※本ページ内の情報は2026年8月時点のものです。

幼少期に父を事故で亡くした経験から救急救命士を志すも、結婚や出産、子どもの難病により現場復帰を断念。その後、専業主婦から「竹あかり職人」として自力で稼ぐ道を切り拓き、その経験を経て、女性のキャリア支援や保育事業を手掛けるAnimo株式会社を起業したのが橋本典子氏だ。同氏が率いる組織は、毎年約6分の1の社員が産休・育休を取得しても事業が回る組織体制を構築している。女性の人生に伴走する「マザーズハローワーク」を目指す同氏に、徹底した仕組み化の裏側と事業にかける情熱を聞いた。

救急救命士から専業主婦へ 自身のキャリアの断絶を原動力に変えた「女性の働きやすさ」への挑戦

ーーまずは、キャリアの原点を教えていただけますか。

橋本典子:
原点は幼少期に父を川の事故で亡くしたことにあります。父の葬儀には千人以上の方が参列するほど周囲から慕われていました。私はそんな大好きだった父に強く憧れており、「父のような人間になりたい」「傷病者を一番に助けられる仕事に就きたい」と強く考えるようになり、救急救命士を志しました。

専門学校の在学中に結婚と長女の出産を経験し、国家資格を取得して病院勤務をスタートしました。しかし、半年ほどで2人目の妊娠が分かります。人の命と向き合う救急の現場では、わずかなミスも許されません。産休によってブランクができることへの恐怖から、救急救命士の道を断念することになりました。

その後、次女が生後半年のときに事務職に就きました。ところが、働き始めて4ヶ月経った頃、次女が難病指定の病気にかかっていることがわかったのです。まだ生後10ヶ月だったため、長期入院に付き添う必要があり、再び退職を選ばざるを得ませんでした。こうした経験から、家族に何か起きたとき、キャリアをストップさせるのは母親である場合が多いという現実に直面し、女性が働き続けることの難しさを痛感しました。

ーーそこから、どのような経緯で起業に至ったのでしょうか。

橋本典子:
大きな転機は夫の起業でした。もし夫の身に何かあれば、家族の生活が成り立ちません。自分にも稼ぐ力が必要だと考え、原価が安く自分で価値を決められる芸術分野に目を向け、「竹あかり職人」の活動を始めました。

自ら営業をかけ、外部の大型施設やホテルの装飾を手掛けるようになり、個人として自力で収入を得る経験を積んだのです。その頃、同世代のママ友から働き方の相談を受ける機会が増えていました。しかし、個人事業主という不安定な立場では「あなたも稼げる」とは自信を持って言えません。そこで、社会保障に守られながら女性が働きやすい環境を自らつくろうと決意し、株式会社を設立しました。

直談判で道を切り拓いた「企業主導型保育事業」

ーー事業展開は順調に進みましたか。

橋本典子:
設立直後は失敗の連続でした。女性の働き方の多様化という思いだけで人材派遣業の免許を取得し、マナースクールも開校しましたが、うまくいかなかったのです。そんなとき、新しく〈企業主導型保育事業〉という国の制度が始まることを知りました。そこで、実績も決算書もない会社でしたが、「女性の活躍を応援する会社だ」と理由書を作成。内閣府に直談判し、申請を通すことができたのです。

ーーどのようにして事業を拡大していったのですか。

橋本典子:
保育園を必要とする他社へ営業をかけ、運営を受託することに注力しました。自社単独で保育園を増やすには限界があります。そこで、「コンサルティングは無料で引き受けるので、審査に通ったら運営を任せてほしい」と提案して回ったのです。その結果、一気に4つの園を開園させることができました。全てが初めての経験でしたが、事業を軌道に乗せるために無我夢中で走り続けていましたね。

毎年40人が育休を取得しても回る仕組みづくり

ーー多くの社員が産休・育休を取得できる仕組みづくりについて教えてください。

橋本典子:
業務を細かく分解し、徹底してマニュアル化することで組織を回しています。現在、約260名の社員がいますが、毎年40名以上が産休や育休を取得している状況です。このように社員の約6分の1が常に入れ替わるような環境でも円滑に事業を継続できるよう、創業当初から業務の属人化を徹底的に排除してきました。具体的には、誰かが明日休んでも、すぐに別の担当者がカバーできる体制を構築しています。

ーー保育の現場において、貴社ならではの強みや人材育成の取り組みはありますか。

橋本典子:
社内と同様に、保育士に対しても社会人教育を徹底して行っている点が強みです。救急救命士は専門的な医療現場であり、私自身、世間一般の企業での社会人経験がゼロだったからこそ、ビジネススキルの重要性を身をもって痛感してきました。だからこそ、現場のスタッフには保育の専門知識だけでなく、社会人としてのコンピテンシーを高める学びの場を提供しています。実際に、秘書検定やサービス接遇検定の合格率100%を目指すなど、保育士一人ひとりがビジネスパーソンとしての視点を持つことが、結果的に組織全体の対応力向上につながっています。

女性の人生に伴走する「マザーズハローワーク」を目指して

ーー現在注力されている事業について、詳しく教えていただけますか。

橋本典子:
保育事業を軸としつつ、企業のバックオフィス業務受注や、在宅で活躍するIT人材の育成に注力しています。長年培ってきた社内業務の構築力を活かし、他社の業務整理を一から請け負っています。

また、東京都内に重症心身障害児向けの療育施設を立ち上げました。障害のある子どもを持つ母親は、施設と職場の往復が難しく、働くことを諦めがちです。そこで、療育施設のすぐ隣に自社オフィスを併設したのです。子どもを預けながら、すぐそばで働ける環境を実現しています。

ーー最後に、今後の展望についてお聞かせください。

橋本典子:
「マザーズハローワーク=Animo」という存在になることが、会社としての大きな目標です。ハローワークというと退職後に手続きに行くイメージが強いかもしれませんが、私たちは本気で人生を変えたいと願う女性たちの「伴走者」でありたいと考えています。

女性は家族を持つと、つい「誰かのために」生きることを優先してしまうものです。しかし、結婚や出産を理由に、社会とのつながりやかつての夢を諦める必要はありません。「あなたらしく生きられる社会づくりに心を尽くす」という弊社の理念の通り、働く意欲のあるすべての女性が自分らしく輝ける社会を目指し、これからも挑戦を続けます。

編集後記

社会人経験ゼロから起業し、数々の壁を乗り越えてきた橋本氏。その原動力は「女性が働きやすい社会をつくりたい」という切実な思いにある。毎年約40人が育休を取得する組織体制は同氏が経験したキャリアの断絶に対する、一つの明確な答えだ。行動力と徹底した仕組み化で、新しい働き方の基準をつくり出す。女性の人生に伴走する同社のさらなる飛躍に期待したい。

橋本典子/1982年2月、奈良県生まれ。救急救命士としての勤務を経て、照明の「竹あかり職人」に転身し、同時に2016年に女性のキャリアを支援するAnimo株式会社を設立。プライベートでは3人の子育てをしながら、積極的に仕事に取り組む。「あなたらしく生きられる社会づくりに心を尽くす」をパーパスに掲げ、女性が働きやすい社会づくりに注力している。