
「仕入れの価格も商品もわからない」。そんな飲食業界の不透明な常識を打破すべく、64歳でインターネットを用いたプロ専用のネット卸市場を立ち上げたのが、株式会社Mマートの代表取締役社長である村橋孝嶺氏だ。同社は情報の公開と低価格で支持を集め、独自の地位を確立してきた。巨大な流通基盤はいかにしてつくられたのか。モノや情報が溢れるAI時代において、企業が生き残るための条件とは何か。その生存戦略に迫った。
20代から飲食業に奔走 64歳でひらめいた「情報の対称化」
ーー創業以前のご経験についてお聞かせいただけますか。
村橋孝嶺:
私は64歳でMマートを創業したのですが、それまでは20代から長年、飲食業の世界に身を置いてきました。20歳で飲食店を始め、その後は店舗の立て直しなどを請け負いながら、27歳で自ら会社を設立しました。
大きな転機となったのは、新宿の歌舞伎町で店を持っていたときのことです。当時の仕入れ形態は非常に複雑で、業者が何をいくらで売っているのかが全くわからない不透明な状態でした。業者が持ってきたものをただ買うか買わないかだけのやり取りでは、新しいメニューを考えることすら困難で、ずっと仕入れの現状に悩まされていました。
ーーその不透明な仕入れ環境を、どのように打開しようと思われたのですか。
村橋孝嶺:
インターネットを活用し、あらゆる情報を公開しようと考えました。ベテランの私ですら困っているのだから、経験の浅い20代の方々は絶対に困っているはずだと思い、ネット上でプロが自由に買い物できる仕組みをつくろうと考えました。
私は日頃から読書を通じて情報収集をしており、これからはインターネットの時代が来ると予見していました。そこで、ネットを活用して情報を全て公開すれば、皆が仕入れやすくなるのではないかと思いついたのです。
ただ、1999年の年末時点で、私自身はパソコンを見たことすらありませんでした。そのため、まずは息子に頼んでパソコンを設定してもらい、インターネット上で他の食材卸売業者がどのようなことをしているのか探してみることにしました。実際に調べてみると、商品を隠し、値段も明かさず、「会費を払わなければ見せない」というような閉鎖的な状況でした。それならば、弊社がすべてを無料で公開し、売り手と買い手が持つ情報を一致させる「情報の対称化」を自ら実現しようと決意したのです。
FAX注文から始まった快進撃 安さを徹底した顧客視点
ーー情報の公開後、ネット上での取り引きはスムーズに進みましたか。
村橋孝嶺:
当初はシステム構築が間に合わず、ホームページに商品の写真を載せただけで「ご注文は電話かFAXで」というアナログな体制でのスタートでした。ところがふたを開けてみると、日本全国から次々とFAXで注文が入り始め、わずか2か月ほどで対応しきれないほどの反響をいただいたのです。これを受けて、やはりここに明確な需要があるんだと確信しました。
ーーFAX注文で確かな手応えを得た後、他社の参入など市場環境に変化はありましたか。
村橋孝嶺:
半年後には大手資本の外部企業も相次いで参入してきましたが、結果的に私たちの仕組みがお客様から高く評価されて生き残ることができました。飲食店が求めているのは、利益を出すための「安い仕入れ」です。そこで私たちは貸し倒れリスクや回収の手間をなくすため、完全現金取引を徹底しました。その分、売り手側にどこよりも安く提供してもらうようにお願いしたのです。当時は一般的ではなかった直接取引も全面的に許可しました。他社は価格維持の観点から安売りが難しい中、弊社ではお客様が何を望んでいるかを徹底的に考え抜いて行動してきたからこそ、支持していただけたのだと思っています。
流通のインフラへ 人手不足を救う「自動機」と経営の信念

ーー徹底して安さを追求した結果、現在はどのような役割を担う基盤へと成長しましたか。
村橋孝嶺:
資本金の規模にかかわらず、あらゆる企業が同じ土俵で売買できる「流通のインフラ」へと成長しました。流通業と一口にいっても、チェーン店の一括配送から個店の少額取引まで、さまざまなニーズや流通形態に対応できる体制を整えています。現在は、大手メーカーとも提携し、この基盤の上で多様な要望に応えています。
また、今一番注力しているのが、飲食業界の深刻な人手不足に対応するための自動調理機や掃除ロボットなどの取り扱いです。これらも手数料なしの直接取引で提供しています。飲食店が黒字化して活性化すれば食材の流通も増えるため、これまで育ててくれた業界への恩返しになればと考えています。
ーーインフラとして業界を支える上で、最も大切にしている信念は何ですか。
村橋孝嶺:
「強い人間になりたいなら、正しく考えて正しく生きろ」ということです。社員にもよく伝えていますが、正しく仕事をしている人間に対して文句を言う人はいません。お客様が求めている良い商品を、どこよりも安く買える場所をつくる。その「正しいこと」に徹底して応え続けることこそが、ビジネスにおいて一番強くなれる方法だと信じています。
ーーAI時代が到来する中で描く、未来への展望をお聞かせください。
村橋孝嶺:
国内の市場を確実にとらえ、新しいお客様に選ばれ続ける中身をつくっていくことです。AIの普及によって世の中は効率化されていくでしょう。しかし、ビジネスの需要自体はまだ国内にたくさん眠っています。これから情報の量が今の何万倍にも膨れ上がったとき、人はどうやってモノを選ぶのでしょうか。
私は、最終的に「好きか嫌いか」という人間の感情に行き着くと思っています。人間の行動原理は「損得」と「好き嫌い」しかありません。無限の情報の中で埋もれないためには、理屈抜きで「Mマートが好きだ」と言ってもらえる関係性をつくれるかどうかが勝負です。モノや情報が溢れかえる時代だからこそ、この「好きになってもらうこと」を何よりも大事にしていきたいと考えています。
編集後記
業界の不文律であった「隠す商売」に真っ向から挑み、情報の対称化によって独自の流通基盤を築き上げた村橋社長。その根底には、自身が現場で味わった苦労と、「正しく生きる」というブレない信念があった。外部企業の資本力に屈することなく、愚直なまでに顧客のための「安さ」を追求する合理性。最先端のAI時代を見据えながらも、最終的な勝負の分かれ目は人間の「好き嫌い」の感情にあると断言する鋭い洞察力。圧倒的な経験値から紡ぎ出されるその生存戦略は、変化の激しい現代を生き抜く多くの企業にとって、強烈な道標となるに違いない。

村橋孝嶺/1954年2月、別府市観光喫茶 田園へ入社。1959年7月、バッキンガムに入社し、支配人を務める。その後、飲食業界で経験を積んだ後、20代の若さで独立。以降、長年にわたり様々な飲食店(ステーキハウスや居酒屋など)の経営に携わる。1980年4月、丸和実業株式会社を設立、取締役に就任。1993年4月、有限会社まつ里を設立、取締役に就任。2000年2月、自身が長年飲食店を経営する中で感じていた「食材仕入れの非効率さ」を解消するため、株式会社Mマートを設立。同社の代表取締役社長に就任(現任)。2018年2月、株式会社Mマートが東京証券取引所マザーズ(現・グロース市場)へ上場。