※本ページ内の情報は2026年8月時点のものです。

1997年、日本の格闘技界に一大ムーブメントを巻き起こした榊原信行氏。同氏はその後、競業避止義務による格闘技界からの離脱と、プロサッカークラブ経営という異色のキャリアを経て、2015年に新イベント「RIZIN」を立ち上げた。なぜ彼は、再び格闘技の舞台へと戻ってきたのか。そこには、「非日常のLIVEエンターテインメント」に対する揺るぎない情熱と、絶対王者が君臨するグローバル市場に対し、日本ならではの「ローカライズ」で立ち向かう周到な世界戦略があった。今回、RIZINを運営する株式会社ドリームファクトリーワールドワイドの代表取締役の榊原氏に話を聞いた。

ワクワクドキドキする「非日常」を求め競技とエンターテインメントを融合

ーーまずは、ファーストキャリアについてお聞かせいただけますか。

榊原信行:
「みんながワクワクするような非日常を届けたい」。この思いが、私のキャリアの原点です。大学卒業時の就職活動では、この夢を実現できる場所を探しました。当時、圧倒的な優位性を持っていたメディアは地上波のテレビ局でした。そこで、イベント事業を担う東海テレビ事業株式会社に入社します。これが社会人としてのスタートです。

ーーそこからどのようにして格闘技へとつながっていったのですか。

榊原信行:
就職して数年後、空手やキックボクシングなど打撃系格闘技のナンバー1を決める大会「K-1」が立ち上がりました。当時の格闘技は、競技の普及を目的とした「競技者ファースト」が主流です。一方、見る人を惹きつけるエンターテインメント性を持つのがプロレスでした。

しかし、プロレスにはフィクションの要素が含まれます。その点、K-1は「見せるエンターテインメント」と「真剣勝負」の架け橋を見事に成立させていました。このリアルな真剣勝負は、必ず今の時代に刺さると確信したのです。そこで私は、その団体のトップへ直談判に向かいました。結果として地方での初開催と地上波放送を実現させ、それがきっかけとなり、後に総合格闘技の舞台を立ち上げることになりました。

異業種の経営を経て気づいたリアルな「人間のドラマ」の価値

ーー格闘技界を牽引した後、一度業界から離れたときの心境の変化をお聞かせください。

榊原信行:
事業を売却したことで、「お金だけがあっても人間は幸せになれない」と気づいたのです。2007年に海外の競合団体へ事業を売却した後、7年間の競業避止義務により格闘技界から完全に離れました。生活に困らない資金は手に入りましたが、困難を乗り越え、ゼロからつくり出したものが多くの人に支持される喜びは、お金では測れないと感じました。

そこで新たに情熱を注いだのが、プロサッカークラブの経営です。当時のその地域は課題を抱える一方で、活気に満ち、何より強い郷土愛がありました。そこで、国内プロリーグへの参入を目標に掲げ、スタジアムの改修や地元企業からの出資など環境を整備したのです。そのチームは後にプロリーグ昇格を果たし、私はそのタイミングで代表を退きました。

ーーその後、どのような経緯で現在の活動に至ったのでしょうか。

榊原信行:
一度は離れたものの、やはり格闘技への情熱が捨てきれず、2015年に新イベント「RIZIN FIGHTING FEDERATION(以下、RIZIN)」を立ち上げて格闘技界へ戻りました。

RIZINが多くのファンを熱狂させている理由は、徹底して「人間ドラマ」を描いている点にあると考えています。私たちが届けているのは、勝ち負けや技術といった競技的な側面だけではありません。選手が何のために戦い、何を犠牲にしているのか。それぞれの生き様や感情の対比を、試合前の映像などを通じて視聴者へわかりやすく届けています。

SNSに関しても、所属選手の発信を私たちがコントロールすることはありません。現代は少しでも情報を加工すると、ファンは敏感に反応して不信感を抱きます。だからこそ、リアルな姿をそのまま伝え、選手たちに自由に個性を生かした発信を任せることが、深い共感を生むと信じています。

画一的な世界市場に「ローカライズの力」で挑む

ーー海外市場に対してはどのような展望をお持ちですか。

榊原信行:
ローカライズの力を使って展開していくことですね。総合格闘技は、この30年で世界規模にファンを拡大させたコンテンツです。現在、圧倒的な優位性を持つのは海外の最大手団体ですが、彼らは「自国でつくったものをそのまま世界に君臨させる」という手法をとっています。

しかし、私はそうした画一的なやり方に面白みを感じません。私たちが海外市場で勝負するためには、ローカライズの力が不可欠だと考えています。現地の選手を起用し、その地域のファンに向けて見せ方を調整する。日本のモノづくりの良さを生かしながら、他団体ができていないことを徹底的に行っていきます。

ーー具体的には、どのような地域に進出するお考えですか。

榊原信行:
まずは北米での継続的な開催と、アジア圏の開拓を目指します。本気で北米市場をとりにいくのであれば単発ではなく、年間を通じて継続開催しなくてはいけません。一方で、日本と同時間帯で視聴できるアジア圏の市場も非常に重要です。アジアには世界人口の3分の2が住んでおり、圧倒的な視聴者を獲得できる可能性を秘めているからです。とはいえ、自社だけではリソースなどの面で攻めきれない部分も出てきます。そこは志を同じくする外部のパートナー企業と連携し、世界の市場を獲得するための挑戦を本格的にスタートさせたところです。

ーー世界市場への挑戦に向け、共に歩むパートナー企業には何を期待されますか。

榊原信行:
私たちが持つプロモーション力や熱狂を生み出すノウハウを活用し、共に利益を分かち合える野心的なパートナーを獲得したいと考えています。現在の私たちの資本力だけでは、世界の巨大な市場を攻めきれない部分があるからです。だからこそ、新しい資金を投入し、共に世界という新たな舞台でワクワクするような挑戦をしていける企業と出会えることを期待しています。

編集後記

「お金だけがあっても幸せにはなれない」。一度はビジネスの頂点を極めながらも、自ら地道な現場へと戻り、ゼロから熱狂をつくり直した榊原氏の言葉には、確かな重みがあった。競技性とエンターテインメントの融合というブレない軸を持っている。そして、巨大な海外市場に対し、「ローカライズ」という独自の武器で挑む。その姿勢は格闘技に限らず、あらゆる日本企業の海外進出におけるヒントになるのではないだろうか。

榊原信行/1963年生まれ。愛知県出身。株式会社ドリームファクトリーワールドワイド代表取締役。大学を卒業後、東海テレビ事業株式会社へ入社。1997年に格闘技イベント「PRIDE1」を開催。2009年、FC琉球のオーナー兼CEOに就任。2013年、同球団のJリーグ参加を機に代表を退いた後、2015年に格闘技イベントRIZIN FIGHTING FEDERATIONを始動。2023年、初の自叙伝『負ける勇気を持って勝ちに行け!雷神の言霊』を刊行。