
滋賀県および京都府を拠点に、NTTドコモの正規代理店として複数のドコモショップを展開する滋賀テレコム株式会社。同社はコンシューマー向けの店舗運営において、厳選した豆を用いたコーヒーサービスや出張スマホ教室など、地域に根ざした独自の接客品質を追求している。さらに法人事業部門では、スマートPBXの導入支援や医療機関への大規模な端末移行などを手がけ、ドコモ関西の法人営業優秀代理店において一位を獲得する実績を持つ。家業の自動車整備販売業から通信事業への大転換を成し遂げ、「1事業30年サイクル」を見据える先見性と「三方よし」の精神で組織を牽引する同社の代表取締役、井花健次氏に、変革の軌跡と未来への展望を聞いた。
厳しい下積み時代と40歳で迎えた転機
ーーまずは、貴社に入った経緯をお聞かせいただけますか。
井花健次:
私は滋賀県で生まれ育ち、大学は大阪大学の経済学部に進学しました。その後は長男として家業を継ぐ道を選び、大学卒業後すぐに父親が経営する「井花モータース」に就職したのです。
当時、同級生たちは商社や銀行、メーカーなどに就職して年間120日ほどの休日を過ごしていました。その一方で私の休みは年間54日ほどしかなく、日曜日とお盆、お正月の数日程度でした。また、右も左もわからない中、新規の顧客を見つけるために天候関係なく飛び込み営業に奔走する毎日で、葛藤する隙すらありません。それでも、「20代の頃の苦労は買ってでもしなさい」「その苦労は将来必ず花が咲く」との言葉を胸に秘め、必死に目の前の業務に取り組んでいました。
ーー厳しい環境の中でどのような課題を感じていらっしゃったのですか。
井花健次:
既存の営業スタイルや価格競争に限界を感じ、競合と差別化できないことへの強い危機感を抱いていました。先代が事業を始めた頃とは異なり、私が戻ったときにはすでに大手ディーラーの店舗網が地域に構築されていたのです。昔ながらの御用商人のような営業形態を続けていても、お客様から見れば価格だけの勝負になってしまいます。これでは不合理であり、競争に打ち勝つことは不可能だと誰の目にも明らかでした。
どうにかして選ばれるお店へと業態を変えなければ、会社の体力がなくなってしまうと考え、常に新しい方法を模索し続けていました。しかし、先代の方針もあり、40歳頃までは新しい試みをさせてもらえなかったのです。悔しい思いを抱えながらも情報を集め続け、40歳を迎えたとき、大手車検フランチャイズである『車検のコバック』への加盟を決断し、新たな事業展開へと舵を切りました。
自動車電話の付け替えから打った通信事業への布石
ーーそこから通信業界へと参入された経緯をお聞かせください。
井花健次:
きっかけはお客様の車に対応していた自動車電話の付け替え作業です。当時は専門業者に依頼するため遠方の指定業者まで車を運ぶ必要があり、非常に手間がかかっていました。なんとか自社で対応できないかと考え、通信会社へ直接アプローチを試みたのです。当初は断られましたが、数年後にその熱意が実を結び、1994年の暮れにNTTドコモ様からお声がけをいただき、翌年1月に代理店契約を結ぶことが決定しました。
ーー店舗のオープン直後はどのような販売状況だったのでしょうか。
井花健次:
契約直後の1995年1月17日に阪神・淡路大震災が発生し、当初は物流がストップして端末が入ってきませんでした。その後、同年5月に自動車ショールームの半分を改装して一号店をオープンしたのです。当時は固定電話に代わる連絡手段として携帯電話の需要が爆発的に高まっており、供給をはるかに上回る大ヒットとなりました。多店舗展開への確信を得た私は、すぐさま同年10月に二号店の出店を決めたのです。
ーー事業を開始された当初から携帯電話の将来性を見据えていたのでしょうか。
井花健次:
当時の日本の携帯電話普及率はわずか5パーセント程度でしたが、確かな見立てがありました。海外の状況を見てみると香港で40パーセント、フィンランドでは70パーセントも普及していたのです。日本も最低でも自動車の普及率と同じ65パーセント前後までは必ず伸びると予測し、NTTドコモ様の厳しい出店許可をクリアしながら、一歩ずつ店舗網を拡大していきました。
1事業30年サイクルの視点と三方よしの精神

ーー長年経営を続ける中で特に大切にされている考え方をお聞かせください。
井花健次:
「1事業のサイクルはだいたい30年」という視点をもつことですね。事業には必ず成長や変化の波があります。弊社は通信事業に参入して約30年が経ちます。現在の携帯電話は多様な機能が大きく拡充され、生活に欠かせない基盤へと進化しました。それに伴い販売代理店としてのビジネスモデルや売り方も、時代のニーズに合わせて柔軟に変化しています。
ーー事業の形が変化していく中でも揺るがない信念を教えてください。
井花健次:
三方よしの精神です。お客様に満足していただき、社員が幸せを感じられる組織をつくることが根本にあります。質の高いサービスでお客様に喜んでいただければ、企業の業績が向上します。その利益を社員の待遇改善に還元すれば、自然と笑顔が生まれ、接客の質がさらに高まるのです。この好循環を生み出すことで、角がとれて世の中が丸くなっていくと信じています。私に関わるすべての人が満足して初めて、企業としての真の価値が生まれると考えています。
独自の取り組みと人材育成で描く未来
ーー実店舗では具体的にどのような取り組みを行っていますか。
井花健次:
お客様との接点を増やす独自の取り組みに注力しています。通信キャリアの店舗はブランドが確立されている分、差別化が容易ではありません。弊社では、店舗内にドリンクサービスを導入し、くつろげる空間を提供しています。実店舗以外でも出張型のスマホ教室の開催や、商業施設での自社企画イベントを実施してきました。また、一般顧客へのアプローチにとどまらず、法人営業も積極的に行っています。地域の企業や医療機関に対して通信環境の改善を提案し、外部の表彰制度でも高い評価を獲得する実績をあげています。
ーー最後に、今後の事業展望や採用に対するお考えをお聞かせください。
井花健次:
人材の育成と組織の強化が今後の鍵となります。そこで、法人営業部門の拡大を目指すとともに、新卒採用にも力を入れています。過去には人数の確保を優先した時期もありましたが、現在は接客への適性や熱意を重視した採用に切り替え、定着率も向上しました。
これからは社員一人ひとりの成長を後押しし、新たな部門を牽引する人材を育てていきたいと考えています。社員の努力で事業が拡大し、その成果を待遇としてしっかりと還元する。このサイクルを回し続けることで、会社全体をさらに成長させていきたいですね。組織として成長の可能性は、まだまだ広がっていると確信しています。
編集後記
時代の先を読む鋭い先見性と、その根底に流れる「三方よし」の誠実な姿勢が強く印象に残った。自動車販売での苦労をバネに、果敢に通信事業へと舵を切った井花社長。その原動力は単なる利益追求ではなく、顧客や社員など関わる人すべての幸せを願う温かい経営哲学だ。社員一人ひとりの成長を後押しし、さらなる組織強化へと挑む同社。次なる30年に向けて、地域社会とともに発展を目指す彼らの飽くなき挑戦はこれからも続く。

井花健次/1954年生まれ、滋賀県立高島高校・大阪大学経済学部卒業。有限会社井花モータースに入社後、1994年に「車検のコバック」へ加盟し、草津店・守山店を開店。1995年、NTTドコモと契約して携帯事業に進出し、翌年の1996年に有限会社テレパーク(現・滋賀テレコム株式会社)を設立してドコモショップを5店舗へ拡大した。現在、井花モータース、滋賀テレコム、滋賀テレコム住宅販売の3社で代表を務めている。