
新型コロナウイルスの世界的流行において、瞬く間に世界中へワクチンを届けたモデルナグループ。その日本法人であるモデルナ・ジャパン株式会社で、2026年4月に代表取締役社長へ就任したのが金田けい氏である。法学部から製薬業界のMR(医薬情報担当者)へ飛び込み、グローバルヘルスケア企業の海外現地法人でトップを経て同社へ参画した異色のキャリアを持つ。危機を乗り越える支えとなった「mRNA」という革新的な基盤技術を強みに、同社は今後どのような未来を描こうとしているのか。ゼロから組織をつくる醍醐味と、医療を通じた社会貢献への情熱に迫る。
「健康」への探究心から製薬業界へ MR時代に知ったワクチンの真価
ーーまずは、製薬業界を志した理由を教えていただけますか。
金田けい:
実は私は文系の法学部出身です。当初は「私たちは法律のもとに生きているのだから、社会のルールを知りたい」という思いで法学部を選びました。しかし学びを進めるうちに、生きていく上での「健康」や「医療」もまた、死ぬまで切り離せない大切なものであると気づいたのです。
当時の私は、薬の仕組みも日本の保険制度も全く知らず、自身の知識不足を痛感しました。今後高齢化が進む社会において、医療が果たす役割はますます大きくなるはずです。そう考え、全く異なる畑ではありましたが、イチから学ぼうと製薬会社のMRとしてのキャリアをスタートさせました。
ーーMRとしての道を歩み始めた後、現場ではどのようなことを学びましたか。
金田けい:
入社後は、自分の知らない世界を学べる喜びに満ちた毎日でした。文系出身だったため最初は少し不安もありましたが、現場の医師、医療従事者の方々、卸さんから多くを教えていただき、知的好奇心を強く刺激されるものでした。
そしてこのMR時代に、その後のキャリアを決定づける出来事に出会います。宮城県の病院で面会を待っていたとき、患者である年配の男性から突然声をかけられました。その男性から、私が身につけていた社章を見て「あなたの会社の肺炎球菌ワクチンを打ちました。毎年肺炎で入院していたのに、これを打ってから入院しなくなりました。本当にありがとう。」と、感謝の言葉をいただいたのです。
ーー言葉を直接聞けたことで、ワクチンに対する認識はどのように変化しましたか。
金田けい:
ワクチンが持つ目に見えない価値と、それを正しく伝える意義を肌で感じました。普段、MRは医師と対話するのがほとんどで、患者と直接言葉を交わす機会は滅多にありません。しかもワクチンは、一般的な治療薬のように「飲んで痛みが治まった」という実感が得にくい製品です。データとして「入院率が減った」と頭で理解していても、目の前の患者から「助かった」と直接言われたときの感動は計り知れないものでした。これが「もう一度ワクチンの仕事がしたい」と強く思うようになった実体験です。
ブラジルでの社長経験がもたらした経営者としての視座

ーーこれまでのキャリアで、ご自身のターニングポイントとなった出来事は何ですか。
金田けい:
ブラジルでの駐在経験が、私の人生観と経営に対する考え方を大きく変えたターニングポイントです。当時、小学生の娘を連れてブラジルへ渡り、グローバルヘルスケア企業の現地法人で社長を務めることになりました。言葉はポルトガル語で、文化も全く違う異国の地です。そこで初めて経営のトップとして事業を牽引した経験が、私を大きく成長させてくれました。
ーー現地法人のトップに立ったことで、視座はどのように変化しましたか。
金田けい:
「会社全体の責任を負う」ことの重みを痛感し、物事を俯瞰する目線が養われました。一つの部門長として売上高やコストを管理するのとは別の視点になります。3年先という短期的な目線だけではなく、10年後、20年後に会社をどのような組織にし、社会にどう貢献していくかという長期的な事業構想を描く必要がありました。何より、社員一人ひとりだけでなく、その背後にいる家族の生活まで背負っているという覚悟が求められます。自分自身の視座を高め、視野を広げるために多くの本を読み、有識者に相談しながら、経営者としての視座の土台を培うことができました。
迅速な開発を可能にするmRNA技術と独自の組織文化
ーーその後、貴社へ入社した当初はどのような役割に就いたのですか。
金田けい:
2023年に、マーケティング本部長として弊社に入社しました。私が入社した時期は、ちょうどコロナウイルスの流行がパンデミックからエンデミックへと向かう転換期でした。実は当時の日本法人にはマーケティング部門自体が存在しておらず、私が初の責任者として着任したのです。そのため、全くのゼロから組織と販売戦略をつくり上げることが、私に課せられた使命となりました。ほぼ何もない白紙の状態から、医師、医療従事者や卸売業者のみなさんとどのように対話を重ね、疾患、製品のメッセージを正しく広く届けていくか、その道筋を描く必要がありました。
ーー数ある企業の中から貴社を選んだ理由は何でしたか。
金田けい:
弊社の強みである「mRNA」というプラットフォームの可能性に魅力を感じたことが最大の理由です。通常のワクチン開発には5年から10年という長い年月がかかります。しかしmRNAの技術を用いれば、新型コロナワクチンに代表されるようにウイルスの遺伝子情報が特定されてから約2日でワクチンの設計を完了できます。そこから約1ヶ月半で臨床試験を開始し、約11ヶ月後には承認を取得するという短期間での製品化が可能です。この汎用性と開発速度があれば、今後未知の感染症が流行した際にも、いち早く社会へ解決策を提示できると考えております。
ーー技術力による迅速な開発を支える組織の文化についてお聞かせください。
金田けい:
モデルナマインドセットのひとつでもある「当事者意識の高さ」と「行動の速さ」が根底にあります。大手の製薬企業とは異なり、組織が若く規模も限られているため、すべての仕事が患者さんへ価値をお届けすることにつながると認識しながら、一人ひとりが職務の枠を超えて複数の業務を担い、自発的に協力し合っています。また、方針転換の速さも特徴で、一度決めたことでも、状況の変化を見て別の方法が最適だと判断すれば即座に決断して一気に舵を切ります。この決断の速さと柔軟性が、私たちの強みです。
多様な開発候補品とゼロから共創する未来の組織づくり

ーー柔軟な組織体制を活かして、今後の事業展開ではどのような展望を描かれていますか。
金田けい:
多様な開発候補品から生み出される新しい価値を、いち早く日本の皆様にお届けすることが目標です。mRNAのプラットフォームは感染症にとどまらず、幅広い領域に応用できます。感染症では、現在、季節性インフルエンザと新型コロナの混合ワクチンや、ノロウイルスのワクチンといった感染症領域の開発が進行中です。
さらに、がん領域では患者個人の特徴に合わせた個別化がんワクチンの第Ⅲ相臨床試験や、希少疾患の領域でも臨床試験を進めています。mRNA医薬の価値を日本社会へさらに浸透させ、協力企業と連携しながら市場全体を広げるとともに、日本における弊社の存在感を高めていきたいと考えています。
ーー新しい価値の提供を実現するために、どのような人材育成や採用を行っていますか。
金田けい:
人材育成の面では、「モデルナユニバーシティ」という社内学習制度を設け、社員が日々自発的に学べる環境を整えています。また、私自身が過去に助けられた経験から、社内外を問わず相談役となる指導者をつくることの重要性を伝えています。私個人だけでは気づけない視点を与えてくれる存在は、自身の成長において非常に大切です。
そして採用においては、「mRNAを通じて人々の健康に貢献する」という使命に共感し、ゼロから一緒につくり上げる過程を楽しめる方を求めています。敷かれたレールの上を歩くのではなく、自ら道を切り拓く気概のある方にとって、弊社での経験は人生の大きな一歩になるはずです。
ーー最後に、金田社長の「座右の銘」を教えてください。
金田けい:
学生時代の恩師から学んだ「すべてのことは偶然ではなく必然である」という言葉です。人生には辛いことや苦しいこともありますが、それらは決して偶然起きたのではなく、未来へつながるための必然なのだと捉えています。
私自身、昨年乳がんを患い、抗がん剤治療を経験することになりました。免疫力が落ちている状態だからこそワクチンを接種したものの、当事者になって初めて、治療中の患者にワクチンの選択肢があるという事実が十分に知られていないと気づかされたのです。これも私にとって必然の経験であり、正しい情報を必要とする方へ確実に届けるという製薬会社の責務を再認識するきっかけとなりました。これからも、あらゆる経験を前向きな力に変え、患者さんに新たな価値を届け、日本の医療の新しい未来をつくり上げていきます。
編集後記
未知のウイルスから世界を救ったmRNA技術。その最前線に立つ金田社長の言葉には、確かな知性と揺るぎない覚悟が宿っていた。最も心を打たれたのは、異国での過酷な経営経験や自らの闘病体験すらも「未来へつながる必然」として受け入れ、前進する力へと昇華させるしなやかな強さだ。変化を恐れず、むしろゼロからつくり上げる過程を楽しむ同社と金田社長の挑戦は、日本の医療にどのような革新をもたらすのか。その力強い歩みに、今後も大きな期待を寄せたい。

金田けい/1979年、大阪府生まれ。同志社大学法学部卒業。万有製薬株式会社(現MSD)にMRとして入社。その後、国内外のヘルスケア企業にてマーケティング、事業戦略、ブラジルを含む海外事業運営、経営に従事。2023年にモデルナ・ジャパン株式会社入社。マーケティング本部長、ゼネラルマネージャーを経て、2026年4月に代表取締役社長に就任。