つ外部企業の負担を軽くするため、ルートを組み替えたり、事業撤退を防ぐための話し合いを重ねたりと、効率化に向けた最適化を常に考えています。

ーー業界の未来を見据え、今後どのような組織改革が必要だとお考えでしょうか。

檜尾康知:
人口減少に伴い、担い手である酪農家の数は今後も減っていくでしょう。現在の組織単独で生き残れるかという強い危機感を持っています。だからこそ将来的には、より大きな括りでまとまっていく広域的な組織統合が必要不可欠だと考えています。小さな組織のままでは合理化にも限界があります。いつか大きな組織として統合されたときにしっかりと機能するよう、今から徹底した効率化を進め、日本の酪農の未来をつないでいく覚悟です。

編集後記

激動の時代において、生き残りをかけた改革を進める檜尾氏の言葉には、確固たる信念が感じられた。経営目標から逆算して今なすべき行動を明確にする手法は、あらゆるビジネスパーソンにとって大きなヒントになるだろう。目前の課題解決にとどまらず、数十年先の業界再編をも見据えて先手を打つその姿勢から、次世代へと産業を繋ぐ強い責任感が窺えた。

檜尾康知/1965年岡山県生まれ。大阪情報経理専門学校を卒業後にアパレル会社へ入社し営業職を経験。1994年に檜尾牧場へ就農。2012年、おかやま酪農業協同組合の理事に就き、代表理事専務を経て、2024年に同組合の代表理事組合長に就任。その翌月、中国生乳販連の代表理事副会長に就任。2025年、中国生乳販連の代表理事会長に就任。