※本ページ内の情報は2026年8月時点のものです。

富士通株式会社でのシステムエンジニア時代を経て、ソフトバンク株式会社へ入社し、孫正義氏の直下で100社近い新規事業立ち上げを牽引。その後、イー・ショッピング・ブックス株式会社(現・株式会社セブンネットショッピング)の創業や、株式会社セブン&アイ・ホールディングスのCIOを歴任するなど、日本のITと小売業界の最前線を走り続けてきた鈴木康弘氏。同氏が立ち上げた株式会社デジタルシフトウェーブは、「人を育て、企業を変え、未来をつくる」というミッションのもと、DX推進支援やメディア事業を展開している。テクノロジー全盛の時代に「人」にこだわる理由と、AI時代に求められる真の人間力について迫る。

孫正義氏からの電話と「リアルとネットの融合」への挑戦

ーーまずは、これまでのご経歴をお聞かせください。

鈴木康弘:
大学卒業後、新卒で富士通に入社しました。入社後は流通向けのシステムエンジニアとして企画から開発、運用まで幅広く携わっていました。その後、海外駐在から一時帰国した1995年に知人に誘われた食事の席で、孫正義さんと出会ったことを転機にソフトバンクに転職しています。当時はインターネットの黎明期でしたが、「デジタルが世の中を変える」という孫さんの言葉に強くひかれ、その場で入社を決断したのです。入社後は自ら営業を志願して、課長からスタートし、1年後には部長へ昇格しました。

そして、1999年には孫さんから新規事業の担当役員に任命されました。当時はソフトバンクがインターネットへの投資を集中させていた時期。孫さんから新しいアイデアの電話を受けるたび、必死で検討して事業化を進め、結果として1年で100社近い会社の立ち上げに携わることとなりました。

ーーそこから、ご自身で事業を立ち上げるに至った経緯を教えてください。

鈴木康弘:
「自分でも事業を中心となって手がけたい」という思いから、インターネット通販事業を提案したことが始まりです。1999年にスタートしたイー・ショッピング・ブックスでは、複数の外部企業から出資を受け、本を店舗で受け取れる仕組みを構築しました。事業は順調に軌道に乗り、5年で売上高120億円規模まで成長を遂げました。

しかし事業が拡大する一方で、海外の大手競合企業がそれをはるかにしのぐスピードで成長している現実を目の当たりにします。「このままでは厳しい」と感じた私は、実店舗とインターネットを融合する新しい領域への挑戦を決意。そこでセブン&アイ・ホールディングス側に資本を入れてもらい、会社ごと移籍しました。移籍後は新たにマーケティング部門を立ち上げ、異業種との合弁会社設立などさまざまな取り組みで成果をあげています。その後はセブン&アイ・ホールディングス全体のシステムの変革を任され、CIOなどを歴任してきました。

テクノロジーの前に「人の意識」を 変える変革を目指した起業

ーー貴社を設立した理由を教えてください。

鈴木康弘:
長年ITの最前線で経験を積む中で、「テクノロジーを導入しただけでは何も変わらない」と痛感したことが最大の理由です。システムを使う人の意識が変わらなければ、結果は出ません。過去の「IT化」は情報のデータ化や業務の効率化でしたが、昨今の「DX」は経営そのものを変革し、ビジネスモデルを根本から変えるものです。経営の根幹に寄り添い変革を起こすため、「人を育て、企業を変え、未来をつくる」というミッションを掲げて弊社を立ち上げました。

ーー貴社のコンサルティング手法が他社と異なる点を教えてください。

鈴木康弘:
現場の目先の改善で終わらせず、企業全体の「改革」を目指す点です。まずは経営トップへアプローチし、経営者と変革の目的を共有し、意識と覚悟を揃えた上で共に戦略を立てます。そこから業務改革を行い、目的・戦略・業務改革を明確にした上で、必要なITを提案して実装します。それが社内に定着するまで伴走するのが、組織全体を変革するための私たちのやり方です。

事業会社での実務経験が生きるDX支援と「すべてのつながり」

ーー現在の主な事業の柱について教えていただけますか。

鈴木康弘:
現在は「DX・AX推進コンサルティング」「DXに関する情報発信と人材育成」「共創の場づくりと次世代リーダー育成」の3つを柱に事業を展開しています。なかでも最大の柱であるDX・AX推進コンサルティングでは、システムの導入にとどまらず、経営者の意識改革や戦略立案、そして各部署を巻き込んだ業務改革から定着までをステップ分けして伴走しています。

現在、日本のDX推進は「推進室をつくったものの戦略が立てられない」「高額な費用を払ったが、分厚い企画書が納品されただけで終わってしまった」など、暗礁に乗り上げている企業が少なくありません。そうした状況に対し、私たちはトップアプローチからの根本的な改革を支援します。

最大の強みは、私を含めメンバーの多くが事業会社で実際にDXを牽引した実務経験を持っている点です。外部から市場調査を行うだけでなく、実体験に基づいた実践的な支援が可能です。ただし、業務をすべて代行するだけでは企業は根本的に変わりません。そのため、私たちはお腹を空かせた人にただ魚を与えるような真似はせず、「魚の釣り方」を教えることで企業が自走できるようになることを目指しているのです。

ーー「DXに関する情報発信と人材育成」では、どのような取り組みを行っていますか。

鈴木康弘:
自社メディア「DXマガジン」を運営し、企業変革の事例や経営者の考え、DX・AIに関する最新情報を発信しています。

情報を整理するだけでなく、実際に企業や現場を訪れ、経営者や変革を担う人たちの声を直接聞くことを大切にしています。DXは、技術だけで実現するものではありません。変革に挑む人が何を考え、どのような壁を乗り越えたのか。そうした一次情報を伝えることが、次の変革者を育てることにつながると考えています。

AIは情報収集や整理、制作業務の効率化に活用していますが、AIだけでは現場の温度や人の思いまでは捉えられません。人に会い、現場を見て、そこで得た気づきを社会に届けることが、私たちのメディアとしての役割です。

また、情報を発信するだけでなく、研修や講演、セミナー、アカデミーなどを通じて、発信した知識を学びと実践につなげる人材育成にも取り組んでいます。

ーー「共創の場づくりと次世代リーダー育成」についても教えてください。

鈴木康弘:
「日本オムニチャネル協会」を運営しており、今では多種多様な企業のメンバーが参加する場に成長しました。私は「オムニチャネル」を「すべてのつながり」、つまり人と人、企業と企業、業界と業界をつなぐことだと捉えています。異なる業界の人がオープンに交わり、知見を交換することで新しい発想が生まれます。デジタルやAIの知識に加えて、人と向き合う力、変化を受け入れる力、挑戦を続ける力を持つ。そうした次世代のリーダーを育て、企業や業界を越えたつながりを生み出すことが、この協会の目的です。

AI時代だからこその「人間力」 次世代を育てる今後のビジョン

ーー今後の会社のビジョンや、組織づくりについてお聞かせください。

鈴木康弘:
これまでは時代に合わせて身軽に動けるよう、組織を大きくしませんでした。しかしAIの進化により、少人数でも高い生産性を出せる環境が整いました。社員は各自がAIツールを活用し、業務を圧倒的に効率化しています。この地盤ができたからこそ、今後はあえて人を増やしていき、次世代を担う人材を育てていくフェーズに入りました。

ーー貴社に入社した場合、どのような経験を通じて成長できますか。

鈴木康弘:
これからの時代、画面に向かって入力するだけの作業はAIに代替されます。人間に求められるのは、一次情報を取りに行く行動力や、相手の潜在ニーズを引き出す「察知能力」です。私はこれを「人間力」と呼んでいます。

弊社には、第一線で活躍する方々と直接対話できる環境があります。また、クライアントの支援にあたっては、実際に店舗の現場に入ってビジネスモデルを肌で学ぶような経験も重視してきました。多様な出会いと一次情報に触れる経験を通して、AIには真似できない本物の人間力を育ててほしいと願っています。

編集後記

テクノロジーの進化を誰よりも早く、深く体感してきた鈴木氏が、最終的に辿り着いた答えが「テクノロジーではなく人」であるという事実は非常に重みがある。AIを駆使して極限まで業務を効率化する一方で、「一次情報」や「人間力」という人間ならではの確かな価値を最重要視する同社のスタンスこそが、これからの時代を生き抜くための最適解なのだろう。次世代の越境人材たちが同社からどのように羽ばたいていくのか、今後の展開に期待したい。

鈴木康弘/1987年富士通株式会社入社。SEを経て96年ソフトバンク株式会社へ移り、新規事業等に従事。99年にイー・ショッピング・ブックス株式会社(現・株式会社セブンネットショッピング)を設立し社長就任。2014年株式会社セブン&アイ・ホールディングス執行役員CIOとしてオムニチャネル戦略を牽引し、15年に取締役就任。17年株式会社デジタルシフトウェーブを設立し代表取締役に就任。日本オムニチャネル協会会長、東京都市大学客員教授などを兼任する。