
2024年、広島の街なかに新スタジアム「エディオンピースウイング広島」が誕生した。その実現には、クラブと地域の長年にわたる歩み寄りがある。2012年に株式会社サンフレッチェ広島へ入社し、長らく営業畑を歩んできた久保雅義氏は、「サッカー事業を通じて、夢と感動を共有し、地域に貢献する事」というクラブの理念を重んじている。現在はサッカーの枠を超え、スタジアムの新たな価値創造に挑む同氏。地域に愛され、世界を目指すクラブの軌跡と未来の展望に迫る。
圧倒された熱狂と共感から広がった「地域貢献」の輪
ーーまずは、久保社長のこれまでのご経歴から教えてください。
久保雅義:
外資系企業での営業経験を経て、2012年に弊社に入社しました。この年は新しい監督が就任した1年目であり、同時にクラブが念願のリーグ初優勝を果たした年でもあります。特に印象深いのは、開幕戦です。この試合は前任の監督や主力選手が移籍した直後であり、サポーターにとっても特別なものでした。当時のスタジアムはアクセス面に課題がありましたが、それにもかかわらず多くのお客様が詰めかけてくださいました。サッカーの持つ熱気と雰囲気に圧倒されたことを、今でも鮮明に覚えています。
ーー入社してからは、どのような業務を担ってきたのでしょうか。
久保雅義:
入社から現在まで、一貫して営業職としてキャリアを積んできました。私が入社した頃から多くの企業が「地域貢献」に目を向けるように変わってきました。スポーツを通じた企業のブランド構築に、価値を見出していただけるようになったのです。当時、『広島経済レポート』の記事を読み、自ら電話をかけて契約に至った総合学習塾の「田中学習会」のことはよく覚えています。クラブが大切にしている「育成」の姿勢に共感いただけたことが、ありがたいご支援につながったのだと思います。
対話で乗り越えた壁 街ぐるみで育むスタジアム

ーーこれまでの歩みの中で、特に苦労されたと感じる場面をお聞かせください。
久保雅義:
新スタジアム建設にあたっては、多くの苦労がありました。2012年の初優勝によりスタジアム建設の機運が一気に高まり、クラブが一丸となったことは大きな推進力となりましたが、候補地の選定には紆余曲折がありました。
一度は利便性に課題が残る候補地に決まりかけた時期もありましたが、行政をはじめとする関係各所と再考を重ねた結果、現在の最適な立地に建設することができたのです。しかし、建設地は市営住宅などのすぐそばということもあり、当初は生活環境の変化を懸念する声も上がっていました。そのため、試合日には警備員を配置して対応を行っていました。市営住宅側への侵入を制限し、一般来場者が居住エリアへ流れ込まないよう徹底して配慮した時期もありました。
ーー反対の声もある中、どのようにして地域住民の理解を得ていったのですか。
久保雅義:
行政やクラブ関係者が幾度も現地へ赴き、一つひとつ丁寧に対話を重ねてまいりました。地道なコミュニケーションを大切にしてきた結果、地域の皆様が少しずつクラブの思いを受け止めてくださるようになり、今では温かいご支援をいただけるまでになりました。
現在では市営住宅へつながる通路も開放され、地域の方々が自らのぼりを立てて応援してくださっています。こうした「スタジアムと一緒に街を育む」という思いを込めて、私たちは地域連携活動を「STAHUG(スタハグ)」と名付けて展開しています。試合日以外のイベント開催についても、今では住民の皆様が楽しみ、応援してくださるという、本当によい循環が生まれています。
「サッカー選手である前に、良き社会人であれ」 貫かれる育成の精神
ーー地域とそこまで深い関係性を築ける根底には、どのような理由があるのでしょうか。
久保雅義:
「サッカー選手である前に、良き社会人であれ」という、クラブの礎を築いた初代総監督、故・今西和男氏の言葉を大切にしてきたことが大きな理由だと考えています。この精神は、現在も私たちの考え方の軸です。私たちは設立当初から豊富な資金力があったわけではありません。だからこそ、自前でよい選手を育てる文化が根付きました。ユースの選手向けの寮を設け、3年間共に生活してサッカーに打ち込む環境を整え、技術だけでなく、人間性を育む教育にも投資してきました。外部から選手を獲得する際も、戦術との適合性だけでなく、事前の面談で人間性を確認しています。
ーー要となる育成環境について、今後の具体的な強化策を教えてください。
久保雅義:
来年の新寮完成をはじめ、育成環境をさらに強化していきます。これまでの高校生に加え、中学生も全寮制となる予定です。約90人規模の寮となるため、親元を離れた子どもたちを預かる責任があります。メンタルケアや学習指導を含め、人間教育に強い覚悟で取り組む所存です。
サッカーの枠を超え新たな文化を発信する拠点へ
ーー新スタジアムの完成が、どのような変化や進化をもたらすとお考えですか。
久保雅義:
新スタジアムの完成にともない、現在、毎試合チケットが完売するなど、動員数はほぼ上限に達しています。しかし、クラブが持続的に成長していくためには、チケット収入だけに頼るのではなく、飲食やグッズ、施設利用料など、多角的な収益基盤をつくることが不可欠です。たとえば、スタジアムの施設を企業のイベント向けに貸し出すなど、試合日以外にも新たな売上を生み出す仕組みづくりを進めています。また、飲食メニューの刷新や場外への飲食ブースやイベントの誘致など、スタジアムでの体験価値を高める施策を実行していきます。
ーー試合がない日のスタジアムは、どのように活用していく計画ですか。
久保雅義:
現在すでに、会議や入社式、フォトウェディングの撮影の場として活用いただいており、今後も拡充していく計画です。また、サッカーにとらわれず、他の競技や文化との融合にも挑戦しています。先日は、スタジアムでオリンピックメダリストが参加した柔道教室も開催されました。将来的には、芝の張り替え期間を活用し、大型イベントを開催したいと考えています。
ーー最後に、クラブ全体として目指す今後の目標をお聞かせください。
久保雅義:
Jリーグ全体が世界水準を見据えて大きな転換期を迎える中、私たちも2030年に売上高100億円を目指せるようなクラブになりたいと考えています。まずは国内で常にリーグ優勝を争う力をつけ、アジアの舞台で勝ち抜くこと。そして、ゆくゆくはクラブの世界大会に出場して上位を目指すことが大きな目標です。また、スタジアムでの体験を通じて、お越しいただくすべてのお客様の満足度をさらに高めていくことも、私たちの重要な使命だと考えています。
その実現に向けて、事業としての適切な運営が重要になります。こうした新しい挑戦を支えるべく、現在、社内には20代から30代の若手スタッフが多く在籍しています。彼らの活躍もあり、SNSでの情報発信力も向上しました。過去の手法に固執せず、若い世代の力や柔軟なアイデアを取り入れ、常に挑戦し続ける組織でありたいと考えています。
編集後記
「サッカー選手である前に、良き社会人であれ」。サンフレッチェ広島の根底に流れるこの哲学は、ピッチの上だけでなく、スタジアムと地域社会との関わりの中にも深く息づいている。反対の声から逃げず、地道な対話によって住民を「共創のパートナー」へと変えていった軌跡は、まさにその体現と言えるだろう。新スタジアムは今や単なる試合会場の枠を超え、人々の活気が交差する「街のハブ」へと進化しつつある。若きスタッフたちの柔軟な発想とともに、スポーツビジネスの新たなスタンダードを切り拓く同クラブの快進撃は、ここからさらに加速していくはずだ。

久保雅義/1972年広島県生まれ。2012年3月、株式会社サンフレッチェ広島に入社。事業本部企画広報部部長、事業本部副本部長兼営業部部長、代表取締役副社長などを経て、2025年1月1日に代表取締役社長に就任。